近代建築の父、ル・コルビュジエ。東京・上野の国立西洋美術館は彼がつくったアジアで唯一の建物だ。世界遺産指定10周年を記念して、写真集が出版された。撮影したのは10年以上も前から何度もフランスはじめ各地を訪れ、ル・コルビュジエ建築を撮影してきた瀧本幹也である。

壁や地面に反映された「モデュロール」とは
技術のすべての宝庫と、すべての精神的価値、この両者が扇の骨のように互いに密着し、連続していて、その中心の要(かなめ)のところにはわれわれにとって唯一の真の問題、すなわち人間──肉体と精神とを持った人間(理性的であると同時に感性的でもある)──がいるのである。ここにこそ技術的と精神的の二つの観点の愚かな争いに終止符を打つ望ましい解決があるのである。
ル・コルビュジエ著 坂倉準三訳『輝く都市』鹿島出版会
国立西洋美術館は実業家・松方幸次郎が20世紀初頭にヨーロッパで収集した膨大な美術コレクション(松方コレクション)を保管・公開するため、1959(昭和34)年に設立された。中世末期から20世紀初頭までの西洋絵画・彫刻を網羅している。モネの『睡蓮』やルノワールの作品をはじめとする印象派の絵画、そしてロダンの彫刻『考える人』や『地獄の門』などが特に有名だ。

しかし、今回はその建築の話。
本館は、20世紀モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエが日本で唯一設計した建物。2016年には「ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献」の構成資産として、世界文化遺産に登録された。これは7カ国、17資産で構成されている。今年はその10周年というわけだ。
それらの資産は19世紀以前の様式建築を批判し、新しい社会の求めに応じた建築を作ろうとする「近代建築運動」の歴史とその世界的影響を証明するものであり、また、20世紀という新しい時代における社会的・人間的ニーズに対する革新的な解決策であると認められた結果だった。
この国立西洋美術館建設に際し、ル・コルビュジエは1955年、用地を確認するなどのため、一度だけ来日した。その旅では、京都、奈良にも足を運んだ。翌年の56年、基本設計が届き、その先は3人の弟子、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正に委ねられることになる。
ル・コルビュジエの建築を撮り続けている瀧本幹也が、このたびこの国立西洋美術館を撮影した写真集が出版された。表紙には、タイトル『LE CORBUSIER THE NATIONAL MUSEUM OF WESTERN ART』しかない。帯の背に『ル・コルビュジエ 国立西洋美術館 写真 / 瀧本幹也 』とある。
どの写真もコンポシティブに構図、しかもメリハリの効いたコントラストを身上としている。いかにも、瀧本の撮る建築写真だ。
さて、ル・コルビュジエの建築を理解するには「モデュロール」を知らなければならない。「モデュロール」は「モデュール(基準寸法)」という言葉を「セクションドール(黄金分割)」の観念に結びつけたものだ。それが国立西洋美術館の壁や地面に反映されている。
モデュロールを説明すると、まず人の身長を183cmと仮定する。これは日本人からしたら背が高すぎるのではないかと思うが。身長183cmの人はかなりの大男で、ほとんどのドアをくぐるように抜けなければならないだろうし、ベッドも特注サイズになるのではないかと心配してしまう。ともかく理想の身長らしいが、183cmとするとその人が腕を上げたときの高さを226cmとすることから導き出される2つの数列があり、それがモデュロールの基本とする。
一つの数列は27cm、43cm、70cm、113cm、183cm……というフィボナッチ数列になる。フィボナッチ数列という、隣り合う2つの数字の関係がゆくゆくは黄金比(最も美しく見えるという比率)である約1:1,618に収束していく関係にある。隣り合う2つの数字を足すと、次の数字になる。永遠にこれを繰り返す。
もう一つの数列は、54cm、86cm、149cm、226cm……となるが、ちなみに226cmは一つ目の数列にある113cm(臍の高さとされている)の倍である。こうして2つの数列は結び付けられている。
これらの数列にある数字を基準値として、身体的かつ調和のある空間をつくりだしたが、それは標準化とプレファブリケーションのために生み出されたものでもある。
今度、国立西洋美術館の前庭の地面を歩くときはちょっと気にしてみるといい。
1.83×(√5-1)/2≒1.13 により、1.83は1.13と0.70とに分けられるが、この1.13こそがその人間の臍(へそ)の位置で、その倍の2.26が手を伸ばした高さということだ。そしてこの「モデュロール」を提唱し、解説した本が、音楽の話から始められているのは大いに興味がそそられるところだ。
それは連続している音の区分と記録をどうするかということを数列に寄せて考えることで解決できるという、そういう解説なのである。
モデュロールと同様、ル・コルビュジエが提唱したものに「近代建築の五原則」がある。その5つは、「ピロティ」「自由な平面」「自由な立面」「独立骨組みによる水平連続窓」「屋上庭園」。国立西洋美術館の屋上庭園には展示室が自然光を採り入れるための変わった形の窓がある。昔は植物の鉢もあり、活用されていたが、現在は立ち入り禁止となっている。

これはル・コルビュジエの指示ではないかもしれないが、柱には樽作りの技術が取り入れられているという。そのため、きれいな円柱に仕上がっている。これも次回、美術館を訪れたときにはチェックすべきポイントである。

産業革命に端を発する近代化で、都市に人が集中するなど、人々のライフスタイルが大きく変わったときに、ル・コルビュジエのような発想が求められ、彼はそれに見事に答えたのだ。アジアで唯一のル・コルビュジエの建築。しかも世界遺産であるこの建物を我々は誇りにして、末長く大切にしておくべきだ。ル・コルビュジエ建築を多く見て撮影してきた写真家はこの美術館をどう見たか、あらためて参考にしたいと思う。

ル・コルビュジエ 国立西洋美術館 写真 / 瀧本幹也 』
¥5,500 / MT Gallery Inc.
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。





