予約段階でAmazonの本のランキングで総合1位になり、話題を集めている書籍がある。『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』(ダイヤモンド社)だ。著者は、世界的なフーディーとして知られる浜田岳文氏。「OAD Top Restaurants」レビュアーランキングで6年連続で世界1位を取っている。イェール大学から金融機関を経て、南極から北朝鮮まで、127ヵ国・地域を食べ歩く、まさに世界一の美食家だ。そんな彼の「食の価値観を一新する」グルメ入門書が同書。新刊への思いを浜田氏に聞いた。【前編はこちら】
レストランの評価の基準は2つ
――「美味しいとは何か」について定義されていることも、極めて興味深い内容でした。
原価が高いものは美味しい。その事実もたしかにあります。そして、価格は、原価に紐づく。しかし原価で価値が決まるのかと言えば、それはおかしいんです。
なぜならお店やレストランは、食材を売っている場所ではないからです。料理人やシェフが、加工している場所なんです。いいお店やレストランというのは、料理人やシェフが、加工賃をきちんと取れているレストラン、ということが言えると思います。
食材を提供しているだけなのであれば、我々が生産者から直接、仕入れて家で食べればいい。こうなると、レストランの存在意義はなくなってしまいます。レストランの付加価値は、加工業であるということです。技術によって手がかけられている料理をどう評価するか、ということこそ「美味しさ」のポイントだと思うんです。
その意味で、僕がレストランをどう評価しているのかというと、基準は2つです。料理人がいかに深く考えているか。そして、それを形にできているのか。
絶対にやってはいけないのは、僕の好みでいい悪いを判断することです。好みというのは、人によって違います。人種によっても違うし、どんなものを食べてきたかによっても違う。食に詳しい人やプロの料理人でも、好みでは意見は一致しません。だから、好みで語ってしまうのは、極めて危険なことだと思っています。
友達に軽く語るくらいならいいけれど、公の場でいい悪いを自分の好みだけで語るのは危ない。自分のエゴ丸出しの食レポなんてのは、それこそ絶対にやってはいけないこと。
ですから、できるだけ自分の好みを排除して、好みでないところで自分なりに評価する。100%好みを排除することは難しいけれど、トライする。そのために深く考える。そして、僕の好みに合わなくても、2つの基準を客観的に見て、いいと思えば、いいレストランだと評価する。とにかく論理的にしたいんです。
――聞けば、お笑いがお好きで、お笑いの面白さも論理的に分析しようとされるとか。
どうして面白いのか理解しないと楽しめないんですよ。だから、YouTubeのお笑い解説動画とかは大好きですね。
「令和ロマン」は、NSC大ライブTOKYOで優勝したときからフォローしていますが、あの面白さは引き出しの多さだと思っています。サブカル含め膨大な知識を2人が共有しているから、くるまさんにケムリさんが的確に突っ込める。あとは、空気を支配する力ですね。M-1という緊張するはずの最高峰の舞台で客席をイジって、一切の空気を持っていく……。僕は、こんなふうに自分なりにロジカルに分析しないと納得できないんです。あ、あとお笑いで最近注目しているのは、「エバース」かな。これは絶対に来ますよ。
興味を持ったら深掘りするのは、昔からですね。それこそ音楽は小学校から。クラシックは、普通の音楽家の人よりも詳しいと思います。作曲家にしても、名演にしても。実際に海外に聴きに行きますし、ホールも訪ねます。本にも出てきますが、食べるために滞在しながら、大好きなブルックナーをリンツの教会に聴きに行ったりもしていました。
食にしても、音楽にしても、実は言語に関してもそうなんですが、知りたいという好奇心が完全に暴走してしまっている、と言えるかもしれません。それを抑えられない。無理矢理、抑えつけるのは、そもそも生きてる意味がない、とすら思っていますし。
ただ、我がことながら、お金の使い方はやばいです。幸せな家庭生活なんてものは、とても描けないですし、結婚もできない(笑)。
背伸びをして、食について知識を得る
――浜田さんから見た、今後の日本の食の課題と展望を聞かせてください。
心配なのは、レストランのサステナビリティですね。いろいろな課題がある。レストランが今のままあり続けられるのか、今後どう生き延びていけるか。人材不足もそう、食材についても問題山積です。
例えば今、高級食材が人気になっていますが、本来レストランというのは、料理人の技術を楽しむ場所なんです。そこで高級食材をてんこ盛り使うというのは、技術を感じさせないということになってしまいかねない。
高級食材を使えば、不味くなりようがないからです。それこそ、パスタを茹でて、高級キャビアの缶詰をぶっかけるだけでも十分に美味しいわけです。でも、これは誰でもできてしまうんですね。そして、これは料理ではない。
こういうことが行き過ぎると、高級食材の奪い合いが起こる。枯渇も起きる。そうすると、料理が再現できなくなる。やっぱり、料理人の技術で食べられる料理が大事だと思うんです。
その意味で、今、面白いのは地方です。都市部の人気店、高級店というのは、どうしても似通ってしまうんです。各地から食材は調達できるし、技術もあるから、実は多様性が落ちてきている。
日本人の味覚は均質で似通っていますから、ストライクゾーンが狭いんです。みんな小さな投球フォームで狭いマトにボールを投げ込んでしまう。こうなると、食べ手も飽きてしまう。
そこで注目が地方なんです。地方は個性を出しやすい。というのも、制限があるから。都市部のように食材調達が簡単ではないので、地元の食材で勝負することにもなる。だから、例えば青森と沖縄では違う個性になる。
そこに季節も関わってくる。旬の食材が手に入らないときは、技術でどう美味しくするかが問われる。料理人の技術もフルに生かされる。産地でしかできない料理も求められるんです。
しかも今は、SNSでいい店はすぐに見つけられます。地方は食べ手にとっても、料理人にとっても大きなチャンスだと思っています。
――最後に、予約段階でAmazonで本の総合1位というのは、本当にすごいことだそうなのですが、どう思われていますか。
実はよくわからないんですよね。そもそもAmazonがどんなアルゴリズムで順位を出しているのかもわからない。ロジックがわからないものは、僕にはまったくピンとこないんです。
例えば、カジノで大当たりしたとして、嬉しいかもしれませんが、充実感はないと思います。なぜなら、頑張った結果ではないから。大当たりしたロジックはわからないし、再現性がないわけですよね。
ちょうど1位になったというのを、スペインにいるときに見たんですが、どういうことなんだろう、とばかり考えていました。
ただ、順位はさておきとして、多くの方が予約をしてくださったことは間違いありません。料理人の方からも、予約したという連絡をもらったりしました。それは本当にありがたいことでしたし、嬉しいことでした。
まだ気が早いのかもしれませんが、僕は海外でも出版したいんです。特にアジアですね。本の中で「背伸びの重要性」について触れていますが、経済的に伸びている国というのは、みんな背伸びをするんです。
その意味で、食の「教養」について書いた本のニーズは案外とても大きいのではないか、と思っています。背伸びをして、食について知識を得る。こういう切り口の本はあまりないと思いますし、大いに需要があると感じています。
あ、アメリカでの出版はない、ですね。その理由は、本を読んでいただけたらわかると思います(笑)。