PERSON

2025.03.05

羽生結弦「僕がやってきたのはスポーツであるという自負がある」

2024年12月7日で30歳を迎えたプロフィギュアスケーター、羽生結弦。今もなお、オリンピックで金メダルを獲った時以上の鍛錬を積み重ねているという。自分自身を常に更新していく男の根幹にある考え方、信念、そして行動力に迫る。

ヴォーグポーズをする羽生結弦さん

アスリートであることが軸。職業・羽生結弦

「職業・羽生結弦」を紐解く。言葉の節々から感じるのは、魅せる作業にいっさい手を抜かない姿勢。フィギュアスケートに対しての揺るがぬ信念が、緊迫感ある演技の根幹をつくり上げている。

「僕がプロ転向するにあたって最初に言ったことは、アスリートであるということ。フィギュアスケートは基本的にスポーツでありながら、アーティスティックなことをやるのですが、それをやるためのアスリートの面が8割くらいある競技だと思っています。体力がないと全然滑れない。そもそも技術がないと4回転は回れない。(アイスストーリーでは)30分ぐらい滑った後に、4回転2本の構成をやるなんてほぼ不可能に近かった。

プロを続けるにあたって一番大事にしてるのは、プロになったからといってアートの世界に傾倒するわけにはいかない、ということ。とにかく僕がやってきたのはスポーツであるという自負がある。スポーツマンとして、アスリートとしての強さ、感動。僕らがもらってきたスポーツの力の感動と、アートの感動をかけ合わせ続けなきゃいけないなというのが今の僕のプロの矜持でしょうか」

競技者時代の羽生と言えば、勝利を欲し、本能をむき出しにする姿。それは今も変わらないが、変化があるとすれば「勝利」という言葉の定義だろう。

「毎回、無理だろうと思いながら演技構成をつくっているんです。いい意味で。今までは勝利、優勝が目標だったことが、今はこの構成を完璧にこなすことが僕の挑戦であって目標なんですよね。だから、この構成を完璧にこなせなかったら、それは僕の負けになる。完璧にこなせたら僕の勝利。アイスストーリーの公演は1日で終わるわけではないので、次の回も完璧にノーミスしてやる! というモチベーションにまたなる。自分のなかでの不可能を可能にしていく作業という形です」

どうしたらそこまで基礎体温の高さを維持できるのか。目標設定の捉え方に、突き抜けたアスリートの本質が詰まっている。

「人生において目標設定はすごく難しい。近い目標であればあるほど達成はしやすいけど、達成感というレベルにおいてはあまり自己効力感が生まれない。でも、あまりにも遠く離れた目標だと達成できないから、ただただ辛い日々が続くだけなんですよね。でも、きっと僕にとってはめちゃくちゃ離れた目標のほうが、その道中を苦しみながらも、ある意味で楽しめる」

本気で模索して、本気で自分に価値あることを探し続ける

五輪2連覇を筆頭に輝かしい記録と記憶で埋め尽くされるが、裏を返せば、数え切れない失敗や試行錯誤の積み重ねがある。壁にぶち当たっては立ち上がり続ける闘志の原点は、自身も被災した東日本大震災の復興に向かう人々の営みにあった。

「人間はネガティブな思考のほうが圧倒的に覚えるので、失敗を忘れることは無理なんですよ。だけど失敗には絶対、原因がある。その原因は、もしかしたら目標設定の失敗かもしれないんですけど、でも、そこを諦めないで、とりあえず方法論を探してみる。自分の努力不足だったり、努力の方法が違っていたり。そもそもテクニックの着眼点が違ったり。

そういうことを何とか諦めずに探していたら、できるはずだと信じこんでいる自分がいる。信じこむ力って、本当に難しいです。でも、能登の震災復興やノーベル平和賞を受賞された日本被団協の方々もそうだと思いますが、きっと、ずっとずっと信じ続けてきたからこそ今がある。

僕は3.11の現場を自分も体感していたので、余計に人間の信じる力の強さを知っています。すごい綺麗なことを言っているけど、諦めなければ何とかなる。でも、諦めなければ何とかなると適当に努力していると何ともならないから本気で模索して、本気で自分に価値のあることを探し続ける。それをコツコツとやり続けることが大事だと思っています」

競技時代よりも今のほうが筋肉も技術も知識もある

トップランナーであり続けるための日常。それは週6日、1日平均5時間以上もの自己錬磨だった。

「氷上での練習と陸上でのトレーニングを毎日3時間やります。ちょっと片づけをして、そこからまた3時間近くやる日がある形ですかね。その時はウエイトだったり、いわゆるバーベルを持ち上げたり、ダンベル持ってスイングするような動き。それこそ一般的にいうウエイトトレーニングという形を取っています。心安まる時は、まったくないです。心休まってないな、今切羽詰まってるなと、態度で出てしまうこともあるけれども。今こういう時期なんだな、休養が足りてないんだな、というのがだいぶわかってきた。意図的に休めるように努力しています」

競技者時代は生粋の勝負師であり、プロとして現在は孤高の表現者でもある。すべてを捧げ続ける、その作業自体が自然となり、高次元の自分へと生まれ変わっていく。

「フィギュアスケートに懸けるためには、もう寝る時間すらも仕事の一部として考えないとダメなんですよね。プロのアスリートだからとかではなく、そもそも競技時代からオリンピックの金メダルを獲るためにはそうせざるを得なかったはずなんですよ。だから、それがただずっと続いているだけであって。正直、今はあの時よりも絶対練習しているし、もっと絞っているし、もっと筋肉ついたし、もっと技術も知識もある。そうやって自分を更新していくことが楽しいんです」

毎日のちょっとした今を大事にしたい

19歳でソチ五輪で金メダルを獲り、23歳の平昌五輪で連覇を達成した。20代後半は前人未到の4回転半ジャンプに挑み、プロとしての再出発もあった。数々の伝説に彩られてきた30年の時間は、全力で生きる今の延長線上にあった。

「ずっと、今に集中しきっていたなと思います。他の方々から見たら、僕は多分、芯がめちゃくちゃ強いタイプの人間だと思うんですけど、その芯の周りに纏っている概念や考え方って、結構簡単に揺らぐんですよね。辛いことが起きたり、嫌なものを見たり、嫌なことを言われたり……そんなことで簡単に揺らいでしまうし、簡単に練習も行きたくなくなる。そういうことは簡単に起きてしまうけれども、毎回、その時々の揺らいだ今を大切に生き抜いてきたんじゃないかなと、30年生きてきた今、思っています」

節目の30歳。自ら「脂が乗ってきた」と表現するように、経験や視野の広がった今がきっと働き盛り。今後について語る笑顔に、充実感がにじむ。

「やっと知識、イメージと身体がまた一段階、上のところに手を伸ばせるようになったなという感じなんですよね。自分のイメージと身体が一致することはまだまだ少ないですが、やっと、どういうふうに練習していったら、こういう身体になっていくか、とか。目標を立てた時、その目標達成のための道のりをだいぶ理解してきたつもり。でもきっと40歳になったら、まだあの時は全然わかってなくて……となると思うんですけどね。それをずっと繰り返しているような気がしますね」

プロスケーターとして、どうありたいのか。ケガと隣り合わせの危険性を認識したうえで、未来へ視線を向けた。

「僕はたぶん人よりも、明日に対しての期待感がものすごく強いんですよ。だから、明日に対して責任を取れる行動を今しておかないと、明日辛くなって終わるだけだと思っています。例えば、今日の体調の原因は昨日のせい。アスリートだからこういうふうに考えているのかちょっとわからないんですけど。正直、明日練習しに行って、明後日練習できてるかどうかもわからないのがフィギュアスケートというスポーツだと僕は思っているんですよね。だから、これから先の青写真はさすがにそんな簡単には描けはしないけれども。この30年間頑張ってきたように、毎日のちょっとした今をとりあえず大事にしたい。明日の自分が、今日を振り返った時に『めっちゃ頑張ったな、自分』と思える今を繰り返していけたらいいなと思っています」

濃厚な人生に裏づけられた緻密な思考。それでいて、予想外を包みこむ余白も残す。羽生結弦という不世出のスケーターにとって、泰然自若として歩む道そのものが挑戦であり続けるのだろう。

羽生結弦/Yuzuru Hanyu
1994年12月仙台市生まれ。早稲田大学人間科学部通信教育課程卒業。フィギュアスケート男子で2014年ソチ、’18年平昌両冬季五輪2連覇。東日本大震災や度重なる負傷を乗り越えての偉業が称えられ、’18年7月に個人で最年少となる国民栄誉賞を受賞。’20年にジュニア、シニアとも主要国際大会完全制覇の「スーパースラム」を男子で初めて達成。世界初の4回転ループジャンプ成功者で、’22年北京冬季五輪では現行制度で最高難度の4回転半ジャンプ(クワッドアクセル)にも挑戦。’22年7月プロに転向し、’23年2月にはスケーター史上初となる東京ドーム単独公演「GIFT」を開催し、3万5000人を動員した。

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著者:大和弘明/1985年群馬県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、スポーツニッポン新聞社入社。五輪担当記者として2018年10月から6年以上、羽生結弦の取材を続けている。

TEXT=大和弘明

PHOTOGRAPH=HIRO KIMURA(W)

STYLING=黒田領

HAIR&MAKE-UP=柿崎友美

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