一世を風靡した1988年生まれ“ハンカチ世代”のひとり、坂本勇人がスターとなる前夜に迫った。連載「スターたちの夜明け前」とは
一世を風靡した“ハンカチ世代”
その年を代表する選手の名前をつけた“●●世代”という言葉が使われ始めたのは、松坂大輔(元・西武など)と同学年の“松坂世代”が最初と言われている。その後、プロ野球の世界で一大勢力となっていたのが斎藤佑樹(元・日本ハム)の甲子園での活躍からつけられた“ハンカチ世代”である。
しかし斎藤と田中将大(楽天)の投げ合いから2024年で18年となり、斎藤と同様に既にユニフォームを脱いでいる選手も少なくない。そのなかでもまだまだ存在感を示し続けているのが坂本勇人(巨人)だ。
2020年には史上2位の若さとなる31歳10ヵ月で通算2000本安打を達成。その後は怪我に苦しみ、2023年シーズンの途中からはサードにコンバートされたものの、打率.288(セ・リーグ6位)、22本塁打(セ・リーグ7位)、60打点(セ・リーグ11位)をマークするなど、まだまだチームの看板選手として十分な成績を残している。
ショートのポテンシャルを発揮していた高校時代
そんな坂本は兵庫県の出身で、小学校時代には投手として、捕手だった田中将大とバッテリーを組んでいたというのは有名な話である。
高校では青森の強豪、光星学院(現・八戸学院光星)に進学。下級生の頃は生活態度に問題があったというが、それでも1年秋にはショートのレギュラーに定着するなど当時からポテンシャルの高さを見せていた。
坂本の名前が一気に知れ渡ることになったのが3年春に出場した選抜高校野球である。
チームは初戦でプロ注目の好投手であるダース・ローマシュ匡(元・日本ハム)を擁する関西と対戦。終盤までもつれる展開となったものの4対6で敗れ、早々に甲子園を去ることとなった。
しかし4番、ショートで出場した坂本は先制タイムリーを含む3安打を放つなど見事な活躍を見せたのだ。当時のノートには以下のようなメモが残っている。
「大型(当時のプロフィールは182㎝、78㎏)だが、軽快なフットワークでプレーのスピード感は十分。一つ一つの動きに躍動感があり、ダイナミックに動ける。
それでいて重心が安定しており、目線がぶれずに長いストライドで動けるのは素晴らしく、特に左右の動きの良さが目立つ。スローイングもワンステップで投げられることが多く、肩の強さも十分」
ちなみにこの試合では4回の守備でレフト前ヒットの返球を受け取ると、相手の打者走者が一塁ベースをオーバーランしたところを素早く刺すという好プレーもあった。
プロに入ってから細かい部分の守備はレベルアップに取り組んだと言われているが、当時からショートとしてのポテンシャルの高さを十分に示していたことは間違いないだろう。
活躍するも課題が多かったバッティング
しかしその一方で3安打を放ったバッティングについては、意外なほど課題についてのメモが多く残っている。
「バッティングは構えが小さく、背中が丸まり、スイングの動きも少し無駄が多いように見える。左足を高く上げるスタイルで、打者に有利なカウントの時は余裕を持ってスイングできるが、追い込まれると外角の変化球に対して上半身で追いかけてしまい、バランスが崩れるシーンが目立つ。
内からバットが出て、内角を上手くさばけ、外角のボールもコースに逆らわずに打てるのは長所。リストの強さがあり、ヘッドスピードも十分。それだけに無駄な動きをなくせば、もっと長打が出るようになりそう」
ちなみにこの試合で放った3安打はすべてシングルヒットであり、長打力という意味ではそこまで強烈なものを感じなかったのも事実である。
実際、ドラフトにおいても巨人、中日、阪神が最初に入札したのは堂上直倫(元・中日)であり、坂本はその外れ1位だったが、高校時代の長打力に関しては間違いなく堂上の方が上だっただろう。
ただプロでも1年目から二軍でいきなり77試合に出場するなど、体の強さを活かして多くの経験を積み、2年目にはショートの定位置をつかんでいる。
またレギュラーを獲得してからも攻守にたゆまぬ努力を積み重ねてきたことが、ここまで長くトップ選手として活躍し続けられている大きな要因であることは間違いないだろう。
今後はサードとして、また新たな坂本勇人を見せてくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。