美しいメロディの上に美しい声で歌われる不思議な言葉の羅列。ほかの誰にも真似できない“陽水ワールド”だ。“ものぐさ”と“社交的”、相反する面をしなやかに行き来する井上陽水の音楽術に迫った伝説の企画を振り返る。第3回。※GOETHE2006年9月号掲載記事を再編。掲載されている情報等は雑誌発売当時の内容。【特集 レジェンドたちの仕事術】 #1 #2
「日本の路地に入り込んで新鮮な気持ちで歌っています」
井上陽水という人は、相反する二つの面をしなやかに行き来する。人を驚かせたいけれど恥ずかしいという二面性と同時に、ものぐさに見えて働き者という二面性も持つ。
この7年、陽水は毎年全国ツアーを行っている。それも、稚内、帯広、八王子、湯沢、能登、福山、米子、壱岐、鳴戸、四万十、鳥栖、沖縄市……など、まさしく日本全国津々浦々まで回った。六本木スイートベイジルでのシークレットギグやブルーノート東京でのジャズライヴもやった。
さらに、孤高に見えて、実に多くのミュージシャンと共演している。
吉田拓郎や小室等ら旧友はもちろん、玉置浩二、奥田民生、忌野清志郎、持田香織……など。昨年末の恵比寿でのライヴには宇多田ヒカルが飛び入り、二人で「氷の世界」と「Automatic」を歌った。
「周りに手を差し伸べられて外へ出て行って仕事をしている感じで。僕の中に社交性が溢れている時期には共演なんかもね(笑)。
でも、昔は旅嫌いだったのに、最近は、ライヴはいいなー! と思っています。特にこの3年、チームの魅力をすごく感じている。
同じメンバーでこんなに何年もやるのは初めてでね。北海道で6時間も一緒にバスに揺られたり、食事やお酒をともしたり、時には神社仏閣や城を見学したり(笑)。若い頃はやらなかったことばかり。やがて、阿吽の呼吸が生まれてきてね。演奏も練れていく」
気づいたら陽水は7年間のうち6年はツアーをやっていた。ステージ以外の時間をバンドの仲間と過ごし、音楽がより深まった。
「7大都市中心のコンサートがやがて横道に逸れ、路地に入り込んだというね。同じメンバーでツアーをする場合、マンネリが一番怖い。だから、そこにはまり込まないための工夫は意識的にやっています。
リハーサルと本番ではまったく違う曲を演奏したり。長く演奏していない曲を発掘したり。『鍵の数』とか。『白いカーネーション』とか。あー、こんな曲もあったんだ、と感嘆しつつね、新鮮な気持ちで歌っています」