PERSON

2025.04.23

准教授になったフィギュア町田樹。新たな挑戦のためのモットーは「雑食」

2014年に開催されたソチ五輪。その日本代表だったフィギュアスケート男子シングルスケーターの町田樹は今、学術の世界で活躍している。博士号を取得し、大学の准教授になってもなお新しいことに挑戦し続ける町田氏の現在、過去、未来を5回に渡ってお届けする。連載のラストは、挑戦の醍醐味とこれからについて。【特集 RE:チャレンジャー】

町田樹

挑戦とはマンネリの破壊と化学反応

アスリートとして、研究者として、常にチャレンジを続けてきた町田樹。新たなフィールドに挑戦すること、その面白さをどう感じているのだろうか。

「自分自身のセオリー、ルーティン、はたまた経験則が全部効かないということですね。やはり、一つの環境や立場、キャリアや取り組みを続けていると、やがて自分なりのセオリーが構築される。こうすればうまくいくよね、こうすれば無難に収まるよねということがわかってくる。もちろんそれはいいことであって、それ自体を批判しているわけではないんです。そうでないと毎日不安定ですし、一流の仕事を着実に、正確にしていくためにはセオリーや経験則は必要ですから。

ただ、それが時にはマンネリ化してくるわけです。あるいは、自分に新しさを感じない、イノベーティブなマインドにならないということが起こってくる。そうしたことを全部ぶち壊してくれるのが新しいチャレンジです。右も左もわからない、白地のキャンバスを前に出されて『さあ、どうする?』というところから自分なりに失敗を重ねながら経験則を作っていく。

あるいは新しい人間関係から刺激的なことを見聞きして、これまでの自分にはなかったものの見方や考え方に気づいたりすることができるかもしれない。今までやってきたことに新しい知識・経験が加わることで化学反応が起きて、新しい活動展望や自分の新たな一面みたいなものが開けていくんだと思います。

一つの環境、セオリー、ルーティンに安住せずに、挑戦を通じて新たな知見や経験則を導いていく。すると、時にそれら既存のセオリーと新たなセオリーが図らずもバーンと融合して、新機軸が生み出されたりする。この化学反応、イノベーションの瞬間がチャレンジの何よりの醍醐味だと思っています」

しかしそのためにまずは、新しい“何か”に出会うことが必要だ。そういったものに出会うには「まずは自分との対話ですね」と、町田は言う。

町田樹

「何もせずに対話しても意味がない。何も行動を起こさなければ、昨日の自分、今日の自分、明日の自分は同じ町田樹だから、新しい問答ができるわけがないんですよ。だから、雑食ですね。私のモットーでもあるのですが、例えば音楽もすべてのジャンルを聴くんです。クラシックやヒップホップ、EDMも聴く。本も小説や哲学書、料理本、あるいは宇宙の写真集やエッセイも読んでみる。

そうやってジャンルを雑食していくと、自分の中で新しい気づきがあったり、新しい自己対話ができる。雑食してどんどん新しい出会いを経験すると、『あぁ、今まで興味なかったけど、いざ触れてみると面白い』だとか、『自分は案外こういうことに向いていたんだ』などという具合に、『これだ!』と思える何かに出会えます。その何かに出会うことができたら、次に必要最低限のことを調べたり、準備をしてその分野に飛び込む。準備に時間をかけすぎてもよくないと思います。これは先程(連載第1回)言った判断の速さにつながりますが、実際にその世界に飛び込んでみないとわからないことも多いですから、とにかくまずは飛び込んでみる。

とはいえ、やみくもに飛び込んでも仕方ありません。重要なのは、やはり環境です。私はアスリートとして環境の重要性を痛感してきましたが、指導者や道具もふくめ、環境次第で能力の発展の差はかなり変わってきます。そういった環境は慎重に選ばないと結局まわり道をしたり、無駄な努力をしてしまうことになる。妥協せずに最良の環境を整えたら、あとは思い切って飛び込んでいく。これが大事ですし、私が心がけていることです」

フィギュアやバレエなど身体表現に展開できる理論を

町田樹

そんな町田は今、「挑戦したり、越境しすぎて、自分のキャパシティはもうギリギリ(笑)」という状態だそう。

「あちこちに手をつけて全部中途半端になるというのが一番本末転倒。やっぱり絞らなくてはいけないし、自分のキャパシティと相談しながらいい塩梅というのを自分の中で定めて行動を起こすことが大事ですね。スポーツマネジメント系の研究はいったん区切りがついたので、今は舞踊に関する芸術学や美学の研究に取り組んでいます。フィギュアやバレエをはじめとする身体表現、ダンス業界全般に展開できるような大きな理論というものを作って、一冊の著作にまとめたいというのが研究者としての今の大きな目標です。それに向かって日夜研究をしています」

舞踊の研究に加え、大人スケーターのためのワークショップも開催。競技だけでなく、生涯スポーツとしてのフィギュアスケート普及にも尽力している。

「フィギュアスケートというのはこれほど生涯スポーツとしてのイメージがないのかと驚かされます。例えばテニスは始めたいと思えば始められる環境がたくさんありますし、年配の方もやっているじゃないですか。マラソンや水泳、ゴルフそうです。

そもそもスポーツとはエリートスポーツだけでなく、人々の健康や日常にうるおいをもたらす文化であるべきだと思うんです。けれど、フィギュアスケートにそれができているかといったら自信を持って首を縦に振れない現状があります。だから、それを変えていきたい。フィギュアスケートは生涯スポーツになり得るんですよ。実際に大人になってから習っている方もたくさんいます」

しかし、フィギュアスケートのプログラムを創作する振付師は国内に片手で数えるほどしかおらず、生涯スポーツとして楽しむ人にまで良質な振付けが行き届かないのが現状だ。

「そのため、誰もが無許諾かつ無償で自由に滑ることのできるプログラムを提供する“エチュードプロジェクト”を2年前に開始しました。YouTubeのチャンネルを立ち上げ、そこでプログラムの振り付けを習得するためのデモンストレーション動画やレクチャー動画などを公開しています。この取り組みには私の振付師の経験と著作権研究が活きているので、これもまた理論と実践の両輪ですね」

自身の研究をあらゆる取り組みに活かして活動を広げていく町田。最後に「フィギュアスケートやバレエの振付けも、ご縁があればやっていきたいと思っています」と話してくれた若き研究者は、これからも私たちを驚かせるようなイノベーションを起こしてくれるに違いない。

町田樹/Tatsuki Machida
1990年神奈川県生まれ。2014年ソチ五輪で5位入賞。24歳で競技者を引退後は研究者への道を進み、現在は國學院大學人間開発学部准教授を務める。2025年4月26・27日に東京・東京文化会館 小ホールにて「上野の森バレエホリデイ2025特別企画 Pas de Trois Encore 2025 上野水香×町田樹×高岸直樹《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》」が上演される。

TEXT=山本夢子

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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