PERSON

2025.04.30

研ナオコ「仕事は生きがい。身体が動かなくなるまで働きます。しゃべれなくなるまでやります」

2025年5月2日、映画『うぉっしゅ』が全国で公開になる。主演は研ナオコと中尾有伽。研はソープ嬢の孫に介護される認知症の祖母役だ。研はインタビューの前編で「私は本来女優ではない」と語った。そう話す研の“仕事観”を聞いた。

研ナオコ氏

「愚図」を初めて歌った時、鳥肌が立った

研は名作ドラマ『時間ですよ』(1973年放送)にゲスト出演して以来50年以上、数々の映画やドラマやコントで注目されてきた。『ありがとう』『西遊記Ⅱ』『相棒』など、日本のドラマ史に残る作品でも印象的な役を担っている。

「でも、やっぱり女優は本職じゃありません。それは、ずーっと思い続けています」

静岡県天城で生まれ育った研が東京に出たのは1970年。東京宝塚劇場でアルバイトをしながら歌手を目指した。デビューは1971年。東宝レコードから「大都会のやさぐれ女」をリリースする。

その後1970年代前半はなかなかヒットが生まれなかったが、作家に恵まれた。作詞家の阿久悠や、作曲家の森田公一や筒美京平など日本の歌謡界の名作家たちが彼女に作品を提供している。

ブレイクしたのはキャニオン・レコードに移籍した1975年。9枚目のシングル「愚図」だった。作詞は阿木燿子。作曲は宇崎竜童。日本の歌謡シーンを代表する作家チームは、しかし、このときはまだヒット曲は少ない。前年、宇崎がダウン・タウン・ブギウギ・バンドに書いた「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で話題になりだしたところだった。阿木=宇崎の夫妻が「横須賀ストーリー」をはじめ山口百恵の歌唱でヒット曲を量産するのは翌1976年から。しかし、研のスタッフはすでに2人の才能に注目していた。

歌詞の主人公は“愚図”なお人好し。自分の心を偽って、好きな男と猫かぶりの女の仲をとりもつ。一人称を“アタシ”と歌うやさぐれ感は研がまとうアンニュイな雰囲気と妙にマッチし、多くのリスナーが感情移入した。

「あの曲は間違いなく転機になりました。私自身すごい歌だと思って歌っていたし、今も歌っています。阿木さんと宇崎さんだからこその情念、すごいでしょ。あれで歌手としての自分のステージが変わったことを実感しました」

研ナオコ氏

「愚図」を初めて歌った時、コンサート会場の空気が明らかに濃くなった。

「客席からブワアーと拍手が来て、鳥肌が立ったのをよく覚えています。初めての体験でした。売れるかもしれない、って思った」

「愚図」はオリコンランキング9位のヒット。この年のFNS歌謡祭で最優秀歌謡音楽賞を受賞した。

芝居の体験を通してわかってきた歌い方

1970年代後半からは次々とヒット曲を生む。「あばよ」「かもめはかもめ」「窓ガラス」「夏をあきらめて」……などがヒットチャートをにぎわせた。宇崎=阿木チームをはじめ、中島みゆき、桑田佳祐、松任谷由実、小椋佳……など、一級の作家たちの作品を歌ってきた。なかでも、中島みゆきの書く歌詞を研が歌うと、実話のように感じられた。

「歌手と並行してお芝居もやることで、自分の歌い方が身についていったと思います。メロディーに乗せて発声するだけでは、歌は伝わりません。リスナーに語りかけなくてはいけない。これはお芝居の体験でわかってきたことでした」

歌詞がつづる物語を伝える、“語り部”の役割を意識した。

「語るのだから、歌い上げてはよくない。歌詞の主人公に感情移入し過ぎるのもよくない。私が思う目安は、2割が自分、8割は歌詞の物語を伝える存在。自分の割合が大きいと、どの曲も私の物語みたいになってしまうでしょ」

1枚のアルバムに10曲あると、10の物語があり、10人の主人公がいるという。

「歌詞に合わせて声を変え、響きを変えています。私の歌の主人公の女の人は、かわいかったり、憎らしかったり、捕まると怖そうなちょっと壊れている女だったり、いろいろでしょ。歌う私が自分を2割に抑えると、リスナーが自分の物語として歌を聴くことができる。フェイクは使いません。リズムも変えない。歌詞の世界観を損なうからです」

こうして、歌手としての自分が磨かれてきた。では、歌うことは役者としての自分をレベルアップさせたのだろうか。

研ナオコ氏 映画『うぉっしゅ』
『うぉっしゅ』
2023/日本 監督・脚本:岡﨑育之介 出演:中尾有伽、研ナオコほか 
配給:NAKACHIKA PICTURES
2025年5月2日(金)より新宿ピカデリー/シネスイッチ銀座ほか全国公開
©役式

「ううーん……。それもあるかな。でもね、歌も役者もまだまだですよ。梅沢富美男さんが『うぉっしゅ』を観て言ったの。紀江さん役の私の声、年寄りにしては張りがあり過ぎるんじゃないか、って。私自身は抑えたつもりでした。紀江さんは認知症だけど寝たきりではない。身体は元気。だから、あのくらいがいいような気もしています。そういう試行錯誤はあるかな」

歌も、芝居も、自分が納得できる領域にはなかなか行けない。

「私はまだまだ下手。とくに歌は下手。でも、だからこそ伸び代はあると思う。キャリアや年齢を重ねたら体験も増える。違った表現ができるはず、ってずっと思っていたんです。気づいたら、けっこうキャリアを重ねてしまいました。でも、まだまだ」

満足したことは一度もない。

「もっとうまくなるはず、と思い続けています。いつだって前向き。いつだって全力。私のような仕事は、毎回頑張らないと、毎回インパクトを与えないと、誰も声をかけてくれなくなる。次のチャンスをもらえない」

キャリアを重ねてなお心配しているのだ。そして常にレベルアップしようと努力する。

「仕事は生きがい。仕事は自分の人生の真ん中にあると思っています。働くのを辞めたら、私のなかの大切ななにかが死んじゃうんじゃないかな。だから、身体が動かなくなるまで働きます。しゃべれなくなるまでやります」

研ナオコ/Naoko Ken
1953年静岡県生まれ。1971年「大都会のやさぐれ女」で歌手デビュー。1975年「愚図」でFNS歌謡祭・優秀歌謡音楽賞を受賞する。その後も、「あばよ」「かもめはかもめ」「窓ガラス」「夏をあきらめて」など数々のヒット曲を発表。また歌手活動以外にも、数多くのCMやバラエティー番組にも出演する。現在は、舞台『梅沢富美男&研ナオコ アッ!とおどろく「夢芝居」』で全国を巡っている。

TEXT=神舘和典

PHOTOGRAPH=鮫島亜希子

HAIR&MAKE-UP=堀ちほ

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