PERSON

2023.10.02

『水曜どうでしょう』鈴井貴之が“天敵”から学んだこととは?

『⽔曜どうでしょう』のミスターであり、映画監督、クリエイティブオフィスキュー会⻑でもある鈴井貴之氏。そんな鈴井氏が12年前に住まいを構えたのが北海道・赤平の森の中。ともに暮らす犬たちのリーダー・ネイマール(ゴールデンレトリバー 7歳 オス)の視点から、その暮らしを紹介する。今回は大の苦手である蛇から学んだことについて。2023年10月4日発売の新刊『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』の一部を再編集してお届けする。【鈴井貴之氏の記事】

マイナスをプラスに捉える工夫

虫も厄介だけれど、お父さんには天敵とも呼べる苦手なものがいる。それは蛇だ。子供の頃は平気だったみたいだけれど、大人になったら動物園に行っても爬虫類館には入れないそう。蛇の画像を見るのも嫌なんだって。

でもね、当たり前だけど森には蛇もいる。北海道にはハブやマムシといった毒蛇は基本的にはいないけど(最近は流通の発達でいるところもあるらしい)アオダイショウ、シマヘビ、カラスヘビというのが生息しているんだ。

カラスヘビというその名の通り黒くて、ジャンプして飛びかかってくるみたい。毒はないから危険は少ないけれど、飛ぶことを知ってお父さんはかなり警戒するようにしているよ。だって嫌いな奴が飛びかかってくる。想像するだけで悲鳴をあげているよ。

お父さんが蛇嫌いなのはその見た目もあるけど、物音を立てないのが嫌らしい。気がつけばすぐ近くにいる。多くの動物は草を揺らしたりしてガサゴソ気配を感じさせるけど、蛇は気がついたら足元にいたりする。それでびっくりするんだって。

森に来た当初は蛇に会うと悲鳴をあげて逃げていたみたい。それでも年間、10回くらい蛇と遭遇した経験から、今では驚くものの悲鳴はあげず逃げもしなくなったと言ってる。少し慣れてきたみたい。

それでもいつ会うかは分からない。それに自然の中だから出会わないよう願っても、いるものはいるのだから仕方ないよね。

ずっと嫌いだとも言ってられない。排除することもできない。そこでお父さんは考えたらしい。

嫌いを好きには変えられないけど、排除しない。

マイナスをプラスに捉える工夫。

嫌いだった蛇に出会うことを逆に『幸運なこと』と考えるようにしたんだって。蛇に遭遇したら『良いことがある』そう思うようにしたらしいよ。

世界観を180度変えて考える。

お父さんが言うには、

「蛇は神様の使いとも言われているらしい。弁財天の使いで、弁財天はいろんな芸術の神様でもあり蓄財の神でもある。だったらその弁財天の使いを蔑ろにはできない。それにヘビは畑を荒らす野ネズミを食べてくれる。姿は気持ち悪いけれど森の味方なんだ。

それに、蛇は脱皮をして成長、傷の治癒をすることから医療、治療、再生のシンボルにもなっている」

ねえねえ知ってた?

救急車に蛇のマークが付いている。

「『スターオブライフ』という6本の柱のマークの中に蛇が描かれている。

迷信だけど、ネズミなどを食べてくれることから農村地域では、アオダイショウは家の守り神とされているそうだ。しかもだ、この赤平の森から歩いていけるところに小さな神社がある。そこには白蛇伝説があるらしい。今は無人の神社だけれど、伝説が描かれた看板が今も残っている。このあたりは蛇がいて当たり前の場所なんだ。というか蛇に守られている場所だ」

そう考えると蛇に出会う度、驚きはするものの「ああ、きっと良いことがある」とポジティブに捉えられるようになったんだって。今でも嫌いなことには変わりないのだけれど、

嫌な気分をエネルギーに転換する術を得た。

何事も捉え方一つで前向きになれるみたい。

嫌いを好きには変えられない。

けど、

邪魔者にはしない。

「考え方が違ったり価値観が違ったりする人は多い。『自分とは違う』と思う人だ。そんな人を好きにはなれない。どちらかといえば嫌いだ。嫌いだから関わり合いたくない。でも状況的には一緒にいなければならないことも多い。例えば職場の上司や部下。学校での同級生や先生。町内会の人。

あの人とは合わない。

そんな人が1人や2人はいる。もっと大勢かも。顔を合わせるだけで嫌だ。だからといって無視したり排除したりすることはできない。だったら嫌いを好きには変えられないのかもしれないけれど、マイナスをプラスと捉える工夫をすれば解決するかもしれない。

違う考え方をする人をただ嫌いになるんじゃなくて、

どうして自分とは違うのだろうか。

そういう目で見ると、実はそういう人こそ、

自分に欠けている部分を持っている。

のかもしれない」

とお父さんは捉えるようになったらしいよ。考え方や感性の違いは、多くの発見を秘めていたりするんだって。

「自分とは考えが違うから、そもそもの視点が違う。自分が気にもかけていなかったことを見つけ出す機会になる。もちろん理解し合えないことの方が多いだろうけれど、それはそれで自分の信念の深さを確信することになってプラスになる」

これも森へ来て分かったことらしいよ。

視野を広くする。

「森での生活は視野だけでなく耳をそばだて嗅覚も研ぎすまし、肌の感覚も敏感にしなければならない」

獣かよ。

「そういう生活の中で、相反するものも受け入れなければ生きていけない」

だから嫌なこと苦手なことにも直面しなければならないんだって。

避けていては生きていけない。

お父さんは言っていたよ。

「俺は大抵の人と合わない。だから昔は嫌いな奴が多かった」

お父さんには心が許せる友達っているのかな? そんな話を聞いたこともないし友達だという人にも会ったことがない。知り合いは多いけど、お父さんには友達はいないと思う。

「多分、俺が嫌いな以上に俺のことを嫌いだと思ってる人は多い」

そうなんだ。

「昔は天邪鬼で生意気だった。だから大抵、意見は食い違う。だから俺はどこの世界でも面倒くさい奴だったと思う。でも今は少し違う。自分と違う人の考えも一度は受け入れる。そして咀嚼して違えば、違うと捉えるし、違う中に自分の欠点を見出すこともある。それを森で暮らすようになって知ったんだ」

正直、なんのことだかボクにはよく分からないよ。ただ思うのは人間って大変だなってこと。でも、森でお父さんは変わった。まずね、怒らなくなった。というかお父さんが怒っているのをボクは見たことがない。

昔を知る人が森にやってくると大方は、昔のお父さんは怖かったという話。ボクは信じられないけどね。いつもイライラしていたみたいだし、何に対してかは分からないけど焦っていたらしい。

これを読んでいる人は知っていると思うけど、30年以上前、お父さんは北海道で芸能プロダクションを作ったんだって。今は御隠居みたいになっているけど、暫く、20年? 社長さんだったんだって。設立当時、北海道に本格的な芸能プロダクションなんてなかったし、ましてや芸能人? と呼ばれるような人はいなかったみたい。それなのに起業したのは当時やっていた劇団をプロにするため。ちゃんと職業として食べていけるように会社を起こしたんだって。今の社長さんと一緒に。今の社長さんのことは多分、ボクは二、三度しかお会いしたことがないから分からない。でも2人で会社を作ったみたいだよ。

その時はね、多くの人にバカにされたみたい。

北海道で芸能プロダクションなんか無理だ。

テレビ局の局長さん。偉い人だよね。言われたそうだよ。

「北海道に芸能プロダクションは必要ない。タレントは東京や大阪から呼ぶ。お前らがいくら頑張ってもニーズは生まれない。お前たちが画面の真ん中に映ることはない。地方では局アナがトップ。冠番組なんか夢のまた夢で、よく見積もっても情報番組のレポーターが関の山だ。無駄なことはするな」

随分とお父さんは悔しい思いをしたみたい。天邪鬼だからそう言われれば言われるほど世の中を変えてやると思ったらしいよ。だから戦い、昔は多くの敵を作ったみたい。それでも戦い続けた。そうすると少しずつだけど加勢してくれる仲間も現れ、北海道にも新しい現象が生まれたんだって。

違う、と思われてもやる。

リスクはあるけどそれをやり続けて今日があるみたい。その経験を踏まえて今は、

違うから戦う、のではなく『違う』を受け入れる。

と考えるようになったんだって。それはね、お父さんがやってきたことに影響されているのかは分からないけれど『地方でもやれる』と思い込んでいる人が多いからなんだって。30年前は、やろうとした人がいないところでやったから意味があった。今は地方でもやれる。しかも中央からタレントが地方にも進出してきている。だから逆に、今の地方には魅力がないそうだ。

誰もやってなかったから価値があった。

誰でもやれる現状には魅力はない。

ならば、さらに違うことを探さなければならない。その結論として

融合、結束。

次はそういう時代だと言ってたよ。独自路線に固執して突拍子もないことをやる。YouTubeやネット配信。そこでの多くは誰もやっていないことを狙おうとする。それは反発や反動をも生む。今はもうそれは古いらしい。

30年以上も前にそういうことにトライしてきた人だから分かるような気がする。これからは戦いじゃなくて融和らしいよ。そう言われればそうかもしれない。戦うにはみんな凄い武器を手に入れ過ぎた。本気で戦えば悲惨な末路しかないのかもしれないね。

だから、

マイナスをプラスに捉える工夫。

嫌いだったり苦手だったりするものも受け入れることが大切。あのね、ボクは知ってるよ。蛇の抜け殻をラップに包んでお父さんは財布の中に入れている。お金が貯まるという迷信があるみたい。あれだけ嫌いだった蛇なのに。それを財布に入れているなんて矛盾してるしなんかおかしいね。

※続く

鈴井貴之/Takayuki Suzui
1962年北海道⾚平⽣まれ、ʼ90年に札幌で劇団「OOPARTS」⽴ち上げ。その後、構成作家・タレントとして『⽔曜どうでしょう』(HTB)などの番組の企画・出演に携わる。映画監督として『銀⾊の⾬』などこれまで4作を発表。2010年からOOPARTSを再始動、現在6作の舞台公演を⾏っている。

ネイマール/Neymar
鈴井家の犬たちのリーダー。ゴールデンレトリバー(7歳 オス)。新刊『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』では「語り部」として登場している。

TEXT=鈴井貴之

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