PERSON

2023.10.03

『水曜どうでしょう』鈴井貴之が説く“勇気を持って、自分に失望してみる”とは

『⽔曜どうでしょう』のミスターであり、映画監督、クリエイティブオフィスキュー会⻑でもある鈴井貴之氏。そんな鈴井氏が12年前に住まいを構えたのが北海道・赤平の森の中。ともに暮らす犬たちのリーダー・ネイマール(ゴールデンレトリバー 7歳 オス)の視点から、その暮らしを紹介する。今回は新しい道を切り開きたい人に勧める自己否定の経験について。2023年10月4日発売の新刊『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』の一部を再編集してお届けする。【鈴井貴之氏の記事】

自分自身の監督にならなきゃダメ

ボクはよく分からないけれど、お父さんはいろんな仕事をしてきたらしい。劇団から始まってラジオのパーソナリティやテレビのレポーター。俳優としてドラマに出たり、バラエティ番組では構成作家やタレントとして出演したりもしてるし、映画やドラマの監督もしていた。本も書いていたし音楽でメジャーデビューもしたことがあるみたい。

色々とやってきて自分が何屋さんなのか分からないと言っている。だから会社で『会長』と呼ばれたり現場で『監督』と呼ばれたり、ましてや番組で付けられた愛称『ミスター』と言われるのもどれもしっくり来ないんだって。

昔は、

自分は「中途半端だ」

と思っていたみたい。何事にも秀でたものはなく、それなりにやってはきたものの結果を出していない。

そんな自分に随分とイラついていた。

そんなイライラも今は落ち着いたみたいだよ。お爺ちゃんになったから? それもあるみたいだけれど、森に来て

思い通りにならない現実が当たり前と思える。

ようになったみたい。若い頃は大風呂敷を広げてできもしない大きな目標を掲げた。達成できなくても、それに近づくために努力を惜しまなかった。実らずともその努力に満足することもあったそう。満足というか納得するというか。

でも森で生活して、今までの自分の経験を踏まえて思うことは、

若い頃は、努力は報われると思え。

でも、

経験を重ねたら、無駄な努力はしない。

なんだって。真逆? 矛盾してるよね。

『楽をしろ』『怠けろ』ということじゃないみたいだよ。自分の限界、実力を知るということらしい。分かってしまえば、もう無謀なことは考えなくなるし、無駄に時間を費やすこともなくなる。

勇気を持って、自分に失望してみる。

それが大切なんだって。そうは言われても難しいよね。だって人間ってさ、綺麗事を並べるけど、結局は自分のことが一番可愛いじゃん。自分を否定したくないじゃん。間違ったり失敗したりして挫折を味わっても「努力した」「次に頑張ろう」と肯定するでしょう。それはそれで間違いじゃないのだろうけれど、その前に一度、

自己を否定してみる。

文字にすれば簡単だけれど、できないよね。でもね、お父さんが言うには新しい道を切り開きたいのならば自己否定を経験した方がいいんだって。

「思い通りに人生を歩んできた人はどれだけいますか?」
「子供の頃に思い描いた夢は叶いましたか?」
「受験、就職。思い通りになりましたか?」
「会社に入ってからも満足できていますか?」
「大好きだった人との恋愛は成就しましたか?」
「結婚生活は描いていた通りでしょうか?」
「子供は思った通りに育ってくれましたか?」
「ずっと健康でいられましたか?」
「悲しいことはなかったですか?」
「挫折は経験していませんか?」
お父さんはね、数えきれないくらいの挫折をしてきたみたい。

一昔前までは、人生なんとかなると思っていた。

前に進むために必要なのは、自己否定をし、

自己検証をする。己を知るのだ。

らしいよ。

客観的に見ると自分は自分が思っているほど大したことがない。それを知る必要があるみたい。がっかりだね。だって自分は自分が可愛いでしょう? 人間ってそうなんでしょう? 認めたくはないよね。でも自分を疑うことで、本当の自分を知るらしいんだ。それは嫌なことを受け入れることにも通じるね。

当たり前のことだけど欠点が分からないとそれを補えないよね。スポーツだってそうじゃない。監督は自分のチームの弱点を知り、それを補うために戦略を立てたり、選手に練習をさせたりする。自分に対しても同じ。

自分自身の監督にならなきゃダメ。

なんだって。自分自身を変えるには自分に失望して否定することから始まるらしいよ。辛い作業だけれど、それを乗り越えた先に光が見えてくるんだって。

そしてね、考え方も少し違ってくる。それはね、

目標を少し下げてみる。

「叶わぬ夢は描かない。達成できないものは目標として掲げない。延々とそれを繰り返していると消耗するだけの人生になってしまう。自分に失望し自己否定をしてみる。それによって得られる自己検証は己の実力。それぐらいは今までの経験で計り知ることはできるだろう。

相当な大人になってまで、東大に入りたい、アイドルになりたいとは思わないと思う。それと同じように身近な目標についてもよく考えてみる」

3年やってダメならダメ。5年、10年ならば問題外。

捉え方を変えてみる。例えば高い山に登りたいとずっと思っていた。その頂上からの景色を夢見てた。でも、その頂上に到達することは無理だと悟った。だとすれば、その山を登るのではなく、その裾野から見える山をいろんな角度から見てみる。見る場所を変えてみよう。見る時間を変えてみよう。山頂からの景色は360度のパノラマとはいえ1つしかない。でも裾野から見える景色は無数にある。そこでの発見。もしかしたら誰も見たことがないものを見つけ出すことができるのかもしれないし、それを知ってもらえば共感を得られるのかもしれない。

一握りの人間しかなし得ないことを夢見るよりも多くの人に共感してもらえるものを選択する」

それが今のお父さんの考えみたい。

何が豊かなのか?

また酔った時にお父さんが言っていたんだけれど、お金持ちになると選択肢が少なくなってみんな同じになるらしいよ。あ、誤解しないでね。お父さんがお金持ちだということじゃないよ。凄い人たちの話。

凄いお金持ちの人たちは、同じような高級マンションの最上階に住んで、同じような高級外車に乗って、星がいくつもある同じレストランに行くそうだよ。みんな同じような生活スタイルになるんだって。

「乗用車にしても2000万円以上の車となれば数が限られる。買う人が限られる。でも300万円から600万円くらいの車となれば国産や外車を含めても沢山ある。中古車まで選択肢に入れたらもう無数にある。その中から自分のライフスタイルに合わせて、ファミリーカーなのかアウトドア用なのかスポーツカーなのか、色々と選べる。それは全てのことに言える。ラインナップが豊富。そこで自分に合ったものを選ぶ。

何が幸せなのか? 一般的には金はあればあるほど良いと思うけど選択肢は狭まっていく。画一化されていくのかもしれない。それよりも豊富に選べる環境の方が幸せじゃないかと思う」

森で生活すれば高級時計や高級バッグは必要ない。持ってても汚れちゃうからね。自然の中では明かりもついてくれるし、ぶつけても壊れないGショックが最高なんだって。

ちょっと待って、ここまでお父さんの話を伝えてきたけれど大きな問題があるよね。人生に無駄なことはない、と言っておきながら無駄な努力はすべきじゃないと言ってる。じゃあ無駄はあるってことじゃないの?

矛盾は存在する。

それを言っちゃ身も蓋もないじゃない。でもね、このことについてもお父さんは言っていた。

矛盾をなぜ否定するのか? 悪とするのか?

お父さんの座右の銘? よく分からないけど、いつも思っているのが、

表裏一体。逆も真なり。

なんだって。

「相反するこれは真理であり真理ではない。白があれば黒もある。明があり暗がある。世の中には真逆なことが存在する。その両者がバランスを取って社会は成り立っている。世の中ははっきりと区別はできない。時流や思考によって真理は曲げられる。

昔、ガレリオ・ガリレイは地球が回っていると地動説を唱えた。でも当時は天動説が全てだった。真理は受け入れられなかった。もしかしたら今の真理も後世には真理ではないとされるかもしれない。そういう意味では矛盾は多く存在する。

世の中がそうであるのだから個人の中に矛盾が存在しても不思議じゃない」

とお父さんは言っている。

その矛盾をも受け入れる。

矛盾に対して「違うだろう」と異論を唱えるのは時間の無駄らしい。

世の中、矛盾は当たり前。

と思わなければこの混沌とした世の中をつき進むことはできない、とお父さんは言っている。この世の中は矛盾だらけだと憂いていては先には進めないんだって。矛盾を受け入れて考えることで出発する。矛盾で立ち止まるのは無駄みたいだよ。

今までの話をボクはよく分からないのだけれど、嫌いなものや矛盾という関わりたくないものを受け入れて、自分も否定する。厄介だけどそうすべきなんだって。それはね、

森での生活がそもそも厄介。矛盾だらけ。

だからだそうだよ。その経験からなんだって。

※続く

鈴井貴之/Takayuki Suzui
1962年北海道⾚平⽣まれ、ʼ90年に札幌で劇団「OOPARTS」⽴ち上げ。その後、構成作家・タレントとして『⽔曜どうでしょう』(HTB)などの番組の企画・出演に携わる。映画監督として『銀⾊の⾬』などこれまで4作を発表。2010年からOOPARTSを再始動、現在6作の舞台公演を⾏っている。

ネイマール/Neymar
鈴井家の犬たちのリーダー。ゴールデンレトリバー(7歳 オス)。新刊『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』では「語り部」として登場している。

TEXT=鈴井貴之

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