FC町田ゼルビア アンバサダーの太田宏介氏が紐解く「黒田剛監督論」。第1弾は独特のコミュニケーションや言葉のマネジメント力だった。この第2弾はチームビルディングや組織論の本質に迫る。とにかく監督の特徴として大崩れしないという面だ。「1-0」で勝ち切るチームの組織の裏側とは、どういったものなのだろうか? 今回も新刊「勝つ、ではなく、負けない。」(黒田剛著)より一部抜粋する。
「得点」より「失点しない」を重視
サイドバックは現代サッカーでは要のポジションといえる。
2014年ブラジルワールドカップで優勝したドイツ代表フィリップ・ラーム選手などはその最たる存在だ。チーム全体を俯瞰し、的確なパスを供給し、チャンスと見ればオーバーラップやインナーラップを仕掛けて勝機をつくる。
FC町田ゼルビア(以下、ゼルビア)でサイドバックだった太田宏介氏も、チームをJ2優勝に導いた中心の選手の一人だ。そしてディフェンダーだからこそ、守備重視である黒田剛監督のチームビルディングの本質が見える。そもそも監督はどういったチームを目指しているのだろうか?
「黒田さんの着眼点は、得点より失点です。失点に関与したプレーを徹底的に分析します」
ここに黒田サッカーの本質が隠れている。得点より何より失点を恐れる、クリーンシートで試合を終わらせることを何より重視する。何故だろうか? 安易な失点や「1点くらい取られてもいいや」という気持ちが一気にチームを崩壊に導くことを高校サッカー時代に痛いほど経験しているからだ。あらゆるチームや組織は一瞬で崩壊していくことを黒田は本質的に理解している。同時に「連敗しない」を鉄則にしているのも同じ理由である。
圧倒的な数値化と目標設定
黒田流チームビルディングにおいて、もう一つ重要な要素を太田氏は「徹底した数値化」をあげる。言語化はよく語られるが数値化による徹底した目標設定も、半端ではない。
「2023年シーズンの目標はJ2での圧倒的な優勝で、『勝ち点90、失点30以下』という数字をリーグ開幕前から常に言い続けていました。試合に勝利した日でも『満足するな。次の1試合のために戦え、先を見るな』。こういった言葉をずっと言われていました。これは今季のJ1でも実践しています」
また、シーズン全42試合を6試合ずつ7タームに分け、1タームの勝ち点目標を15と設定する(6タームすべてで目標達成すれば、勝ち点90)など、選手やコーチ陣にも徹底して分かりやすい目標となっていた。結果、2023年シーズンは「勝ち点 87、得点79、失点35」と目標よりはやや下回ったものの、新人監督としては上出来、いや、それ以上の結果をもぎ取った。
こういった徹底した数値化と目標設定はアスリートやスポーツチームだけでなく、ビジネスパーソンにも汎用できるだろう。
徹底した競争原理、若手の台頭
さらに太田氏はもう一つ、大きな要素を指摘する。ゼルビアは2023年シーズンでも現在のJ1でも、若手の台頭が最も著しいチームである点だ。これは黒田監督の指導と関係するのだろうか。
「スポーツで結果を出すために厳しさは絶対に重要だし、ハングリー精神も必要です。そして、チーム内での競争もすごく激しかったんです。
例えばスタメンだった選手がいきなりメンバー外になったり、メンバー外だった選手がいきなりスタメンになったり…この入れ替えや選手起用はチーム内の競争には、本当にいい刺激でしたね」
この徹底した競争原理が若手の台頭をうながしたのは間違いないだろう。しかし、一方でそういった競争原理を取り入れているチームはゼルビアだけではない。どうしてうまく機能しているのだろうか。太田氏は黒田監督の「教育者」としての側面が、選手起用の面で活きていると分析する。
「選手のコンディションやメンタルの充実など、黒田監督は『教育者』であるからこそ、人を観察する能力にも長けている。そこを見極めて選手を起用し、また不思議とその選手が試合で活躍しました。多くの若手もそうやって伸びました」
青森山田高校での約30年間、また教師や教頭としての現場での教育経験がプロサッカーの最前線で活きているという、日本のサッカー史上初めての実例でもある。太田氏自身にとっても黒田監督の下での時間は発見に満ちたものだったようだ。
「新しい発見ばかりで、本当に僕のキャリアの中でも抜群に面白かった時間でした」
※次回へ続く