ニューヨーク、マンハッタンの中心部タイムズスクエアは資本主義の競争原理を集約するようにディスプレイが絶えず広告を浴びせてくるが、毎深夜3分だけ、それが止まる。資本主義を最も高度に発展させたこの国はアートをリードしてきた国でもある。

アンディ・ウォーホルらも参加したアートプログラム
「一番最初、ホワイトウォッシュで、画面を真っ白な状態にします。そこから始まります。一回真っ白にして、どういう情報を立ち上げようかと。まず様々な文様が現れてきます。自分たちがニューヨークで個として存在していることを大切にしたい、という思いが出発点にあります。やがて白の中から無数のストライプがじわっと立ち上がり動きはじめます。その色というのは実は肌の色で、赤、黄色、白、さらにいくつかあり、あと、人間は何でできているかというと、ほとんどは水。その連想から水色でそれらを繋ぐ。そんな色のストライプでタイムスケールを埋め尽くしていく。統一感を持って、あの場所全体をラッピングするような感覚ですね。その上に花が咲き、咲き乱れ、蝶が舞い、無数の鳥が飛ぶ……」
ニューヨークのタイムズスクエア。マンハッタンを貫くブロードウェイと7thアベニューの交差を中心として、東西は6thアベニューと9thアベニュー、南北は39thストリートあたりから52ndストリートあたりのことを一般的には指す。

この地区に面するビルの外壁は広告看板で覆い尽くされる。電光看板、ネオンサインの氾濫だったが、近年はLEDディスプレイにより、昼も夜も色鮮やかに精緻に広告が展開されている。
資本主義が繁栄を競わせ、それを誇示するため、一層の競争を促進するかのように広告の洪水がこの地に引き起こされる。そんな世界の最も尖った部分がロケットの先端のようにここに顔を出している。
そんなタイムズスクエアの喧騒を一瞬黙らせる。通常はそれぞれの広告クライアントの思惑を乗せて、眩く光を放っている巨大LEDディスプレイだが、毎晩23時57分から0時00分までの3分間、41stストリートから49thストリートに設置された96を超える巨大LEDビルボードが1ヵ月ごとにたった1人の世界のトップアーティストに独占される。その瞬間、それまでと違った風が吹いたかのようにこの街の様子が一瞬変わる。Midnight Momentの始まりだ。

これは2012年にスタートした世界最大かつ最長寿のデジタル・パブリックアートプログラム。これまで、アンディ・ウォーホル、デイヴィッド・ホックニーやオラファー・エリアソンらもこれに参加した。2026年4月のプログラムをニューヨーク在住の日本人アーティスト、松山智一が手がけている。
広告看板は喧しい色彩の誇示が絶え間なく続くが、それを一度「ホワイトウォッシュ」して、そこから始めるという冒頭の解説、これは松山の言葉だ。

松山は1976年、岐阜県飛騨高山の出身。幼少期に父親が突然、牧師になると宣言し、そのためにアメリカで聖書学を学ぶために家族全員でカリフォルニアに移住する。アメリカはベトナム戦争終結後の疲弊の中だった。家族は決して裕福とはいえない層が集まるコンドミニアムに暮らした。メキシコ国境から逃げてきた人、黒人、アジア系の移民、様々な背景を持つ人が生きるコミュニティ。
そんな環境で周りに影響を受けてスケートボードにのめり込み、サーフィンやスケートボードなどのカルチャーの洗礼を浴びた。のちにスノーボードの選手としても活躍した彼の原点がそこにあった。しかし、あるとき事故で複雑骨折をしてそのまま10カ月歩けなくなった。医師に完全には復活しないと言われて、もうスノーボードは諦めざるを得なかった。
松山にとってはスノーボードは自己表現の最良の手段だったがそれを失ってしまった。そこから、デザインを学び、そこに自己表現、自己実現の道を再び見出した。

「今回、ニューヨークが何を寛容するのか、自分がニューヨークに受け入れてもらえた経験をもとに作品を構成しています。それを4つの自由として捉えています。心の自由、都市の自由、個の自由、性の自由。ここで強く生きていければ可能性は無限にあると信じています。つまり、国籍や肌の色、性別に関わらず、自由を尊重する土壌があるということです。その4つの自由を体現する存在として、それぞれに響き合う人物像を重ねていきました。心の自由はシンガーソングライターで女優のアリシア・キーズ、都市の自由はラッパーで音楽プロデューサーのスウィズ・ビーツ、個の自由はお笑い芸人の渡辺直美さん、性の自由はトランスジェンダーモデルのアレックス・コンサーニです」
松山はアリシア・キーズの力強さとしなやかさにとても影響を受けたという。スウィズ・ビーツはスラム育ちでありながら、ハーバードビジネススクールを卒業し、ラッパーとしても実業家としても成功する。個の自由はお笑い芸人の渡辺直美さんで、身体性を見せながら自分のしなやかさを忘れない。アレックス・コンサーニは2024年のモデル・オブ・ザ・イヤー。かつてケイト・モスが出て来たくらいの話題になっている。

「アメリカが開拓精神によって築かれてきた国であるという背景から、騎馬像がこのタイムズスクエアを颯爽と駆け抜けていきます。その間にも抽象絵画が全面を埋め尽くす場面へと移っていきます。希望の象徴として描いた人々と抽象的な表現が重なり合いながら画面は変化を続け、最後はアメリカの地図がアメリカンキルトというどこの家庭にもあるものをなびかせる。発言の自由が許され、人々は大統領を選ぶ選挙の一票を持っている。そうして選んだ中で、国がこれだけ大きく変化していく。その価値観をどうにか捉えたいと思いました。キルトの柄はアメリカの星条旗ではなくて、地図であることが重要です。この土地に集まった人々がつくり上げてきた国の象徴として捉えています。作品の冒頭に登場した4人が再び現れ、分断の中にあっても成り立つ一体性を示しています。自由のもと、個からアメリカになる。未来はまだ希望が持てるのではないかというストーリーを3分間の映像として構築していきました」

少年時代からアメリカで暮らし、日本の大学を出て、現在またこの地、ニューヨークでアーティストとしての活動、闘いを続ける松山。この地の現状を踏まえ、そしてこの先の希望を作品に託す。
「世界では戦争が起こっています。分断は続いていて、ゴールがどこなのか見えません。今回のこの作品のタイトルを『モーニングアゲイン』と名づけました。いろいろな質問をもらうのですが、ニューヨークで生き残っていくために僕としては自己再生をずっとしてきました。今の時勢を重ね合わせて、明日はある、いや、未来はあるということを伝えたいと思ったのです。そして文字通り、この作品は23時57分から流れ、1日の終わりと次の日の始まり、その境界にあり、再び朝が訪れることを示しています。『モーニングアゲイン』というわかりやすい言葉を使って、その意味は再生にあるということを伝えたかったんです」
松山智一《Morning Again》
住所:Broadway between 41st and 49th Streets
New York, NY
日時:2026年4月1日〜30日(23:57〜24:00)
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。




