PERSON

2025.01.19

70代の裸体も性衝動もすべてを晒けだした。77歳・長塚京三、体当たり演技と覚悟

2024年の東京国際映画祭で作品賞、監督賞、主演男優賞の三冠に輝いた『敵』。話題作を生み出すに至った創作意図を、吉田大八監督に聞いた。全3回の第2回は主演を務めた長塚京三、そして主人公を翻弄する女性を演じた3人の女優について。#1

映画『敵』。吉田大八監督インタビュー。
『敵』
2023/日本 監督・脚本:吉田大八 出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
2025年1月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA

70代の裸体も性衝動もすべてを晒けだし演じる覚悟

――長塚さんには以前インタビューで「人生100年時代」における生き方について伺いました。その際に「人生はもう1回とやり直すことができない。だから、多少、長くするように努力するしかない。まあ、僕がやるべきことは、私が演じられるような役を、脚本を書いてくださいって周囲にお願いすることでしょうか」と話されていましたが、儀助役で東京国際映画祭では最優秀主演男優賞を受賞されています。70代の男性の持つ性衝動や生理を生々しくも上品に演じられていて目が離せませんでした。

長塚さんがこの間もおっしゃっていたけれど、そこを見せるのは義務だろうと。例えば自分の体を晒すような、浴室で裸になるとか、病院でパンツを下ろされるとか、何なら夢精のシーンまで脚本にはありますが、そういうことに関しても、いや、それは全然大丈夫だと。

撮影当時77歳の自分に出演の依頼があって、脚本を読んだうえでOKを出しているということは、当然、それまで自分が積み重ねた人生があったうえでの役との出会いなのだから、その年齢を晒けだすのは、俳優としての義務だ。

そう強調して話されているのを僕は横で聞いていたんですけど、その覚悟に参りました。50年間、カメラの前で自分を、自分の体を晒してきた人の強さに感服しましたね。

――『敵』では儀助の人物像にさまざまなレイヤーがあり、そこに共感しました。どんな人も50年近く生きると、仕事のときの肩書や属性がぴったりと自分に張り付いて、そこでプライドを保っているようなところがあります。しかし儀助はそろそろ仕事人としての属性をはがさなきゃいけないという葛藤がずっと映画の中で見え隠れします。

儀助は大学の教授の仕事を辞めて時間が経っている。瀧内公美さん演じる教え子の靖子が、時折訪ねてきたりするけど、彼女は無理して付き合っているんじゃないかなとか、相手が女性であることもあって、気を遣いながら交流している。原作はもっとそのあたりの心理描写が細かく書かれています。電話をしたいけどできない、話したくない相手からの電話は相手にしてみたらもちろん迷惑だし、でも、自分からの電話を向こうが待っているとしたら、うんざりされるよりははるかにましで、むしろ望ましいとか、かなり屈折した葛藤が描かれている。

もちろん長塚さんは俳優として現役ですが、年齢的には儀助の心理にどこか共感したり、腑に落ちる部分もあったんじゃないかと思います。原作も、脚本も、それぞれに非常に面白がって読んでくれていたような気がします。

――面白いのは、長塚さんは相手によって顔の演じ分けをされていますよね。黒沢あすかさん演じる回想の中の妻と対話しているときが、一番、無防備な素の表情で、切なくかわいい。これが瀧内公美さん演じる教え子や、通いのバーでバイトをしている大学生の河合優美さんに会うときは、大学教授の属性を全面的に出した顔をされている。これは吉田監督からお願いしたことですか。

いえ、自然にそうなりました。撮影も前半は、長塚さんがずっと料理をする、掃除をする、庭仕事をすると、一人の場面が何日も続いていたわけです。

で、夏パートの終わりに突然靖子がやってきた。一緒に食事をする場面で、『え? 儀助って、こんな顔もするんだ!』と。靖子の前だとカッコつけて、絶妙にいい顔をするんだなと思いました。次に、河合優実さん演じる歩美がいるバーの場面では、先生らしい余裕を感じさせる、素敵な笑顔。そして最後は妻、信子役の黒沢あすかさんが出てきて、ここでは儀助が迷子になって泣きそうな子供みたいに見えてくる。

僕からはこんな顔をしてくださいとは一切言っていないんです。脚本通りではありますが、あそこまで自然に表情が変わるとはさすがだなと、見惚れていました。

映画『敵』。吉田大八監督インタビュー。
吉田大八/Daihachi Yoshida
1963年生まれ、鹿児島県出身。大学卒業後、 CM ディレクターとして活動。数本の短編を経て、2007 年に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編映画デビュー。第 60 回カンヌ国際映画祭批評家週間部門に招待された。『桐島、部活やめるってよ』(2012年)で第 36 回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞受賞。『紙の月』(2014年)では第 27 回東京国際映画祭観客賞、最優秀女優賞受賞。『羊の木』(2018年)では第 22 回釜山国際映画祭キム・ジソク賞を受賞している。

主人公を翻弄する女性を演じた瀧内公美、河合優実、黒沢あすか

――大江健三郎の『晩年様式集』には主人公の作家に遠慮なく物申す3人の身内が出てきます。その源流はシェイクスピアの『マクベス』に出てくる3人の魔女だという見方があるそうですが、『敵』の儀助にとっても妻の信子、教え子の靖子、バーで知り合う歩美は彼の助けにも破滅にもつながる存在ともいえそうです。撮影を通してわかった3人の女優さんの武器を教えてください。

靖子役の瀧内公美さんが衣装を着てカメラの前に立った瞬間、スタッフ全員が息を呑みました。まさに儀助の理想の女性がクラシックな映画から抜け出してきたような。瀧内さんご本人も「私、白黒映えするんです」と笑っていましたが、日本映画の50年代、60年代の全盛期の女優さんが持っていた華やかさと凄味みたいなものを感じましたね。

歩美役の河合優実さんは、打てば響く、それがとてもよい音で響く。現場でもシンプルなやり取りだけで、どのカットでも魅力的な答えを出し続けてくれたという印象です。余談ですが、撮影前に初めて会ったときに、「脚本を読んで、誰かがすごくつくりたいと思った映画だと感じたので、参加したいと思いました」と言われました。力のある言葉を知っている人って、ちょっと怖いからこそご一緒したいと思わされますよね(笑)。

妻・信子役の黒沢あすかさんには、以前から日本人離れしたスケールの大きさを感じていました。この世から去ってなお儀助の心を支配する情の濃さを、彼女らしい力強さで表現してくれたと思います。今回は、肌の露出が多少ある役柄なので、脚本上心配なところがあれば、あらかじめ僕から説明しようと初めてお会いしたときに、黒沢さんはその儀助と信子の入浴シーンがとても好きで、私ならこういう風に演じたいと、熱く語ってくれました。

どの役も最初のオファーが3人ともに叶うなんて、本当にこの映画にとって幸運なことでした。

TEXT=金原由佳

PHOTOGRAPH=杉田裕一

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年2月号

各界のトップランナーの勝ち運アイテム

木村拓哉

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年2月号

各界のトップランナーの勝ち運アイテム

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ2月号』が2024年12月24日に発売となる。今回の特集は“勝ち運アイテム”。 各界のトップランナーたちのパワーアイテムを大調査。表紙は木村拓哉。自身のお守り的アイテム、私物のゴローズのブレスレットを身に付けて撮影に挑んだ。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

SALON MEMBER ゲーテサロン

会員登録をすると、エクスクルーシブなイベントの数々や、スペシャルなプレゼント情報へアクセスが可能に。会員の皆様に、非日常な体験ができる機会をご提供します。

SALON MEMBERになる