PERSON

2025.04.22

フィギュア町田樹、人生初ダイエットで挑むバレエの舞台

2014年に開催されたソチ五輪。その日本代表だったフィギュアスケート男子シングルスケーターの町田樹は今、学術の世界で活躍している。博士号を取得し、大学の准教授になってもなお新しいことに挑戦し続ける町田氏の現在、過去、未来を5回に渡ってお届けする。連載4回目は町田の研究と実践について。【特集 RE:チャレンジャー】

町田樹

これからの研究者に必要なのは「研究を実践すること」

学術の道に飛び込んだ町田は、フィギュアスケートを中心にアーティスティックスポーツ、舞踊に関連するさまざまな研究に取り組んできた。その研究を記した著書をいくつか紹介してもらった。

「博士論文を単行本化した『アーティスティックスポーツ研究序説:フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社、2020年は、競技者の時に感じていたフィギュアスケート界の諸問題、例えばリンク不足をはじめとする不安定な産業構造や著作権の問題について書いています。

競技者の時から言っていましたが、『フィギュアスケートはスポーツであるけれどアートでもある』『プログラムは芸術作品』です。舞踊作品が著作物であるように、フィギュアスケートのプログラムにも著作物として著作権が認められるべきではないか。従来ジャンプなどの技術についてはたくさん語られてきましたが、アートとしてフィギュアスケートをどう語るか、作品批評の面ではまだまだ発展途上です。

プログラム、作品のアーカイブについてもそう。例えば、全日本選手権などのメジャーな競技会での映像を我々は手に入れることができません。オンエアを録画すれば手に入りますが、テレビ局の著作物なので二次利用はできません。でも、その著作物を生みだしている源泉は振付師であり、選手です。その映像は大事な資料なのに、放送されては消えていく。YouTubeにあるフィギュアスケートの演技はいわば違法アップロードですから、いつ削除されるかわからない。最近は、競技連盟が公式で演技映像を公開するようになり、ほんの少しずつ改善はされてきてはいますが、まだまだ脆弱なアーカイブ体制なのです。

アートや学術であれば、図書館に行けば膨大な文献がアーカイブされていて、いつでも本や論文を通して先人たちと対話を重ねることができる。実はアーカイブというのは新しいクリエイションを生み出すための土壌なんです。アーカイブなくしてより良いクリエイションはまず不可能。そんなマネジメントの問題も研究しました」

町田樹

そうしてもう一つが『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』(山と渓谷社、2022年)だ。

「アスリートとしてもがき苦しんできて、いろんな挫折をしてきたし、緊張にのまれて何もできなかったこともあった。そういう時にどう乗り越えていくかというのを、25年のキャリアで編みだした経験則・実践知と研究者として培ってきた学問知を掛け合わせ、ちょっと先に進んだ先輩から若きアスリートに手紙を書くような体裁で、アスリートの心身に関する哲学を記した一冊です」

これらの著書の他にも、学術界のなかで長年論壇の中心的役割を担っている、月刊誌『思想』(岩波書店)が初めてスポーツを特集した号で、社会学者の山本敦久氏、石岡丈昇氏の二人と共に企画を立て、「変貌するスポーツと自由の行方」をテーマに討議するなど、研究者としての実績を積み上げていっている。

研究は理論と実践の“両輪”

現在は、マネジメント論に一区切りをつけ、舞踊学について研究中だ。

「フィギュアスケートの文化圏ではバレエ、タンゴ、ヒップホップなど、いろんなジャンルが交わるんですね。そんな文化って身体表現の世界広しといえどほぼないんです。フィギュアスケートはいろんなジャンルを取り込む、文化の汽水域なんですよ。高橋大輔さんの『白鳥の湖』ヒップホップバージョンがその好例です。しかし、すべての融合がうまくいくとも限らない。コラボレーションやフュージョンなど、文化と文化が交わる際の可能性や限界を考察し、両文化をうまく融和させるためには何が必要なのかということを、学術的に解き明かした論文も発表しており、ありがたいことに昨年度は舞踊学会から研究奨励賞を授与いただきました」

研究し、論文を執筆する。それは研究者にとって重要な仕事だが、これからの研究者はそれだけではダメだという。

「街中を歩く人のなかで学術誌を読む人がどれだけいるかというと、決して多くはない。せっかくの研究がアカデミアという狭い領域でしか共有されないのはもったいないし、スポーツ科学や舞踊学は実学でもあるから、中には研究成果の内容が古くなってしまうこともある。速報即時性も大事だということを考えると、これからの研究者はそれを実践に還元して一般社会に伝えていく活動も同時並行でやっていかなければならないと思っています。

そのため、研究の成果をもとにバレエの舞台を作ったり、フィギュアスケートの解説者をしたり、新聞コラムを毎月発表したり、研究者の立場でコメンテーターとしてスポーツ界の問題をどう考えるかを伝えたりしています。車の両輪と同じ。理論を実践に移し、実践の場で起きた問題をまたアカデミアの領域にすくい上げて研究をする。この絶え間ない循環を回すことが今の私の仕事です」

人生初ダイエットで挑むバレエの舞台

町田は今まさに、もうひとつの実践に取り組んでいる最中。連載第1回で触れたバレエの舞台「Pas de Trois Encore 2025 上野水香×町田樹×高岸直樹 《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》」だ。

撮影:Shoko Matsuhashi  提供:(公財)日本舞台芸術振興会

「副タイトルの通り、バレエとフィギュアスケートそれぞれのスタイルや文化を損なうことなく結びつけたり、対比させるという試みです。そもそも歴史を辿ると、音楽と共に滑って踊るフィギュアスケートの文化は、19世紀半ばに米国のバレエダンサーが舞踊とスケーティングの技術を融合させることによって生み出されたとされています。ですから、元来両文化は近しい関係にあると言えるでしょう。とはいえフロアの上を踊るバレエと氷の上を滑って踊るフィギュアでは、動きのスタイルや特徴は全く異なります。この公演では、例えば身体を捻って180度方向転換するフィギュアのターンのスタイルをバレエの動作に取り入れたりするなどして、新しい動きの創造にも取り組んでいます。こうしたバレエとフィギュアの融和を私と世界を代表するバレエダンサーの上野水香さん、そして私のバレエの師匠である高岸直樹さんの3人によって作り上げています」

2024年が初演のこの舞台。世界的ダンサーと踊るにあたり、人生で初めてダイエットをしたという。

「2018年にプロスケーターを引退してから昨年の初演までの6年間、私は研究一本だったんです。2020年に國學院大學に着任してからは特に、新米教員としていっぱいいっぱいの日々でした。本当にデスクワークしかやってこなかったので、信じられないくらい身体がゆるみまくっていて。ソチ五輪前とは逆の意味で、駅の階段を登れませんでした(笑)。競技者時代、プロ時代はどれだけ好きなように食べても太ることがなかったのですが、34歳にして初めてダイエットをしました。

今回の舞台でも一人で10分くらい踊る大作(ショパン《バラード1番》)を用意していて、これ本気で言いますけど、ソチ五輪以来というくらい自分を追い込んでいます(笑)。アスリートに戻りたいわけではないですが、アスリートや勝負師としての顔がむくむくと復活してきているな、みたいな感じで今頑張っています」

町田樹

バレエの舞台を観に行くとなると少しハードルが高いように感じる方も多いだろうが、そういったイメージなくいろんな人に観てもらいたいと町田は言う。

「バレエやフィギュアスケートのファンは言わずもがな、クラシック音楽好きの方にもぜひ観てほしいですね。バレエに詳しくなくても音楽をこういう風に可視化できるんだという新鮮さや驚きをご提供できると思います。演奏にもこだわって選曲しています。バレエもフィギュアも観客のほとんどが女性というイメージ、ジェンダーバイアスが働きやすい業界ですが、そういうステレオタイプも壊していきたい。ぜひ興味があればお越しいただけたらと思います」

町田樹/Tatsuki Machida
1990年神奈川県生まれ。2014年ソチ五輪で5位入賞。24歳で競技者を引退後は研究者への道を進み、現在は國學院大學人間開発学部准教授を務める。2025年4月26・27日に東京・東京文化会館 小ホールにて「上野の森バレエホリデイ2025特別企画 Pas de Trois Encore 2025 上野水香×町田樹×高岸直樹《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》」が上演される。

TEXT=山本夢子

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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