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2023.10.26

53年の歴史に幕を閉じた、新宿二丁目の深夜食堂「クイン」の名物ママ・りっちゃんとは

2023年9月30日、これまでテレビや雑誌などで多く取り上げられた、新宿二丁目のアイコニック的存在である深夜食堂「クイン」が閉店した。オープンから53年間、名物ママを続けてきた“りっちゃん”に、独占取材。4回にわたってクインの歴史を紹介する。【第1回】

加地律子/Ritsuko Kaji
1945年福岡県生まれ。1963年に上京した後、5つ年上の姉が営む神田の喫茶店で働き始める。23歳の時、喫茶店の常連客であった、加地孝道さんと結婚。夫婦で新宿二丁目の深夜食堂「クイン」を営みながら、ふたりの子供を育て上げた。

新宿二丁目を明るく照らす“灯台”

日本を代表する“ゲイタウン”として、海外の観光客も多く訪れる新宿二丁目。かつては同性愛者が集う隠れた遊び場だったが、今では性別や性的指向に関係なく、さまざまな人がお酒やトークを楽しむ場として広く愛されている。

そんな夜の街の中心地である仲通り交差点から徒歩数十秒。古めかしい茶色いレンガ造りのビルの2階から蛍光灯の青白い光を放つのが、昭和の雰囲気が漂う食堂「クイン」だ。

お店の“顔”は、なんといってもママの加地律子さん(通称・りっちゃん)。自らのことを「オレ」と名乗り、酔っ払った男性客にも毅然とした態度で堂々と接客する二丁目の名物ママである。

ビール瓶を栓抜きでリズミカルに叩いて、「チンチーン」という音を奏でながらお客のもとに運び、お客のグラスにビールを注ぐ。すると、今度は「オレももらうよ」と言いながら、自分のグラスに注いでグビグビと飲みはじめる。

その二丁目きっての“男まさり”な性格が、多くの人に愛される所以なのだろう。御年78歳でありながら、冷えたビールを美味しそうに飲むりっちゃんの姿は、二丁目に訪れる多くの人々に安らぎと活力を与えてきた。

2023年9月30日、そんな新宿二丁目を見守る“灯台”のような存在感であった、深夜食堂「クイン」が53年の歴史に幕を閉じた。それは突然の出来事だった。

新宿二丁目の仲通り交差点そばにある深夜食堂「クイン」。年季の入った入口の看板が、お店の長い歴史を感じさせる。

福岡から上京してきた“不良少女”

「今、テレビ局が取材に来てんだよ。『ザ・ノンフィクション』ってやつ。前にも出たことがあったんだよ。どこまで本当かわからないよ、でも人気があるのが『サザエさん、ちびまる子ちゃん、りっちゃん』なんだってさ。食堂のババアを撮ってどうすんだよな。それが不思議だよ」

クインが閉店する3日前。りっちゃんは、いつも通りお客とビールを飲みながら、注文された料理をテーブルに運んでいた。テレビや雑誌の取材が来ていても、顔色変えずに平然と仕事をする。それがりっちゃんのスタイルだ。

福岡県・豊前市で生まれたりっちゃんは、子供の頃から“不良少女”だったという。炭鉱の山師をやっていた祖父を持ち、自由奔放に育ったりっちゃんは、その歳に応じた不良をやっていたそう。

「九州にいた頃は、いつ死ぬかわからない時代だったから、いろんな悪さをしたよ。悪さったって、歳によってやることが違うんだよ。10歳頃までは大分の中津市で暴れて、それを過ぎたら福岡の小倉だよ。大分はソフトだったけど、小倉はハードだったね」

そんなりっちゃんが上京したのは、昭和38年(1963年)のこと。5つ上の姉が神田の駅前でやっていた喫茶店を手伝いはじめたのがきっかけだった。

「『律子、お前はレジだけ打ってればいい。あとは何もしなくていい』って言われて行ったの。そしたら、他のウエイトレスは年上ばっかり。18歳だったけど舐められちゃいけないと思って、『いくつ?』って聞かれたら『20歳!』とか『21歳!』って答えてたわ」

その頃に出会ったのが、喫茶店のお客だった現在の夫・加地孝道さん。今ではりっちゃんが「カジくん」と呼んでいる旦那さんは、当時まだ大学生だった。デートコースは、決まって3本立ての映画と麻雀。初対面の時から互いに惹かれあったというふたりだが、夫の孝道さんはひとつ大きな勘違いをしていたそう。

「夫からプロポーズされた時、オレはまだ20歳だったんだけど、『年上が好きなんです』って言われて。年上だけどそんな離れてないから、いくつだと思ってるかと聞いたら、私のことを25歳だと思ってたのよ(笑)。『は?』って言い返してやったわ」

お店の奥のキッチンで、注文された料理を手際よく作る夫の加地孝道さん。

義母のためにやった小さな結婚式

その後、りっちゃんは23歳で旦那さんと結婚、25歳で初の子供に恵まれた。しかし、当時はあまり結婚に乗り気ではなかったという。

「実は結婚式をしてから2年くらい籍を入れなかったの。その時、夫のお母さんが癌を患ってて、夫は男3人兄弟の長男だったから、オレが代わりに介護をしてさ。そしたら、お母さんに気にいってもらえたみたいで、『お兄ちゃんのお嫁さんは、律子ちゃん』って言われて。

まだ結婚したくなかったけど、入院してたのが姉の関係の病院だったから、余命があと半年もないって知ってたわけ。それで、どうしても私の花嫁姿を見たいっていうから、『しょうがない』って結婚式だけやったの」

そして、軍人会館(後の九段会館)で行われた結婚式。会場には、友人や親族など約60人が参列。花嫁姿のりっちゃんは、長い闘病生活を過ごしていた義理の母に見守られながら結婚式をあげた。

「『お母さんが、危篤になったらやめる』って条件でやった結婚式だったから、小さな結婚式だったよ。夫からは、式の後も『籍を入れたい』ってお願いされたけど、『入れてたまるか、入れなきゃまだ処女で売れる』って突っぱねてね(笑)。それで入籍まで2年かかったの」

そう笑いながら話すりっちゃんは、今でも旦那さんと一緒に仲良く生活を続けている。「持ちつ持たれつ」。そんな関係のふたりだからこそ、クインを53年間やってこられたのかもしれない。

※続く。2回目は10月27日公開予定。

TEXT=坂本遼佑

PHOTOGRAPH=デレック槇島(StudioMAKISHIMA)

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