『⽔曜どうでしょう』のミスターであり、映画監督、クリエイティブオフィスキュー会⻑でもある鈴井貴之氏。ともに暮らす犬のネイマール(ゴールデンレトリバー 7歳 オス)の視点で、北海道・赤平の暮らしを紹介した新刊『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』の一部を再編集した記事をまとめてお届け! ※2023年10月掲載記事を再編
1. 後頭部を殴られた!? 『水曜どうでしょう』鈴井貴之が北海道の森で遭遇した厄介な生き物とは?
ボクが生まれる前のこと。10年前の話らしい。森で生活を始めて間もない頃、季節は夏の終わり。畑に食べ頃になったスイカを取りに行ったらしい。
スイカの隣にはメロンも植えてあった。そこで聞いたこともない音がしたんだって。「ガシャガシャ」何者かがメロンを食べている。よくメロンを見ると半分に欠けていて、中には30匹くらいの黄色い奴がいたんだって。「ハチもメロンを食べるんだ」と悠長なことがまずは浮かんだらしいけど、すぐにまずいと思って、静かに横にあるスイカを抱えてその場を去ろうと動き出した。
次の瞬間「ブーン」という音が近づいてきた。
「まずい」
と思ったらしいけど後頭部に、
強い衝撃を受けてよろけた。
何が起きたか分からなかったんだって。だって頭の後ろを誰かに殴られたんだから。でも誰もいない。ただ「ブーン」とハチが飛んでいる音がした。
「え? こんなに強い衝撃なの」
と驚いたみたい。
『オオスズメバチ』に刺されたとしたら大変だ。ハチは刺すと匂いを分泌して仲間を集める。仲間が集まってくる。お父さんは走って家の中へ逃げた。なんとか二次被害は免れたけれど、次に大きな不安が襲ってきた。
アナフィラキシーショック。
短い時間で表れるアレルギー症状で、これで血圧低下、意識障害を引き起こし、場合によっては死に至ることもあるんだって。近所でも数年前に死んだ方がいるという話を聞いていたから、お父さんは相当焦ったみたい。
しかも発症するまでの15分以内に治療しなければならない。制限時間は15分しかない。
2. 『水曜どうでしょう』鈴井貴之が“天敵”から学んだこととは?
虫も厄介だけれど、お父さんには天敵とも呼べる苦手なものがいる。それは蛇だ。子供の頃は平気だったみたいだけれど、大人になったら動物園に行っても爬虫類館には入れないそう。蛇の画像を見るのも嫌なんだって。
でもね、当たり前だけど森には蛇もいる。北海道にはハブやマムシといった毒蛇は基本的にはいないけど(最近は流通の発達でいるところもあるらしい)アオダイショウ、シマヘビ、カラスヘビというのが生息しているんだ。
カラスヘビというその名の通り黒くて、ジャンプして飛びかかってくるみたい。毒はないから危険は少ないけれど、飛ぶことを知ってお父さんはかなり警戒するようにしているよ。だって嫌いな奴が飛びかかってくる。想像するだけで悲鳴をあげているよ。
お父さんが蛇嫌いなのはその見た目もあるけど、物音を立てないのが嫌らしい。気がつけばすぐ近くにいる。多くの動物は草を揺らしたりしてガサゴソ気配を感じさせるけど、蛇は気がついたら足元にいたりする。それでびっくりするんだって。
森に来た当初は蛇に会うと悲鳴をあげて逃げていたみたい。それでも年間、10回くらい蛇と遭遇した経験から、今では驚くものの悲鳴はあげず逃げもしなくなったと言ってる。少し慣れてきたみたい。
それでもいつ会うかは分からない。それに自然の中だから出会わないよう願っても、いるものはいるのだから仕方ないよね。
ずっと嫌いだとも言ってられない。排除することもできない。そこでお父さんは考えたらしい。
嫌いを好きには変えられないけど、排除しない。
マイナスをプラスに捉える工夫。
嫌いだった蛇に出会うことを逆に『幸運なこと』と考えるようにしたんだって。蛇に遭遇したら『良いことがある』そう思うようにしたらしいよ。
世界観を180度変えて考える。
3. 『水曜どうでしょう』鈴井貴之が説く“勇気を持って、自分に失望してみる”とは
ボクはよく分からないけれど、お父さんはいろんな仕事をしてきたらしい。劇団から始まってラジオのパーソナリティやテレビのレポーター。俳優としてドラマに出たり、バラエティ番組では構成作家やタレントとして出演したりもしてるし、映画やドラマの監督もしていた。本も書いていたし音楽でメジャーデビューもしたことがあるみたい。
色々とやってきて自分が何屋さんなのか分からないと言っている。だから会社で『会長』と呼ばれたり現場で『監督』と呼ばれたり、ましてや番組で付けられた愛称『ミスター』と言われるのもどれもしっくり来ないんだって。
昔は、
自分は「中途半端だ」
と思っていたみたい。何事にも秀でたものはなく、それなりにやってはきたものの結果を出していない。
そんな自分に随分とイラついていた。
そんなイライラも今は落ち着いたみたいだよ。お爺ちゃんになったから? それもあるみたいだけれど、森に来て
思い通りにならない現実が当たり前と思える。
ようになったみたい。若い頃は大風呂敷を広げてできもしない大きな目標を掲げた。達成できなくても、それに近づくために努力を惜しまなかった。実らずともその努力に満足することもあったそう。満足というか納得するというか。
でも森で生活して、今までの自分の経験を踏まえて思うことは、
若い頃は、努力は報われると思え。
でも、
経験を重ねたら、無駄な努力はしない。
なんだって。真逆? 矛盾してるよね。
『楽をしろ』『怠けろ』ということじゃないみたいだよ。自分の限界、実力を知るということらしい。分かってしまえば、もう無謀なことは考えなくなるし、無駄に時間を費やすこともなくなる。
4. 診察を受けたら緊急手術が決定。『水曜どうでしょう』鈴井貴之を襲った事態とは?
事件です。
この本を作っている最中、お父さんの目が見えなくなってしまったんです。ついこの前のことです。札幌のショッピングモールに行った時のこと。中にあるペットショップへ、ボクたちの新しい歯ブラシを買いにいった時に目の中に黒い点々がいくつも見えたんだって。最初は大したことはないのかな? と思っていたらしいけれど、車の運転をしていると段々と目が霞んできた。歳も歳だし、そんなこともあろうかと初めは軽く考えていたみたい。でも翌朝にも目の霞は良くならず、霞むというよりも左目の視界の3分の1程度が見えなくなっていた。
これはまずいなと思ったらしく札幌のお家の近くの眼科へと向かったんだ。
そこでの診断は『網膜剥離』。
網膜剥離ってボクサーとかで聞くよね。誰かに殴られた覚えもないし喧嘩した覚えもない。もう若くないからそんなことするわけもないよね。
診断された時はまだ心当たりがなかったらしい。
お医者さんには50歳を過ぎたら外圧ではなくとも加齢で網膜剥離になることはある、珍しいケースではないと言われたみたい。
手術をしなければ治らない。手術をしてから2週間ぐらいはうつ伏せ状態で安静にしなくてはならない。網膜を安定させるために眼球の中にガスを注入する。それが抜けるのに2週間くらいかかるって言われたそうだ。
お父さんは仕事のスケジュールを確認して、10日後ぐらいなら手術ができるとお医者さんに答えたけれど言われたのは、
「そういう話じゃなくてすぐに手術が必要です」
すぐ?
「今日にでも」
今日?
「このままにしておけば1週間ぐらいで失明します」
失明!?
5. 「不良番組だった」鈴井貴之が語る『水曜どうでしょう』
お父さんを知る人のほとんどは『水曜どうでしょう』という番組も知っていると思う。30年近く前に北海道で始まったテレビ番組なんだって。知らない人はネット検索してね。いっぱい情報が出てくるとお父さんは言っていたよ。
ローカル番組でありながらDVDを何百枚も売り上げ、サブカルの世界ではちょっとした人気番組になったんだって。レギュラー放送はもう20年も前に終わったけれど、数年ごとにスペシャル企画が放送されて、いまだに再放送を含め全国のどこかで放送されているみたいだね。少なくとも地元北海道では今でも毎週放送されている。ボクも何度か見たことがあるけれど何が面白いのかはさっぱり分からない。まあボクは犬だからね。
その番組についてお父さんは言う。
昔とは違う。
それはね、番組に携わる4人(出演者、スタッフ)が無名であった頃は無謀な企画を立ち上げ、それを番組にしてきたらしいんだ。その破天荒さ、いい加減さ、適当さが番組の魅力だったらしいけれど今はそうもいかないんだって。
「番組の広がりと反比例してやれることに制限が生まれた」
サイコロを振ってアポもない深夜バスに乗るなど今はできないみたいだよ。どこへ行ってもSNSで拡散されて、企画に支障をきたす。
「博多駅前でサイコロを振れば人だかりができてしまうだろう」
とお父さんは寂しげな目をして言っていた。
昔とはもう違うのだ。
そうお父さんは繰り返した。分かっていてもファンは昔の姿を望むよね。
僕らも変わったし、時代も変わった。
お父さんはこの『水曜どうでしょう』のことを話すのを躊躇する。それはもうあの頃とは時代や背景が変わってしまったからなんだって。