放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2023年M-1決勝に輩出した・桝本壮志のコラム。
旗色が悪いときこそ、自分を「無能」に見せる
「じゃあ、悪口を言い合いましょう!」
M-1王者ら2人の芸人と暮らしていたシェアハウスで、つとテレビに目をやった。
番組中、芸人らが互いの不満をぶつけ合う展開になり、その中に同居人がいたからだ。
「あらら、どうやって笑いにするんやろ……?」
彼は弁が立つが、悪口は苦手なタイプ。が、この場面ではキレのある中傷か、笑いをとらないと芸人失格でした。
「やだぁ~~言えないよぉ~~」
突然、彼は涙を流しはじめ、そのポンコツぶりにスタジオは爆笑に包まれました。
「ここで泣くのはすごいなぁ」
悪口や毒は言葉にするのがカンタンなのでSNSにも溢れています。しかし彼は、「それすら言えない芸人」という恥を晒すことで笑いを生んだのです。
「状況に応じてポンコツになれる」。これは芸人さんから学んだ人間関係のコツです。
僕は会議やプレゼンで旗色が悪くなったとき「自分を大きく、有能に見せる」というスタンスを取りがちでしたが、芸人さんの「小さく、無能に見せる」テクニックに気づき、模倣し、コミュニケーションを改善していった過去があります。
よくビジネスパーソンは「経営者になったつもりで働け」と言われますが、要所要所で「芸人になったつもりで働いてみる」という発想も、今では大いにアリだと考えているんです。
芸人の会話術は「逆・石丸構文」
強い柔道家は「受け身」も一流です。受け身は相手に投げられたときの防御動作なので「恥をかくこともある」が前提。真の強者は「恥をかいたあとも一流」と言えます。
最近は「石丸構文」のように、いかに相手を気持ちよく投げるか? その手法ばかりをインプットする人たちが増え“攻めは強いが受け身は弱いタイプ”が量産されています。
芸人さんの会話術は、石丸構文の「会話の的を絞らせない手法」とは真逆。より自分がおいしくなるように「的を広げていく手法」です。
相手のトークに呼応しながら、次に自分をイジるヒントワードを差し向けたり、「おい、それ以上は言うな!」と怒りながらオイルを足したりする。
出川哲朗さんのような超一流になると、さんざんイジられたあとに、目を見開き、こめかみに指をあて「お前ら、バカか?」と、演者はおろか番組スタッフごと巻き込む大団円をつくり出します。
この、一見、あたふたしたりポンコツに見える所作の裏には、柔道家と同じように、恥をかくことを前提にした“受けの技術”があるのです。
あなたは通勤中、苦手な上司や先輩を「どう言い負かそうか」と考えていませんか?
芸人流の思考で「どうやって受けてやろう?」と逆の発想、視座を手に入れることも「真の強者」ですからね。
仕事の9割は大したことないババ抜き
「M-1で優勝できるなら、他の仕事はぜんぶスベってもいいんですよ」
これは、ある教え子のひと言。とても芸人心理が表われている言葉です。
彼らの「M-1」を、私たちの仕事に置き換えると、年に1度か2度ある超重要な商談やコンペといった「勝負どき」。
仕事の9割は、会議、資料作成、デスクワークなどの面倒な雑務で、誰が資料をまとめるか? プレゼンするか? 謝罪するか? 責任をとるか? まるで「ババ抜き」のように、面倒を同僚に押しつけていきます。
芸人さんは、自分の本領は「舞台ネタ=勝負どき」で発揮すればいいという美学があるので、面倒な「ババ」を涼しい顔で引き受けます。
クイズ番組で高学歴に囲まれたら無知キャラになり、ドッキリに掛かったらヘタレになり、営業のビンゴゲームの司会では酔っ払いの太鼓持ちにもなる。
この、日々のババ抜きで全勝しようとせず“他者に花を持たせる感覚で面倒を引き受けつつ、勝負どころでは自分が花束をつかむ”といった思考、力の配分は、私たちの仕事や人間関係にも有用ではないでしょうか?
「ある程度、損をしたほうが仕事はうまくいく」
これは明石家さんまさんの「笑いで運を使いたいからギャンブルはしない」という考えから続く、芸人さんの粋な伝統なのかもしれませんね。
ではまた来週、別のテーマでお逢いしましょう。