PERSON

2024.09.09

太田宏介が今だから話せる、町田J2優勝に隠された黒田剛監督とのやりとり

FC町田ゼルビア アンバサダーとしてクラブをサポート、ファンや地域との交流などに貢献している太田宏介氏インタビュー最終回。新刊「勝つ、ではなく、負けない。」(黒田剛著)より一部抜粋する。

監督との衝撃のスタート

現在は黒田監督を人生の師として慕う太田氏だが、2023年開幕前のキャンプで、太田氏が初めて黒田監督と接した際はどんな印象だったのだろうか。そう尋ねてみると、太田氏は、最初に提示された具体的な目標設定が印象的だったと語った。

「2022年シーズンの振り返りで失点シーンの全動画を見せられました。ゴール前の守備の強度が低く、クロスでも中にいる相手選手を捕まえられていない。無駄に後ろから繋いでイージーな失点をしたり、黒田監督からしたら絶対的にNGな失点シーンがあまりにも多かったのです…」

動画を見ながら、黒田監督はこう言った。その言葉が当時は印象に残ったという。

「『2023年シーズンは勝ち点90、失点30以下に減らす』…去年まで全く勝てなかったチームに、いきなりものすごい高いハードル設定をしたんです。新しい選手が増えてチームの半分以上が入れ替わっています。新しいスタッフも入ってくる。そして…高校サッカー出身の監督がやってくる。今までで一番未知なシーズンのスタートでしたね」

しかし、黒田監督の自信と明確な目標設定がチームに指針を与えたという。チームは過去にない大きな変革期に突入したと、誰もが感じた。そして、黒田監督は揺るぎない自信を持って選手やスタッフに接した。目標設定を明確にしたことで、目指す指針が明確となった。太田氏にとっても今も忘れられないキャンプでの最初のミーティングとなった。

しかし、もっと忘れられない言葉が黒田監督の口から飛び出す。

「合宿での最初の試合後でした。『結構動けるな』と言われました。その後の個人面談でも、僕について『もっと動けないと思っていた。本当に大ベテラン、動けなくなったベテランだと思っていた』。でも、実際に目の前でプレーを見てみたら『びっくりした』という監督の評価を聞いて、『なんて失礼な人だな』と思いましたね(笑)」

一方で、太田氏は前年に加入した頃、悔しく思う日々を過ごしていた。

前年の2022年の夏にゼルビアに加入、前任のポポビッチ前監督のもと、チームが勝てない中で存在感を出せていなかった。気持ち的には「まだまだやれる」という自信はあった。翌年の新しいシーズンに向けしっかりと良い準備もしてきた。

「黒田監督が招聘され、チームの始動日からちゃんと動けて、最初のゲームでも変わらない自分のプレーを出せていたつもりだった。だから、監督の言葉にイラッとしたんです(笑)」

しかし、太田氏はある種の納得をした。これは世間からの自分への印象と同じではないかと。監督の言葉を重ね合わせて妙に納得したという。

「客観的に納得してしまいました。ゼルビアへ加入する前にオーストラリアリーグに移籍していて、なかなかプレーしている姿を日本では見せられていない。歳とともに衰退していく一選手、そう思われても当たり前。正直に言ってくれたので、あらためて自分を見せつけてやろうと思えた面談でした。ベテランと呼ばれている選手に、そんなことを言ってくる人はいないんですよ、本当に…」

黒田監督の率直な物言いが、逆に太田氏に新たな決意を促すことになる。

この2023年シーズン、太田氏にとっては大きな節目の年になった。

「引退」を決意した最後の年、最高の監督と出会う

その後、練習を通じて太田氏の黒田監督への印象が大きく変化していった。

太田氏は、比較的スタッフに近い位置で活動し、監督から様々な相談を受けていたと語る。

「いろんなタイミングで監督から相談されて『あの選手はどうだ?』などと聞かれました。監督といろんな会話をしてきましたが、一方で僕自身は試合になかなか絡めなくて…なおかつ、自分にとっては限られた時間しかありませんでした。なぜなら2023年に僕の心の中で『引退』を決意していたからです」

そんな中、太田氏はシーズン残り2ヶ月ほどで怪我をしてしまう。

「シーズン残り2ヶ月ぐらいで怪我をしてしまい『このまま試合に出場しないで僕の現役生活は終わってしまうのか…』と感じていました。でも、そんな時に大きな機会がありました。アウェイの秋田戦でスタメン出場のチャンスをもらったのです。その後のアウェイのロアッソ熊本との試合でJ1昇格が決まり、そしてJ2優勝が決まり…まだ2,3試合残っていたのですが、監督は引退していなくなる僕をスタメンとして使ってくれて、さらにキャプテンに指名してくれたのです」

太田氏は、これが他のチームではあまり見られないことだと言う。どのチームでも引退して去っていく選手には年齢を問わず、最後の1分くらいの出場か、多くても5分や10分くらいのプレーで観客に見送られながらピッチを去っていく、こういった選手の去り際が圧倒的に多い。

黒田監督は違った。

最後の最後まで太田を使い続けた。普通だったら優勝も昇格も決まっていれば来期にそなえて若手に実践の場を与えるもの。世界中の名監督といわれる指導者でもそうするだろう。現時点でのベストメンバーを組んだ。来年在籍しているかいないかに関係なく、太田を使い続けたのだ。

結果は最高のものとなった。

シーズン残りの5試合全てに勝利したのだ。太田氏はしみじみと語る。

「シーズン残りの5試合全てに勝ったというところが大事なんです。昇格が決まってもなお、勝利を求め続ける監督の『勝者のメンタリティ』が選手全員に伝播しました。J1に昇格してからの勝利へのイメージも植え付けられました」

太田氏は、黒田監督への深い感謝の気持ちを今も持ち続けている。

黒田監督の太田氏への信頼、勝利へのこだわり、それは全ての要素は現在J1で活躍するチームの土台になっているようだ。

一生忘れられない、監督からのメール

インタビューの最後に黒田監督とのエピソードについて明かした。

シーズン後に町田市内で開催された、J2優勝パレードでの出来事だった。

「J2優勝パレードの際、バスの最前列で僕と監督、サイバーエージェントの藤田社長、俳優の谷原章介さんとで黒田監督の携帯で記念写真を撮りました。『この写真欲しいな』と思っていましたが、でも、監督に連絡先を教えてくださいなんて僕の感覚では言えなかったんです。そしたら監督が気を遣ってくれて『宏介、これ送るよ。連絡先教えてくれよ』と言ってくれたんですね」

パレード後も、黒田監督からの心遣いの言葉は続いた。

「パレードが終わった後も『今日はお疲れ様!』『本当に良いパレードだった』という文章が送られてきて、僕は恐縮しながら、『こちらこそありがとうございました』と返信しました」

2023年の年末、黒田監督から長文のメールが届いたという。

「全文は紹介できないので簡単に伝えますと、『今年の1年、ありがとう。初めてのJリーグの監督でプレッシャーのなか、凄く疲れたし苦しかったことも多かったけど、宏介が率先してチームの先頭に立ってくれて、若い選手を含めてサポートしてくれたおかげで、優勝することができました。本当にありがとう』」

太田氏は、このメールに大きな感銘を受けたという。

「本当はもっともっと長いのですが…、そんなメッセージをくれる監督は初めてでした。あれだけ忙しくて、たくさんの繋がりがあって、多くの連絡が届いているであろう年末の忙しい時期に、たった一人の選手に対してとても長い、しかも熱いメールを下さったことに僕は心底驚きました」

文章は定型文ではなくて、本当に心のこもった長い文章。かけた時間を考えると、太田氏は胸がいっぱいになった。

「黒田さんは…最高の監督です」

黒田監督は、単なる人心掌握術の天才ではない。心からの思いを込めて選手一人一人に接しているのが分かる。一見厳しい言葉でも、その裏には「選手を活躍させたい、チームを勝利へと導きたい」という熱く強いこだわり、そしてチーム愛や選手愛があるからこそだ。

これこそが、黒田監督がチームや全選手を動かす大きな理由、黒田剛の本質であるのかもしれない。

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TEXT=上野直彦

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