ART

2026.07.07

530ページ、画像は650点以上。トム・サックスの“ガイド本”

トム・サックスとは何者か? 彼は40年間、何を熱心に作り続けてきたのか? 文化、歴史、テクノロジー、そしてアイデンティティを再構築するために、彼は彫刻の中でどのような素材を、どのように組み合わせて使用しているのか? そんな疑問に一気に答える本が出版されているので取り上げておこう。

トム・サックスの『TOM SACHS GUIDE』

数十年に及ぶ芸術制作の記録

出版が2025年12月だったので、やや遅ればせながらだけれど、トム・サックスの『TOM SACHS GUIDE』を買い、ときどき見ては楽しんでいるのでそのことを書いておこうかと思う。トム・サックスの作品やプロダクツは新宿伊勢丹やビームスなどでも紹介、販売されてたりするので、そこから知ってる人も多いかもしれない。

この本はアートブックというよりもその名のとおり、「ガイド」である。イントロダクションの一部にはこうある。

「塗料、合板、金属、セラミックスが融合し、消費主義を批判して新たなユートピアを構築する。写真、ドローイング、映画、プロダクト、そしてジン(Zine)が、何らかの組み合わせで、ほぼすべての作品の一部となっている。各章は過去4年間にわたり表現されてきたアイデアに基づいており、それらのアイデアがいかにして新しい物理的な形態へと操作されているかを検証する」

(原文英語)

トム・サックスのシグネチャー的材料ともいうべきプライウッド(ベニヤ板)と木ネジでいろいろなものが作られているものを見ていると楽しい。しかも、彼の書く文字がとても良くてチャーミングなのだ。

この本は彼の作品をこれまでで最も包括的に見渡したものであり、数十年に及ぶ厳密で先見的な芸術制作の記録になっている。約530ページ、画像は650点以上。ビニールカバーがかかる本書はまるで作業場に備えるマニュアルブックのような佇まいだ。

トム・サックス
2019年、「トム・サックス ティーセレモニー」東京オペラシティ アートギャラリーにて

トム・サックスは1966年7月26日、ニューヨーク市に生まれた。コネチカット州ウェストポートで育ち、バーモント州のベニントン・カレッジで学んだ。卒業後はロンドンのAAスクール(建築専門大学)で建築を学び、アメリカに帰国。ロサンゼルスにあるフランク・ゲーリーの家具工房で2年間働いた。

バーニーズ・ニューヨークのディスプレイ照明の仕事をした彼は1994年、クリスマス・ディスプレイのデザインを依頼され、『ハローキティ聖誕』と題した作品を制作した。ハローキティ(母子?)が聖母子で、東方の三博士がバート・シンプソンズ、厩舎にはマクドナルドのロゴが掲げられていた。この現代風に改変された聖誕の光景は賛否両論を集めたわけだが、消費主義やブランディング、そして製品の文化的フェティシズムという現象に対するサックスの関心を証明したのは事実である。

1995年、ニューヨークのモリス・ヒーリー・ギャラリーで自身初の大規模な個展「Cultural Prosthetics(文化の義肢)」が開催。この展覧会の作品の多くは、ラグジュアリーブランドの意匠と、物騒にも銃や手榴弾を融合させたものであった。これらの彫刻は機能しないものであったが、実際に動作する自家製の銃を製造し、ニューヨーク市の銃買い取りプログラムの一環として、1丁あたり最大300ドルで市に売却した。その後、暴力に関するものからは離れ、ラグジュアリーブランドとたとえばマクドナルドのバリューセットを組み合わせ、相変わらず現代の消費の意味を考えさせる作品もある。

トム・サックスの『TOM SACHS GUIDE』
マクドナルド×ティファニー!?

いくつか物議を醸し出した作品を経て、近年では自身が熱狂あるいは興味をそそぐテーマ、たとえば、宇宙開発や日本の茶道などを「ブリコラージュ(寄せ集めて自作すること)」の手法で展開し、世界的な人気アーティストになっている。

すべての作品は彫刻であるとしながら、絵画もあるので、見ていくと

「絵画の描き方を学びたいのであれば、まずは自分自身のピカソを描くことから始めることだ。私の作品の大部分は、『ピカソの戦争の時代』として知られる時期のもの、つまりゲルニカの爆撃から広島と長崎の原爆投下までの間に彼が制作した作品である。(中略)絵画のタイトルは引用符(“”)で括られている。ピカソがその作品を制作した日付も含まれている。寸法が記載されているのは、ピカソによって提供されたサイズ・パラメーターを用いて、優れたアートを制作する方法について私が学んだ何かを示すためである。これらは絵画というよりも、絵画の彫刻と呼ぶべきものである」

(原文英語)

やっぱり彫刻なのだった。

トム・サックスの『TOM SACHS GUIDE』
デュシャンのロト・レリーフとピカソの座る女性のトム・サックス的模写

トム・サックスは工作少年がそのまま大人になって、アーティストになったような作品を次々リリースしてきた。興味の対象は、さまざまな機械、特にカメラや工具、家具。そして、宇宙探検、そこから、NASA、そして、茶道、茶会。もともと儀式というものにこだわりが強いらしいので、TEA CEREMONYに入り込んだのだろう。

トム・サックスの『TOM SACHS GUIDE』
『Tom Sachs Guide』より。電動茶筅(Makita製!?)を使っているところ

宇宙、NASAへの憧れは大変なものだ。たとえばこんな作品を作ってしまう。

この『Tom Sachs Guide』はその名のとおり、これまでの彼の業績の集大成だ。他にもこんな作品集を持っている。たとえば、ガゴシアンギャラリーでの展覧会「Space Program」のときに出版されたもの。

Tom Sachs『Space Program』Gagosian / Rizzoli 2009年
Tom Sachs『Space Program』Gagosian / Rizzoli 2009年
Tom Sachs『Tea Ceremony Manual』Tom Sachs Studio and The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum with support from Yerba Buena Center for the Arts and the Nasher Sculpture Center 2016年
Tom Sachs『Tea Ceremony Manual』Tom Sachs Studio and The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum with support from Yerba Buena Center for the Arts and the Nasher Sculpture Center 2016年

ニューヨークのイサムノグチ美術館(The Noguchi Museum)での展覧会のカタログ。茶会のマニュアルの形式をとっている。

トム・サックスの『TOM SACHS GUIDE』
Tom Sachs『Tom Sachs Guide』Phaidon Press 2025年

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

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