PERSON

2024.02.24

高橋大輔「若手の追い上げはイヤだった」極度の緊張、羽生・宇野の台頭、魅了するスケートに辿り着くまで

どんな人でも一度は経験する“緊張”。世界の大舞台を経験してきた高橋大輔が出した答えは、「緊張している自分を受け入れる」ということだった。フィギュアスケーター・高橋大輔へのインタビュー連載第2回は、緊張と若手の成長、自分の演技の軸となるものなど、現役生活で感じたことについて。【その他の記事はこちら】

高橋大輔

緊張からはけっして逃れられない

極度の緊張症で、試合直前はよく顔面が蒼白になっていたり、最初のポーズで手が震えたりしていた高橋大輔の姿を、テレビで見たことがある人も多いだろう。「それは今も!(笑)」と本人は笑うが、それでも、世界を舞台に輝かしい結果を残してきた。

「自分で『結果を残している』とは思っていなくて……。やっぱりゆづ(羽生結弦)とか(宇野)昌磨とか、毎回、すごくちゃんとしているじゃないですか。僕はあんなに、毎回同じようにいい演技をするなんて、できたことがない。たまにボロクソな演技をしちゃうし、本番で何が出るかわかんないから。日本人初(バンクーバー五輪銅メダル)っていうのも、運も味方してくれたからだと思っています」

さらに「常に心強い味方が側にいてくれたのが大きかった」と高橋は続ける。

「僕の場合、周りの環境が良かったです。いい人たちがサポートしてくれた。思いきりひとつのことに向きあえる体制を作ってもらったからこそ、余計なことを考えずに競技に集中できたというのはあったと思います。それが邪魔する時もありますけどね。そこに僕が甘えちゃうから(笑)。誰もサポートしてくれる人がいなかったら自分でやるしかないから、ある意味今より強くはなれたかもしれないけど」

そう謙虚に言う高橋だが、とはいえ、世界の大舞台の氷上には、ひとりで立たなくてはいけない。そこで緊張をバネに最高の演技をするための、高橋流のメンタルコントロール術はあったのだろうか。

「それはね、ないです(笑)。一生、対処法は見つからないですね。毎回どうにかしようと思いますけど、絶対、緊張はするから。だから、今はもう抗わずに『緊張してるな』って思うようにしています。で、終わって『(緊張して)動かなかったなぁ』って思う(笑)。体調も状況も環境もその時によって全然違うから、対処はできないし乗り越えられない。受け入れるしかないなと思っています」

高橋大輔
高橋大輔/Daisuke Takahashi
1986年岡山県生まれ。2002年世界ジュニア選手権優勝。2010年バンクーバー五輪銅メダル、世界選手権優勝。2012年グランプリファイナル優勝(以上全て日本人男子初)。2006年トリノ五輪、2010年バンクーバー五輪、2014年ソチ五輪の3大会連続日本代表。男子シングル、アイスダンスの2つの競技で世界選手権に出場し、2023年引退。現在はプロスケーターとしてパフォーマンスをしつつ、アイスショーのプロデュース、マンションのリノベーション、寝具開発など様々なことに挑戦している。

試合できっちり決めてくる羽生結弦はすごい

それでも本番の演技に向けてスイッチが入る瞬間があるのではないか。さらに踏み込んで聞いてみるも「それも決まっていない」と高橋は言う。

「まったく同じ時がないですね。バラバラです。ルーティンを決めてしまうと、それができなかった時に焦るじゃないですか。外から見るとあるみたいですけど、僕自身はルーティンだと思ってやっていなかった(笑)。すぐ不安になるし心配性なところもあるので、同じことをしがちです。飽き性のくせに同じことをしちゃう。ただ、それを儀式のように決めてしまうと、ルーティンが崩れてしまった時にダメになるのはわかっていたので、意識しないようにしていました。

だから、スイッチが入るタイミングも環境や体調でまったく違う。気持ちは上がっているけど身体が疲れている時は、本番前に動きすぎたら演技に影響が出てしまうし。でも動かないと不安だから微調整していく。そこは年齢を重ねてうまくなるわけじゃなくて“場数”ですね。試合勘というか。そういった意味で、ゆづ(羽生結弦)はすごいなって思います。怪我で全然試合に出られなくても、試合に出たらきっちりはめてくる。あの強さはすごい。俺は絶対無理だな〜、そりゃ絶対王者になるわっていう。それくらい彼はすごいです」

フィギュアスケートは1回の演技ですべてが決まってしまう一発勝負の世界。演技中の精神状態は、技にかなり影響を与える。競技のなかで、最初の失敗を引きずってしまった時と立て直せた時の違いはあるのだろうか。

「最初の失敗を立て直せない時は、練習でちゃんと準備ができていないから。不安が残っているから、失敗を吹っ切れないです。どこかで良く見せよう、挽回しようと思ってしまう。(冒頭の4回転で転倒するも銅メダルを獲得した)バンクーバー五輪の時は、最初の4回転は成功したら奇跡だなという状態でした。でもその4回転で転んでも、それ以外のジャンプは全部決められる練習をしていました。だから練習通りでした。

勝つために、メダルを取るために4回転という大技には挑戦するけれど、そこで失敗しても『残りは全部決める』という気持ちで準備をしていたので、気持ちの切り替えができました。そこの違いですね。やれるだけやって準備ができている時は、どこかに変な諦めスイッチがある。失敗して『どうしよう』となるのではなくて、『跳んだら、あとは降りるか転ぶしかないよな』という気持ちになるというか(笑)。そんなことは一切関係ない強いメンタルの選手もいますけど、僕は弱かったので、モロに影響が出ていましたね」

“魅せる演技”のきっかけはファンの反応

羽生結弦しかり宇野昌磨しかり、高橋の現役時代は、若手の台頭も目覚ましかった。実際のところ、彼らの成長をどう見ていたのだろうか。

「それはイヤですよ、追い上げられるのって(笑)。負けたくないな〜とは思います。でもこういう時はいつかくるし、負けたとしたらそれは自分の実力のせい。力が勝っていれば負けないし、頑張っても負けたらそれは仕方ないなっていう感じでしたね」

「仕方ない」というのは、決して諦めの言葉ではない。高難易度のジャンプを跳ぶ若手が出てきて技術点で抜かれてしまったとしても、高橋には絶対に負けない武器であり、彼のスケートの軸になっているものがあるからだ。それは、観客を魅了するパフォーマンス。しかし、その武器も最初から持っていたわけではなかった。

「昔は、試合では勝てなくても一番記憶に残ったと言ってもらえるような演技をしたいと思っていました。自分が持っている最高のパフォーマンスをすること。シンプルにそれだけで、どちらかというと自己中心的な演技で。見ている観客がグッと演技に入り込めるようなパフォーマンスをするかという思いもあったけれど、それはどちらかというと二の次でしたね」

そんな高橋が、観客を魅了する演技を一番に考えるようになったきっかけは、ファンの存在があったからだと言う。

「“演技を魅せる”ことについて考えるようになったのは、観客の皆さんが拍手や歓声で乗せてくれたから。昔の映像を見ても、元々、僕はすごく踊るタイプでもなかったです。でも、アイスショーなどに出演する機会が増えてきて、知らないうちに観客とのコネクションや反応を感じて。『こう見せたらこういう反応が返ってくるんだ』とどんどんやっていくうちに、見せることに対して意欲的になっていきました。だから、パフォーマンスを重視する今の僕は、ある意味、観客の皆さんがつくってくれたとも言える。やっても反応なかったら『これは違うな、やらない方がいいな』って思ってしまいます(笑)」

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高橋大輔

「氷艶2024 −十字星のキセキ−」
日程:2024年6月8日(土)、9日(日)、10日(月)、11日(火)
会場:横浜アリーナ
主演・高橋大輔、演出・宮本亞門が再タッグを組み、スペシャルゲストアーティストにゆずを迎え、豪華キャストと共に現代版『銀河鉄道の夜』の世界を氷上で創り上げる。公演の詳細は公式ホームページまで。

TEXT=山本夢子

PHOTOGRAPH=矢吹健巳(W)

STYLING=折原美奈子

HAIR&MAKE-UP=宇田川恵司(heliotrope)

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