ぜひ、知ってほしい画家だ。狩野山雪。400年近く前にこんな絵を描いてたことに驚く。大阪で開催中の「妙心寺 禅の継承」に駆けつけて、久しぶりに作品と対面してきた。

画像提供:天球院(綴プロジェクト)
狩野永徳の弟子の娘婿・山雪
江戸時代初期に活躍した画家、狩野山雪の絵を見るチャンスがあるなら、ぜひ見たいといつも思っている。そして彼の作品の中でもとりわけ重要なのは、妙心寺天球院にある《梅花遊禽図襖》とニューヨーク、メトロポリタン美術館にある《老梅図》だと思っていたので、「妙心寺 禅の継承」という展覧会があると聞いたとき、まず聞いた。
「天球院のあの襖は出ますか?」
今回、展覧会は大阪だけ。しかも会期がおよそ2ヶ月という短さなのでさっそく大阪に行ってきた。
妙心寺と聞いて、京都に住んでいる人ならその広大な敷地など思い浮かべるだろう。なにしろ、京都市右京区花園妙心寺町と住所になるくらいだし、一つの寺というより、町中が寺なので寺の境内を通って、隣町に行かないといけないこともある。通学路は寺の中の石畳を通ってという場合もあるだろう。塔頭(境内にある小寺)はおよそ40あり、末寺は3,400もあって、臨済宗最大規模の宗派が妙心寺派だ。

その塔頭の一つである天球院は姫路城藩主池田輝政の妹、天球院(俗名不詳)のために建てられたもの。その襖絵の一つが《梅花遊禽図襖》だ。最初は辻惟雄氏の著書『奇想の系譜』(美術出版社ほか)で知った。ご存じ、この本は「江戸のアヴァンギャルド」絵画を取り上げていて、本流ではない、ときにはゲテモノとまで言われる6人の絵師たちを紹介した著作。そこで取り上げられたのは岩佐又兵衛や伊藤若冲、曾我蕭白らで今となっては傍流どころか日本美術のスーパースターたちばかりだ。その一人に狩野山雪が入っている。
《梅花遊禽図襖》、全体を見ると大胆でギョッとする。巨木が水平、垂直、斜め45度で伸びていっている。なんとも幾何学的な構図。これって今でいえば、グラフィティアートの線に似ているんじゃないの? と思う。あるいはタギングだ。そんな大胆であると同時に細部を見ると繊細な筆致。植物の描き込みが良い。梅、椿、蔦、槇。そしてちょっと置物っぽいけれど山鳥の描き込み方。梅の木のてっぺんには小禽が。
水平、垂直、斜め45度を大小2羽の鳥たちが補強して、平行線も浮かんでくるし、直角二等辺三角形が2つ隠されているように見える。この絵がおよそ400年前、1631年に描かれていたとは。恐るべし、狩野山雪。
この絵について、作家の橋本治さんも著書『ひらがな日本美術史』で「かなり屈折したもの」という見出しで書いている。
「一体なんだって、こんな風にねじくれた梅の木を、こんなにも丁寧に、こんなにも緻密に、こんなにも美しく描かなければならないのか?」
「太い梅の幹が垂直に立ち上がる辺りを見ると、ここだけが木ではなくて、〝鉱物〟に見える」
「この絵の持つヘンテコリンさは、動かない花が動いて、動くはずの鳥がまったく動かないでいるという、その逆転ぶりにある」
以上、橋本治『ひらがな日本美術史3』新潮社 1999年
この絵、『奇想の系譜』『ひらがな日本美術史』などでは狩野山雪の作とされているが、今回の展覧会では「狩野山楽・山雪筆」となっている。寺伝では狩野山楽筆と伝えられているためだ。作者を巡って、山楽説の妙心寺側と山雪説を主張する美術史家の土居次義氏の攻防。結局、共作に落ち着いたが、これについては辻氏が『新版 奇想の系譜』(小学館 2019年)に追記している。山雪42歳の作、山楽は73歳だった。
狩野山楽は狩野永徳の弟子で、山楽の娘婿が山雪である。『奇想の系譜』の山雪の項目では山楽と山雪の肖像画を見比べると全く似ていないことに言及。それは娘婿なのだから当然だが、山楽の角ばったその顔つきを見て「たくましい生活力、抱擁力、粘り強さ」を読み取り、山雪の細面の肖像からは「妥協をきらう冷徹、傲慢な自信家のおもかげ」の印象を受けている。
ちなみに『奇想の系譜』の狩野山雪の項目は「桃山の巨木の痙攣」という見出しがつけられている。ここで「痙攣」という語彙を持ち出すのは見事だと思う。
やはり妙心寺の塔頭の一つ、天球院の近所にある天祥院のかつて襖絵の一部であった《老梅図》という絵もある。現在はニューヨークのメトロポリタン美術館蔵だが、こちらは《梅花遊禽図襖》から15年経って、さらに先鋭的になっているように見える。

※「妙心寺 禅の継承」には出品されていません。メトロポリタン美術館で2026年5月12日まで公開中
《梅花遊禽図襖》も天球院の以前の特別公開のときに見たことがある。現在は通常、作品保護のため、原本は収蔵庫で管理され、代わりに「綴プロジェクト」によるデジタル高精細複製作品の襖が嵌められているそうで、それを聞くとなおのこと、美術館で原本を見られるこの機会を逃したくなかった。しかも今回は絵を間近で見られるように展示ケースが工夫されていて、こんなふうに見られるチャンスはなかなかないのではないだろうか。
この襖だけでも展覧会を見にいったかと聞かれれば、もちろんだが、展覧会にはさらに妙心寺の所蔵する優品が多く出ている。


画像提供:天球院(綴プロジェクト)
他に白隠や仙厓の禅画の良いものがたくさん見られる。
あと、後期出品作品で今回は見られなかったが、これもいい。

京都・龍泉庵画像提供:京都国立博物館(後期展示)
狩野山雪の絵はたいへん興味深いので見ることをお勧めするが、彼を知ることで知識の幅が多方面に広がるだろう。同じく『奇想の系譜』に登場する伊藤若冲や曾我蕭白、長沢蘆雪らとも対比できるし、狩野派に関する知識も深まるだろう。
山雪だけとっても、エピソードの多い人だ。絵師に対する称号「法橋」を与えられたがその直後、義弟の借金トラブルに巻き込まれて投獄された。獄死説もあったが、無事に釈放されたことがある資料から、最近わかった。また山雪の長男、狩野永納は日本最初の画家人物伝『本朝画史』を著すのだが、その草稿は山雪が着手していたともいう。
「妙心寺 禅の継承」
会期:〜2026年4月5日(日) ※展示替えあり
会場:大阪市立美術館
休館日:月曜(ただし、2月23日は開館)、2月24日(火)
観覧料:一般 ¥2,000
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

