美しいメロディの上に美しい声で歌われる不思議な言葉の羅列。ほかの誰にも真似できない“陽水ワールド”だ。井上陽水のインタビュー記事をまとめてお届け! ※2023年10月掲載記事を再編。掲載されている情報等はGOETHE2006年9月号発売当時の内容。【特集 レジェンドたちの仕事術】
1.実は「アジアの純真」じゃなかった!? 爆発的ヒットが許した井上陽水ワールド
「皆さん、とてもステキな職業を選ばれましたねぇー。ご両親もさぞかしお喜びになっているんじゃないですか? 恋愛にも、有利に働くお仕事ですよね、きっと」
撮影で訪れた中目黒の生花店。
「ステキな職業」と言われ、ユリやバラを束ねる女性たちが、かすかに頬を赤くさせる。この「ステキ」という言葉の使い手として、井上陽水という人は日本一だろう。あの声のトーンとたたずまいで「ステキ」と言われたら、女性の心に響かぬわけがない。
僕の声が君にとどいたらステキなのに
能古島の片想い
ステキな君の笑顔へ戻る
愛の装備
町の角からステキなバスが出る
リバーサイド ホテル
陽水がカタカナで歌う「ステキ」を聴き、男性リスナーの多くが、女性に対して男の口から「ステキだ」と素直に伝えていいと知った。
「それで、実践されましたか?」
えっ? 不意だった。陽水に逆に質問される。
「女性に、ステキ、と言ってみたわけですね」
えぇ……、まぁ……、「ステキ」から、多少の恩恵はいただきました。うろたえつつ答える。
「それは、とてもよかった」
サングラスの向こうの目が笑っているのがわかる。
この人がいる場所には、この人だけの空気があり、時間の流れがある。その領域で発せられる言葉には、男ですらうっとりさせられる。
2.旧友タモリとの逸話に隠された井上陽水の二面性「新曲をポストに入れて、黙って帰る」
井上陽水の「さしさわりのないように周囲に埋もれていくことも好きだけど変わったことも好き」という言葉から、以前タモリから聞いたエピソードを思い出した。
陽水から突然、ポストに新曲を届けたから聴いてくれないかな、という電話があったという。
自宅のポストをのぞくと、確かに陽水の音源があった。「オレの家まで来て、ふつうは黙って帰らないよね。変というか、陽水らしいというか」とタモリは笑った。陽水の人を驚かせたい気持ちと恥じらい。相反する面を同時に示す逸話だ。
3.同じメンバーでツアーし続ける【井上陽水】、マンネリにならない工夫とは
井上陽水という人は、相反する二つの面をしなやかに行き来する。人を驚かせたいけれど恥ずかしいという二面性と同時に、ものぐさに見えて働き者という二面性も持つ。
この7年、陽水は毎年全国ツアーを行っている。それも、稚内、帯広、八王子、湯沢、能登、福山、米子、壱岐、鳴戸、四万十、鳥栖、沖縄市……など、まさしく日本全国津々浦々まで回った。六本木スイートベイジルでのシークレットギグやブルーノート東京でのジャズライヴもやった。
さらに、孤高に見えて、実に多くのミュージシャンと共演している。
吉田拓郎や小室等ら旧友はもちろん、玉置浩二、奥田民生、忌野清志郎、持田香織……など。昨年末の恵比寿でのライヴには宇多田ヒカルが飛び入り、二人で「氷の世界」と「Automatic」を歌った。
「周りに手を差し伸べられて外へ出て行って仕事をしている感じで。僕の中に社交性が溢れている時期には共演なんかもね(笑)。
でも、昔は旅嫌いだったのに、最近は、ライヴはいいなー! と思っています。特にこの3年、チームの魅力をすごく感じている。
同じメンバーでこんなに何年もやるのは初めてでね。北海道で6時間も一緒にバスに揺られたり、食事やお酒をともしたり、時には神社仏閣や城を見学したり(笑)。若い頃はやらなかったことばかり。やがて、阿吽の呼吸が生まれてきてね。演奏も練れていく」