美しいメロディの上に美しい声で歌われる不思議な言葉の羅列。ほかの誰にも真似できない“陽水ワールド”だ。“ものぐさ”と“社交的”、相反する面をしなやかに行き来する井上陽水の音楽術に迫った伝説の企画を振り返る。第2回。※GOETHE2006年9月号掲載記事を再編。掲載されている情報等は雑誌発売当時の内容。【特集 レジェンドたちの仕事術】 #1
「基本的にはものぐさだけど、ときどきわきあがってね」
井上陽水の「さしさわりのないように周囲に埋もれていくことも好きだけど変わったことも好き」という言葉から、以前タモリから聞いたエピソードを思い出した。
陽水から突然、ポストに新曲を届けたから聴いてくれないかな、という電話があったという。
自宅のポストをのぞくと、確かに陽水の音源があった。「オレの家まで来て、ふつうは黙って帰らないよね。変というか、陽水らしいというか」とタモリは笑った。陽水の人を驚かせたい気持ちと恥じらい。相反する面を同時に示す逸話だ。
「基本的には“一人好き”だと思います。僕はものぐさで、家を出たくない。でも、ときどきね、調子に乗るところがあるんです。
僕が生まれた福岡では“わきあがり”という言葉があるんですけれどね。あいつはほんとにわきあがっちょる、みたいな。ちょっと軽蔑の意味を含んでいる(笑)。場を乱すとか、浮いているとか、そういう感じですよ。さっき花屋さんで、お店の人にあれだけいろんなことを話したでしょ。あれは、わきあがっちょったわけです。
もう40年も前ですけれど、いくら受験を失敗して3浪したからといってね(笑)、あの時代の福岡で、歌手になりたい、曲をつくって芸能界に入りたいと考えた時点で、わきあがりですよ。自分の歌を録音したオープンリールをラジオ局に持っていったわけですけれど、そんな突然わきあがった行動にでる自分は嫌いではない。
ビートルズがアメリカに初上陸したときにね、マネージャーのブライアン・エプスタインは空港にサクラの女の子をたくさん雇ったらしいんです。そこまでしなくても本物のファンが空港に詰め掛けて大騒ぎでしたけれど、そういういかがわしい話は好きでね。
それで、浪人仲間3、4人に葉書を配って、ラジオ局にリクエストを頼んだ。友人の葉書のおかげでレコーディングの運びになったのか、本物のリクエストが集まったのかは知りませんけれど、芸能界っぽいいかがわしさがある、そんな行為が好きだった(笑)」
次回へ続く。