PERSON

2025.04.21

フィギュア町田樹が大学准教授に。メディアが作り上げた異名 “氷上の哲学者”を努力で現実に

2014年に開催されたソチ五輪。その日本代表だったフィギュアスケート男子シングルスケーターの町田樹は今、学術の世界で活躍している。博士号を取得し、大学の准教授になってもなお新しいことに挑戦し続ける町田氏の現在、過去、未来を5回に渡ってお届けする。連載3回目はアスリートにつけられがちなキャッチフレーズへの葛藤と新たな道を確立するための挑戦について。【特集 RE:チャレンジャー】

町田樹

アスリート、“氷上の哲学者”のイメージを殺す

フィギュアスケーターとしてのキャリアを終え、研究者の道を進み始めた2015年。ここで現役時代の“あること”が町田を悩ませた。

「これは自慢ではないのですが、オリンピアンとして少しだけ有名になって “氷上の哲学者”というレッテルを貼られてしまいまして(笑)。当時はまだ学士号も取っていない分際が、良くも悪くもメディアでそういった人物だというイメージが出来上がってしまった。研究の世界はそんな生易しいものではなく、本当の『哲学』なんですね。今となっては私もそうなんですけど、博士号(Ph.D)は英語で言うとDoctor of Philosophy、哲学の博士ということです。哲学者のみならず、文学者であれ、社会学者であれ、「真理を発見する」学術の博士は、Doctor of Philosophyです。

それなのに、学士号もまだ取っていない自分に、“氷上の哲学者”のオリンピアンというイメージがついてしまった。これから進もうと思っている学術界の先人たちにそれでは全く申し訳が立たないと思い、自分のアスリートとしてのイメージ、“氷上の哲学者”としてのイメージを殺すことから入りました」

その言葉通り、引退後2年間はアイスショーへの出演があってもメディアの取材を一切受けず、粛々と大学院生として勉強と研究に明け暮れ、修士論文を書き上げた。

「修士号を取りまして、自分の中でもアスリート町田樹は微塵も存在していなかったし、競技者に戻りたいという思いもゼロでした。大学院生を2年間やってみて『この覚悟に嘘はない』と確信し、そういう覚悟があるなら受けていいよね、ということで、博士課程に入った時にメディアの取材を解禁したんです。メディアも“氷上の哲学者”という異名を忘れているだろうし、2年もあれば『町田? 誰それ』となっているだろうと思ったんですけど、一発目から“氷上の哲学者”の今!!”みたいな記事がドーン!と出てしまいました(笑)。

その後も “氷上の哲学者”と言われ続けましたが、無事に2020年3月に博士号が取れました。哲学の研究業績としては『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』(山と渓谷社)という本も出しましたし、この本を機縁として日本で有数の哲学賞である『第16回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞』を授与いただくこともでき、もうこれで正真正銘 “氷上の哲学者”だろうと(笑)」

町田樹

驚愕したマスメディアの影響力

“氷上の哲学者”という異名は町田が読書家だったことが元になっている。「親がスパルタで、家で国語の教科書を毎晩音読させられていた」という町田だが、それがきっかけでどんどん読書が好きに。中学や高校の頃は学校と練習以外の時間は本屋に通い、東野圭吾や海堂尊などのミステリー小説を好んで読んだ。

「海堂尊さんの作品は、研究室の本棚に全部並んでいます。大学までは自分が好きな作家の本を読んだり、ジャケ買いしたりしていました。ただ、研究者になってからは悲しくも自分の研究に関係ある本しか読まなくなってしまったんです。今では忙しくて本屋にも行けず、目当ての本をネットで買うということに…。以前は2、3時間平気で本屋の中を歩き回るくらいの本屋好きでした」

町田樹

そんな町田が“氷上の哲学者”と名付けられたのは、町田が国際大会で成績を出し始めた頃のことだったという。

「ソチ五輪の2年前くらい。グランプリシリーズでメダルを取りはじめ、ブレイクスルーを起こしていた頃でした。テレビ局の取材で『町田さん、趣味は何ですか?』とスタッフさんに聞かれて『趣味という趣味はないんですよ。強いて言うならば読書が好きです』と答え、『ちなみに今どんな本を読んでいますか?』と聞かれたので『今は大学の授業の関係で、ヘーゲルの『美学講義』という本を読んでいます』と。この4ラリーですよ。卓球で言うと、カコン、カコン、カコン、カコン、たったこれだけのやりとり。それで帰ってテレビを見たら“氷上の哲学者”ドーン!です(笑)。当時は愕然としましたが、ようやく笑えるようになりました」

メディアによってつけられたイメージを、自らの努力で本物にしていく。町田樹の信念の強さを感じた。

町田樹/Tatsuki Machida
1990年神奈川県生まれ。2014年ソチ五輪で5位入賞。24歳で競技者を引退後は研究者への道を進み、現在は國學院大學人間開発学部准教授を務める。2025年4月26・27日に東京・東京文化会館 小ホールにて「上野の森バレエホリデイ2025特別企画 Pas de Trois Encore 2025 上野水香×町田樹×高岸直樹《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》」が上演される。

TEXT=山本夢子

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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