2023年2月26日(日)約3時間にも及ぶアイスショー「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023“GIFT”at Tokyo Dome」が幕を閉じた。3万5千人の観客に加え、ライブビューイングは国内外で3万人という前代未聞の盛り上がりを見せた一夜。羽生結弦がプロフェッショナルとして、考えに考え抜いたこだわりの物語で伝えたかったこととは。
羽生結弦が紡ぐ物語「GIFT」
3万5千人がたった一人の男に会うためだけに東京ドームに集結した。フィギュアスケート男子で五輪二連覇を果たし、プロに転向した羽生結弦だ。約3時間にも及ぶアイスショーは、新たなエンターテインメントの未来を照らすものとなった。
制作総指揮は羽生結弦。演出はPerfumeらテクノロジーと身体表現を融合させた最新のライブ演出で知られるMIKIKOさん、音楽監督は、松任谷由実さんのコンサートで音楽監督を務め、数々のヒット曲のアレンジを手掛けてきた武部聡志さん。そして、ダンスカンパニーELEVENPLAY、クリエイティブ集団ライゾマティクス、東京フィルハーモニー交響楽団、スペシャルバンドという一級の仕事人たちが布陣。
アイスショー「GIFT」では、タイトルはもちろん、演技構成も羽生自らが考案し、自身がつくった物語を元にショーが繰り広げられる。そこにあるテーマは「ひとり」であること。
「もちろん自分自身が今までの人生の経験の中で、『ひとり』ということを幾度も経験してきましたし、実際に感じることもいまだにあります。それは僕の人生の中で常につきまとうものかもしれないです。ただ、それは僕だけじゃなくて、大なり小なり皆さんの中に存在しているもので。皆さんにとってもきっとこういう経験があるんじゃないかなってつづった物語たちです。少しでも皆さんの『ひとり』という心に贈り物を、というか。『ひとり』になった時に帰れる場所を提供できたらいいなと思い、『GIFT』を作りました」
羽生が初めて自身で言葉をつづって作った物語。「その物語の中にあるプログラムたちが、皆さんへギフト、贈り物となって届きますよう、願いを込めて滑らせていただきます」と真摯に語る。
東京ドームという大舞台で、他者からのひと言だからこそ、羽生のプロフェッショナルの一端が垣間見えた場面があった。舞台上で音楽監督を務めた武部さんが羽生と観客にかけた言葉。
「今日まで本当に練習を積み重ねて、毎日深夜まで練習を積み重ねて、今日やり切りました。彼の努力、演技から僕らも勇気をもらって、きっと皆さんもそうでしょうけど、すごく力をもらいました。羽生くんの気持ち、その我々の気持ちを込めて、今日『GIFT』という曲を作ってまいりました」
数々のトップアーティストの楽曲を手掛けてきた音楽監督が、1日のためだけに有り余る想いを曲にしたためた。羽生の実直で、どこまでも高みを目指す姿に、仕事仲間にしろ、観客にしろ、影響を受けずにはいられない。羽生を中心として、ポジティブな好循環が生まれていた。
スポーツ×音楽×アートが見事に融合
舞台となる東京ドームのバックスクリーン部分に巨大なスクリーンが設置され、その前にはアイスリンクが、それを取り囲むようにコの字型に不思議な装置が並ぶ。羽生自らがナレーションを務め、プロジェクションマッピングを使った迫力満点の「火の鳥」を皮切りに、スポーツ、音楽、アートが縦横無尽にリンクして、物語の世界を表現する。圧巻の表現力を携えた滑りは言わずもがな。より妖艶で、より力強くなった舞に目が釘付けとなる。
一転、北京オリンピックさながらの演出で「6分間練習」と「序奏とロンド・カプリチオーソ」が。本番のような緊張感が会場を包み、羽生の気迫が伝わってきて、まるで競技を見ているような錯覚に陥る。
「北京オリンピックで、やりきれなかったという想いがあるプログラムなんです。あのプログラムには、夢を掴みきるという物語が自分のなかにはあります。『GIFT』にも、夢という存在がものすごく大きくあって、そういう意味でも、まず前半の一幕のなかで、夢を掴みきったっていう演出をしたかった。ただ、北京オリンピックを連想させるような演出をしたうえでロンカプ(「序奏とロンド・カプリチオーソ」)をやったのは、あの時に夢を掴みきれなかったからで、あの時、夢を掴みきれなかったものを今掴みとるんだ。逆に、まだ掴みとれていない夢も、4回転半だったりありますけど、それにむけてこれからも突き進むんだという想いを込めてやらせていただきました」
何事にも本気。何事へも妥協しない。この1日のためだけに全力を出し切った。
「正直、この会場に入った時に思ったことは、自分ってなんてちっぽけな人間なんだろう、ということでした。フィギュアスケートって、ひとり、あるいはふたりの人間がやるスポーツですし、それを表現として、アートとして作り上げていくっていうことももちろん大事ですけど。まずは、僕は男子シングルなんで。男子シングルのスポーツ選手としてやる時に、本当にちっぽけな人間だなと思いました。
でも、その3万5千人の方々、あとはこの空間全体をつかった演出をしてくださった皆さんの力を借りたからこそ、ちっぽけな人間だったとしても、いろんな力が皆さんに届いたんじゃないかなと思うんです。
ある意味では、震災の時にひとりひとりだったらきっと何もできなかったなという記憶と少し似ていて。皆さんの力が、羽生結弦っていうひとつの存在に対して集まったからこそ、絆があったからこそ進めた。力が伝えられた公演だったんじゃないかなと思います」
「ひとり」であることの辛さや苦しさを昇華した表現の極地。東京ドームに集まった「ひとり」「ひとり」の人間の想いが合わさり、会場は熱気に包まれ、化学反応のように温かな物語が紡がれた。豊かな循環の中で、羽生の旅路は続いていく。
一夜限りの「GIFT」セットリスト
前半
「火の鳥」
「ホープ&レガシー」
「あの夏へ」
「バラード第1番」
「序奏とロンド・カプリチオーソ」
後半
「Let Me Entertain You」
「阿修羅ちゃん」
「オペラ座の怪人」
「いつか終わる夢」(ファイナルファンタジー10)
「Notte Stellata」
アンコール
「春よ、来い」
「SEIMEI」