PERSON

2025.04.29

研ナオコ「私に認知症の症状が表れたら教えて。施設ではなく、身内に面倒見てほしいな」

研ナオコと中尾有伽が主演の映画『うぉっしゅ』がゴールデン・ウイーク中の2025年5月2日に全国で公開される。テーマは「介護」。研は認知症の祖母、紀江役。中尾は孫、加那役。加那は怪我をした母親に替わって1週間祖母の介護をする。監督・脚本は31歳の岡﨑育之助だ。タイトルの“うぉっしゅ”はWashのこと。ソープで働く加那は、夜は客の身体を洗い、昼間は介護で紀江の身体を洗うというWワークをこなしていることから付けられたタイトルだ。

妥協はあとで後悔になる

映画『うぉっしゅ』の見どころの1つはラストシーン。介護用ベッドに身を預けた紀江の微笑みは慈しみに満ち、観てよかったなあー、という気持ちになる。

「紀江を演じてほしい」。そう岡﨑監督から出演依頼が来た際、研は条件付きで応じたという。

「私がベテランだからといって、気を遣って芝居にOKを出すようなことはしないでほしい」

「納得がいくまで何テイクでも撮り直し、本当にいい作品を目指すなら引き受けます」

その真意について、研自身に聞くと――。

「撮影で、なんだかイマイチだと思っているのに『まっいっか』で次に進むのが、嫌なんですよ」

現場に入ったら、役割もキャリアも超えて、お互いイーブンな関係で厳しくジャッジし合おうという“真剣勝負宣言”だ。実際に別の作品で「まっいっか」という状況を体験したのだろうか。

「ううーん……。わかんない。でも、私もすいぶんキャリアを重ねてきたから、気づかないだけで、そういうことが起きているのかもしれません。もしそうだったら、嫌なんです。岡﨑監督は私の孫でも不思議じゃないくらいの年齢だから、気を遣わせちゃいそうでしょ。それで、念押ししたんです」

撮影中、監督が、監督でなくてもできる雑務をやろうとすると、研は制作に集中するように助言したという。

「岡﨑監督は人柄がいいから、雑務も自分の手でやろうとするんですよ。例えばゴミ箱の片づけとか、そんなことは、みんなは求めていない。それよりも、いい映画にしてほしい。雑用もいとわない姿勢、愛すべき人柄だと思いますよ。でも撮影現場でみんなに指示を出す役割の監督としては、よくないと思う。もっとやらなくてはいけない仕事があるんだから」

どんな業種・職種でも、周囲に気を遣って、その他大勢と同じにふるまえば楽かもしれない。“いい人”だという評価を得ると、ミスをしても周囲は温かい。しかし同時に、ゆるい仕事になるリスクが生じる。研はそれを危惧したのだろう。逃げ場のない状況に自分を置くように、監督に求めた。

「私自身、ずっと好きに生きてきました。自分の道を歩いてきたつもり。それでよかったと思っています。だから一緒に仕事をする人たちも妥協しないでほしい。妥協はあとで後悔しますから」

役を演じて思い出した、幼少期に祖母を介護していた日々

研にも介護体験がある。『うぉっしゅ』とは逆。介護する側だった。

「まだ小学生のころ、一緒に住んでいたおばあちゃんを介護していました。おばあちゃんの面倒をみるのは孫の私の役割でした。母が忙しかったからです。私の家は静岡県の天城の山の上にあってね。学校が終って山を駆けあがって帰ると、家にランドセルを置いてすぐにまた駆け降りるの。病院に薬をもらいに行くんです。戻ったら、おばあちゃんの背中の床ずれができているところに塗ってあげてた」

まだ小さかった研が、大人のおしめを替えて、浴衣も替えさせる。その都度、体位を変えさせなくてはならない。子どもにとって、大人の体位変換は重労働だ。

「おばあちゃん、反対向きになろうね」

「うん。あっ、痛い!」

「ごめん、ごめん」

そんなふうにして祖母と孫は日々心を通わせていた。「祖母を看取ったのも私です。ものすごく悲しかった」。そう話す研は祖母との日々を通して、最期まで身内が寄り添うことの大切さを知った。

母親は「おばあちゃんのお世話、あんたに押し付けちゃって、ごめんね」と研をねぎらった。「当たり前のことをしただけだよ」と涙顔で答えたことは忘れない。

「あの頃のおばあちゃんと私の日々が、紀江さんの役をやってよみがえりました」

研ナオコ氏 映画『うぉっしゅ』
『うぉっしゅ』
2023/日本 監督・脚本:岡﨑育之介 出演:中尾有伽、研ナオコほか 
配給:NAKACHIKA PICTURES
2025年5月2日(金)より新宿ピカデリー/シネスイッチ銀座ほか全国公開
©役式

人は年を取ると、子どもにかえっていく

撮影現場ではときどき、紀江を自分と重ね合わせた。

「私に認知症の症状が表れたら教えてほしい。うちの子たちにはそう話しています。そして老人養護施設には入れないで、とも。他人に面倒をみられるのは嫌なの。今は子どもに面倒をかけたくない親が多いでしょ。若い人たちが忙しいのはわかります。親を施設に預ければ、常に介護してもらえて安心なのもわかります。でも、私は子どもたちに面倒をかけたい。私は身内に面倒見てほしいな」

劇中、紀江はわがままだったり、逆に少女のようにかわいかったりする。そういうシーンはとてもリアルだ。

「人は年を取ると、子どもにかえっていく。それはおばあちゃんと一緒に暮らしていて、よくわかった」

映画の終盤、加那は紀江におしゃれをさせる。髪も自分と同じように赤く染めさせてしまうのだ。紀江はされるがまま。嬉しそうだ。

「私のおばあちゃんの時代の女性は、おしゃれができなかった。昭和のころは、年寄りはおしゃれをしてはいけない空気がありました。でも女性は、本当はきれいにしていたいし、おしゃれするのは嬉しいと思う。いくつになっても、ときめきたいでしょ」

研は紀江役を自然体でやった。岡﨑監督の脚本や演出の意図を確認し、あとはありのまま。

「私は本来女優ではないので、見せ方を考えることはありませんでした。ただただ、自分のままです」

研ナオコは研ナオコ。プライベートでも撮影現場でもブレることはない。それでも「私は本来女優ではない」と言った。研は歌手として多くのヒット曲を歌ってきたが、俳優としても半世紀以上第一線にいる。なのに自分は女優ではないと語る真意とは――。後編(4月30日公開予定)で聞いていく。

研ナオコ/Naoko Ken
1953年静岡県生まれ。1971年「大都会のやさぐれ女」で歌手デビュー。1975年「愚図」でFNS歌謡祭・優秀歌謡音楽賞を受賞する。その後も、「あばよ」「かもめはかもめ」「窓ガラス」「夏をあきらめて」など数々のヒット曲を発表。また歌手活動以外にも、数多くのCMやバラエティー番組にも出演する。現在は、舞台『梅沢富美男&研ナオコ アッ!とおどろく「夢芝居」』で全国を巡っている。

TEXT=神舘和典

PHOTOGRAPH=鮫島亜希子

HAIR&MAKE-UP=堀ちほ

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