商社から縁もゆかりもなかったプロバスケットボールの世界に飛び込み、男子Bリーグ1部のアルバルク東京の運営会社社長に就いた林邦彦。そして2度のリーグ優勝に導き、今季で就任8年目を迎える。徹底したフラットな組織づくり、顧客ファーストに徹した会場の環境などでBリーグ最高の入場者数を更新(クラブ主管試合)したアルバルク東京。前回はその舞台裏を聞いたが、今回は林の仕事の流儀に迫る。インタビュー連載第2回。【第1回】
「現場主義」が付加価値を生む
——前回のインタビューも大変興味深いものでしたが、今回は林代表の仕事の本質に迫ってみたいです。ご自身でルール化されていることなどありますでしょうか。
私には仕事の3原則というものがあります。ひとつは「現場主義」、もうひとつは「論理的思考」、そして「逃げない」です。必ず立ち止まって、今やっている仕事はこれらができているかできていないかを自問自答しています。
まず、現場主義。アルバルク東京は府中で練習していますが、私は時間的な制約もあるので全く十分ではありませんが、現地に赴き選手のみならずコーチ、スタッフの日々の活動を見て、仲間である意識を醸成したいと思っています。
仮にスポーツクラブチームの社長でシーズン中、1回も練習場に行ったことがない人がいれば一体感は生まれないでしょうし、誰も信頼してくれないと思います。
試合についてはBリーグの規定があり、実行委員はホーム・アウェイすべての試合に帯同しなければいけません。これも余程のことがないかぎり、全試合帯同し、行動を共にしています。食事もミーティングもです。
——選手たちの反応はどのようなものでしょうか。
最初は「うわ、社長が来た。何か(事件が)あったの? 何を話したらいいかわからない…」と思っていたようでした。回を重ねるうちに普通にパッと挨拶し合えるようになり、バカ話などもできるようになりました。「あれ、怪我は大丈夫?」など、今では普通にコミュニケーションができています。
こういったコミュニケーションを積み上げていくことで、「アルバルク東京はどんなチームですか?」と聞かれても、人から聞いたことを言うのではなく特徴はこうだ、ヘッドコーチはこういう性格で、今チームはこういった取り組みをしているやら、一寸した現場のエピソードなんかも臨場感を持って答えられます。
やはり毎日の積み重ねが重要です。現場主義というのは、商品は見ないと商品を語れないということ。
ちゃんと選手やチームを見に行く、ただ見るだけではなく、関わっている人たちのそばに行くことがとても重要で、お互いが存在をより認識すること、そしてしっかりと話をする。
話しているうちに関係も深まって、それが信頼関係につながり、役職抜きでフラットに話ができる関係性を築く、これが理想です。
——「現場主義」はチーム全体にも言えることでしょうか。
例えば、どのチームもそうかもしれませんが、分析作業にしても現在はとても分業化されています。
私はアナライズのコーチが作業したものを見ているのですが、分業化された作業がひとつにまとまる過程もわかります。とてもきめ細かく、かつ上手く分業化されていながら、その分析をそれぞれのパートのメンバーが集まりひとつにまとめていく作業に移行する。
こういった作業もやはり物理的にはリモートでもできるのでしょうが、実際はうまくいきません。現場にいる人たちと気持ちが通じ合えないと付加価値は生まれない。このスタイルは自分の体験からも絶対必要だと言えます。
ちなみに今季2023-24シーズンのアルバルク東京のスローガンは「ONE FOCUS(ワンフォーカス)」です。やはりひとつひとつ小さなことを大切に積み上げていこうという精神で、チーム一丸となって目標に向かって突き進めています。
リーダーは逃げてはいけないし、弾に当たって死んでもいけない
——2つ目の流儀「論理的思考」ですが、ビジネス全般でも大事なファクターです。
これは三井物産時代に身についたものですが、仕事において感情的に進めたり、感覚で決断した時は大概うまくいきません。
例えばAという会社と仕事をする時に、何の目的のため、契約の相手先は何をどのくらい期待しているのか、そのために何をするのか、その契約の対価はこちらのサービスと合っているのか、契約上の会社に与えるリスクは……など徹底的に考えます。
ひとつの目標があり、辿り着くために何が必要で、どういうプロセスを経て、どういうアプローチしたらいいかを考え抜く。
35年間、三井物産の社員として随分と叩き込まれたわけです。自分はわりと直感型なので戒めとしても論理的に考えて仕事を進めるようにしています。
——もうひとつの「逃げない」はいかがでしょうか。言葉の重みからご自身の体験もあるように思われますが…。
実は3つの原則のうち、これが一番大切かもしれません。
誰しも苦しくなった時は逃げたくなるものです。トラブルが起こり「それは君が言ったからじゃないか!」など詰め寄られると、言い訳したくもなります。
でも、役職が高くなれば高くなるほど、言い訳はできないし逃げてはいけない。だからといって弾に当たって死んでもいけません。
「現場主義」で常に現場に出ていると、逃げなくてもいいヒントや仲間、そしていい対応の仕方がちゃんとその現場のなかにあり、対応力がちゃんと蓄積されていくものです。
——アルバルクの仕事で一番逃げたくなったのは、どんな瞬間でしょうか。
難しい質問ですね(笑)。逃げたくなったというか、これは困ったなという事態に陥ったことはありました。
リーグ初年度の2016年、前編で話しましたが我々はまだ応援など体制が整っていませんでした。
第1戦はリーグ開幕戦ということもあり、ホームの代々木第一体育館で多くの観客から盛大に応援していただきました。ところが、第1節で琉球ゴールデンキングス、第2節で秋田ノーザンハピネッツ、第3節で千葉ジェッツと対戦した際、相手チームの応援に圧倒されました。
当時の我々はリーグが開幕してまだ数試合しかこなしておらず、プロクラブとしてのファンも確立していない状態でした。
しかし、とくに琉球との開幕戦では応援の面で完全にやられていたので、ファンづくりがまだ構築できていないないのであれば、関係者から、トヨタ自動車の応援団に力を借りたらいいのではないかをという意見も出ました。
アルバルク東京を助けてあげようとするありがたい意見でした。ただ、我々はプロのスポーツクラブとして自らがアルバルク東京を応援しようというファンをつくり、そのファンが自然発生的に応援をしてくれることへの期待をこめていたことので、アルバルク東京によるあてがいぶちな応援は避けたいと思っていましたので、丁重にお断りしたことがあります。
プロのスポーツクラブとして、ファンの応援はファンの方たちでつくり上げて、ファンの方たちでその雰囲気と楽しんで貰うことがとても重要だと思っています。
これはクラブを運営して行くうえでとても重要な要素の一つであり、不可欠なものだと思っています。
一瞬でも自らの努力を放棄し他人の力を借りて、安きに流れ「逃げて」いたら、その時にアルバルク東京に社員としていたメンバーの純粋なプロとしての設立の意志をも踏みにじってしまうことにもなり、今振り返ると自分にとってはとても大きな出来事の一つでした。
我々としてはその時には何ら結果を出していないにもかかわらず応援団を入れないことの理解を示してくれた株主の懐の大きさに感謝するかぎりで、本当にありがたかったです。
結果、我々11人の社員の意思を貫く結果となりました。
——過去にそういったストーリーがあったのですね。でも、こういった過去の体験や歴史があるからこそ過去最高の入場者数となっているのではないでしょうか。
プロのクラブチームはそこに所属しているメンバーが中心になって、日々クラブをよくするためには何をすべきか突き詰めて、それを自らの手でつくり上げることに醍醐味があると思います。
先ほどのような我々のわがままを許してくれた株主には、その義務を果たさなければならない。
その時からすぐに全メンバーが集まって応援のチャントや応援方法など、ファンの方たちが応援するきっかけというかヒントになるようなものを自分たちでつくり始めました。
試合後、ホワイトボードにワーっといっぱい書いて「これやってみる?」「音源をどうする?」など、みんなで考えに考えました。
それが今のアルバルク東京の「レッツ・ゴー・トウキョウ」などの応援が生まれたのです。振り返ってみると、あの時逃げなくてよかったと思っています。
インタビュー第3回へ続く。