シンガーソングライターで俳優の原田知世が、2023年10月25日に新作『恋愛小説4~音楽飛行』をリリース。これは、ビートルズ、カーペンターズ、ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤングなど、洋楽のカヴァー・アルバムだ。アコースティック中心の演奏に、透き通るような原田の声が重なる。2022年にデビュー40周年を迎えた原田は、この作品をどんな思いで録音したのだろう――。
いつのまにか口ずさんでいたビートルズやカーペンターズの曲
アルバム『恋愛小説4~音楽飛行』は、天気に恵まれた週末の朝、窓を全開にして聴きたい。1曲目の「ヒア・カムズ・ザ・サン」は、ギターの弦を指で押さえる音が鳥のさえずりのように聴こえる。
「アルバム制作がスタートしたとき、最初に決めた曲が『ヒア・カムズ・ザ・サン』でした。プロデューサーの伊藤ゴローさん、レーベルの斉藤嘉久さん、私、3人とも同意見でした」
ビートルズのこの曲は、ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンがお互いの家を親しく行き来している時期に生まれた。
そのときのことをクラプトンは自伝でふり返っている。
よく晴れた春の朝、私たちはギターを持って庭の外れの大きな野原に座っていた。ジョージが“ディ・ダ・ディ・ディ・イッツ・ビーン・ア・ロング・コールド・ロンリー・ウィンター”と歌い始めたのに合わせて、私たちはそれぞれ自分のギターを鳴らしていた
エリック・クラプトン著『エリック・クラプトン自伝』
この後クラプトンはジョージの妻、パティに恋をして結果的に奪うことになるが、「ヒア・カムズ・ザ・サン」は三人が穏やかな関係だったころを象徴する幸せに満ちた曲だ。
ビートルズの楽曲からは、もう1曲、「イン・マイ・ライフ」を原田はこのアルバムで歌っている。
「この曲は私の希望でセレクトしました。歌いたかった曲です。ビートルズの曲もカーペンターズの曲も、私はリアルタイムでは聴いていません。それなのに、いつのまにか身近にあって口ずさむようになっていました。
こういう曲をスタンダードとかエヴァーグリーンとかいうのでしょうね。私の甥もよくビートルズを口ずさんでいますが、もちろんリアルタイムでは聴いていません。中学校のときに音楽の教科書に載っていたそうです。そういう歌ばかりを『恋愛小説4』では9曲レコーディングしました」
音楽はいろいろな土地や時間に私を連れて行ってくれる
いい音楽は忘れていた記憶を呼び戻す。
「私には10歳上の兄がいて、ニール・ヤングの『オンリー・ラヴ・キャン・ブレイク・ユア・ハート』が好きでした。私が7つくらいのころ、当時高校生だった兄がこの歌をよく歌っていました。
部屋にこもってギターを弾きながら。家族に聴こえないように、小さい声で。それを姉と私は壁に耳をあてて聴いていました。そのことを私はずっと忘れていて。でも、今回何十年ぶりかで思い出しました」
いい音楽は脳のどこかにしまわれていた記憶を鮮やかによみがえらせてくれる。
「モンキーズの『デイドリーム・ビリーバー』もそう。確か中学生のころ、フィルムのCMに使われていました。この曲を歌うと、その当時が思い出され、その当時の私も思い出されます。
そういう曲が、時代を超えて聴き継がれ、歌い継がれていくと思う。『恋愛小説4』のリスナーの皆さんにもそういう体験をしていただきたいですね。
アルバムのサブタイトルは“音楽飛行”ですが、音楽によっていろいろな土地、いろいろなときを旅してほしい」
カヴァーの難しさは、リスナーの多くがオリジナルと比較してしまうこと。そして、多くのリスナーは好きな曲をオリジナルアレンジで、自分の思い出とセットで脳に記憶している。
イントロが鳴ると、その曲を初めて聴いたころの状況や、その頃の自分がよみがえる。だから、好きな曲が違うテイストで演奏されると多くの場合がっかりする。
それを考慮したのだろうか、プロデューサーの伊藤ゴローは、イントロも間奏も新しい味わいを加えて原田の魅力を引き出しながらも、オリジナルの匂いを感じさせる。
たとえばオリジナルの「イン・マイ・ライフ」には、世界中のリスナーに愛されているピアノの間奏がある。作曲者のジョン・レノンがプロデューサーのジョージ・マーティンに「バッハのように弾いてください」とリクエストした12小節だ(ジョン・レノン著『ビートルズ革命』より)。
この間奏を伊藤ゴローはヴァイオリンで美しく再現している。オリジナルを感じさせながらも新しいアレンジだ。
デビュー40周年を経て新たなスタート
「『恋愛小説4』は全曲英語詞ということもあり、何度もくり返し歌ってからレコーディングに臨みました。
オリジナルはもちろんですが、プロのシンガーによるカヴァーや、YouTubeにアップされている世界各地のアマチュアの方々のカヴァーもたくさん聴きました。
その楽曲を愛する人たちが、自分自身の解釈で自由に歌っていて、すごく勉強になりました」
このように『恋愛小説4』の制作過程では、さまざまな工夫がほどこされている。
「アルバムは“恋愛小説”シリーズの4作目という位置づけですが、私自身の気持ちは前作で一度気持ちをリセットして、新しい自分として臨みました。
14歳のときに『時をかける少女』で歌手と俳優でデビューして、昨年40周年を迎えることができました。ほっとしました。こんなに長くやってこられるとは思っていなかったので」
40周年記念ツアーでは、オーディエンスから温かく祝福された。
「会場に集まってくださった方々がほんとうに温かくて、たっぷりと愛情をいただいた気がしました。
今年は一度深呼吸をして、今までの自分はひとまず置いて、ゼロから新しいことをやっていこうと思いました。その最初のアルバムが『恋愛小説4~音楽旅行』です」
次回は『恋愛小説4~音楽旅行』を制作するにいたった原田知世のキャリアや仕事との向き合い方について聞く。