真打昇進からわずか4ヶ月で寄席のトリを務め、テレビ番組「笑点」のレギュラー大喜利に女性初の出演を果たした落語家の蝶花楼 桃花(ちょうかろう ももか)に特別インタビュー。第1回。
新たな落語の歴史を築く女性落語家たち
取材当時、東京の浅草演芸ホールでは、“落語協会百周年記念興行”が行われていた。
記念すべき興行の“夜の部”で行われたのが、女性芸人たちばかりで構成された「桃組」の番組。今なお男性落語家の割合が大きい落語の世界で、女性芸人のみを集めた桃組は、落語界のみならず多くの業界から注目を集めている。
2023年に行われた興行で、東京の寄席では定席史上初となる、女性だけの番組の開催に成功。落語家だけでなく女性の漫才師や講談師も出演した。そんな華やかな「桃組」の興行を企画し主任を務めたのが、女性落語家の蝶花楼桃花(ちょうかろう ももか)だ。
2022年に、10人目となる“女性真打”に昇進した蝶花楼桃花は、最近ではテレビ番組「笑点」の新メンバー候補として名が挙がるほどの実力者。真打に昇進してから、わずか4ヵ月で興行のトリを務めるなど、その実力は多くの落語家たちも目を見張るほど。
男性視点で描かれることが多い古典落語の演目を、女性でありながら巧みに演じ分ける話芸は、まさに“舌耕芸”とも呼ばれる落語の面白さを体現しているようだ。
コロナ禍から誕生した「桃組」の興行
今回で、2回目の興行となる「桃組」の定席。1回目が行われた2023年は、まだ新型コロナウイルスが、5類感染症に引き下げられてすぐのことだった。
「私が真打に昇進して披露興行を開催する直前まで、寄席はまだお客さんが少ない状況でした。そんななかで真打昇進から4ヵ月でトリをとらせてもらい。1年後には、浅草演芸ホールの方から、再び主任のお話をいただいたんです。
せっかく主任をさせていただけるのであれば、なにか企画ものをやらせてもらえないかとお願いして。今まで女性だけの興行というものは、一切行われてこなかった。ちょうどいいタイミングなんじゃないかと思いました」
しかし、女性の落語家や漫才師だけを集めて行う桃組の興行は、一筋縄ではいかなかったという。
「女性落語家の数を考えてみたら、みんなで“代演”を補充しあっても、興行を行うのにギリギリの人数。出演をお願いした全員が受けてくれたから実現したものの、ひとりでも欠けたら成り立たない状態でした」
“落語ブーム”での入門者は一過性?
江戸落語で初の女性真打が誕生してから、2023年で30年目を迎えた日本の落語界。しかし、今でも男性落語家が1000人近く在籍しているのに対し、女性落語家は東西を合わせても50人を満たず、全体の割合の5%にさえ達していない。
また、女性の入門者が増えた時期もあったというが、ここ数年は女性の弟子入りがめっきり減ったという。
「一時期は、女性の入門者が多かったんです。15年くらいで一気に女性落語家が増加して、途切れることなく後輩が生まれていました。
でも、今は入門志願がぴたっと止まっていて、女性の前座はひとりもいない状態。この前、二ツ目に昇進した子が最後で、5〜6年くらい女性の入門者がいない状態が続いています」
最近では、雑誌「週刊少年ジャンプ」の漫画『あかね噺』が人気を博すなど、再び注目を集めている“女性落語家”という存在。しかし、蝶花楼桃花いわく、一時の“落語ブーム”で増える入門者は、一過性のものに過ぎないのだとか。
「私がまだ前座だった頃に、NHKの連続テレビ小説『ちりとてちん』が放映されたんです。そしたら、10人ほど女性の入門者の方が入ってきました。でも、今残っている人たちは、そういったブームでは来ていない人が多いです。みんな強い意志を持って、厳しい修行を重ねています」
一方、女性が少ない落語界の状態に対して、神田伯山などで知られる“講談師”の世界では、女性講談師の存在が目立っている。そこには、講談師という話芸の特性に理由があるのだとか。
「全体の数が落語に比べると少ないのですが、講談師は女性が8〜9割を占めている。割合だけでいえば、落語界よりも圧倒的に女性の比率が大きいんです。
講談師は、時代劇のような歴史ものを本を読むように語る芸なので、女性でも演じやすいところがある。対して落語の古典作品は、江戸の男性文化のなかで誕生したものが多いので、女性だとやりづらい部分が多くあったりして」
女性落語家に対する冷たい風当たり
25歳で落語家を目指し、春風亭小朝のもとに入門した蝶花楼桃花。しかし、落語界での女性に対する風当たりは、甘いものではなかったという。
「今でこそなくなりましたが、私が入門した頃は、恐い師匠方がたくさんいました。『女は着付けに付くな』とか『女には落語の稽古はしない』など、女性というだけで厳しいお言葉をいただくことも。本当に苦しい時期がありました。
師匠である春風亭小朝には、『荷物を運ぶ時は、軽いものを持ってはいけない。一番重いものを最初に持ちなさい。そして、口で咥えてでもすべてを運びなさい』と言われ。女ということに甘えず、ひとりの落語家として認めてもらえるよう、人一倍がんばりながら稽古に励んでいました」
師匠や先輩からの一言に落ち込むこともあったという蝶花楼桃花だが、それ以上に厳しかったのが“お客さん”からの言葉。寄席や独演会などで高座に上がると、観客からさまざまなヤジを投げられることもあったのだとか。
「私が高座に上がると、『女は落語をやるな』とか『早くやめてしまえ』とヤジが飛び、『お前を見にきたわけじゃない』と帰ってしまう人もいました。ひどい場合だと、数人で会場の前席に座り、私が出てきた瞬間に一斉に帰ってしまうなど。わざわざ私の独演会にまで来て、嫌がらせをしてくる人もいました」
しかし、そんな“女嫌い”な観客に対しても、笑顔を忘れず毅然とした態度で接すると決めた蝶花楼桃花。人々から心ない言葉を受けた時は、あえて“ネタ”として返すようにしていたそう。
「お客さんから『お前を見にきたわけじゃない』と言われた時は、『ついでに見にきてくれてありがとうございます!』とか。『顔だけで売れようとするな』と言われたら、『え! 可愛いって認めてくれたんですね。ありがとうございます!』と、いつもニコニコしながら返すようにしていました。
私が1日でも早く落語家として認めてもらうには、苦しくても芸歴を重ねていく以外なかったんです」