コストコ(COSTCO)は今までにない独自の形で、企業を成長させてきた。その手法について、コストコのCEOジム・シネガルが語った貴重なインタビューを振り返る。※GOETHE2007年5月号掲載記事を再編。掲載されている情報等は雑誌発売当時の内容。【特集 レジェンドたちの仕事術】
コストコ創業者ジム・シネガルが語る、急成長の理由
企業を成長させていく上でビジネス・スクールの教科書が不要であることを証明したコストコ 。
労働者階級出身の最高経営責任者ジム・シネガルは、彼の家庭ではあたり前であった節約の徹底を、自分が創業したコストコで実践している。節約分が利幅だから売値を低く抑えることができる。
対して、人件費は節約の対象となっていない。それどころか、コストコの社員には業界一高い給与が支払われている。コストコは、販売戦略や宣伝プロモーションなどの売り上げ努力からではなく、執拗なまでの節約努力から利益を生み出している企業である。
徹底的な節約作戦
1983年の創業以来、成長に成長を続け、世界の小売業界で7番目の売上高を誇ると報じられているコストコは、今や世界で最も注目されている企業である。
利幅を守るためには、どこかにシワ寄せが及ぶ容赦のないドライな経営戦略が定番の米国にあって、コストコは誰にでも利益が及ぶ方法でも商売が成功することを証明した。その鍵はどこにあるのか、新経営時代の寵児、コストコの創業者・最高経営責任者であるジム・シネガルにその秘密を直撃質問した。
「大量に仕入れた商品にわずかばかりの利益率を掛けて、卸価格程度のプライスで厳選した高品質の商品だけを店頭に並べるのです。 宣伝広告や店内の装飾などに経費を使わないだけではなく、買い物袋や包装紙などもありません。顧客は空になった商品のダンボール箱に買い物を入れて車まで運ぶのです」
シネガルは、コストコではとにかく徹底した節約が行われていることを説明する。
しかしそんな節約方針をとっていても、コストコ社員の平均給与の高さは全米小売業界では他社を抜いて第1位。節減された分は従業員にも振りあてられているからだ。
徹底した節約がコストコの基本哲学ではあるが、こと人件費にかけては節約をしない。 給与だけではない、健康保険の内容も全米一。コストコでは、節約した分が顧客と従業員への利益として還元されているのである。
それでいながら、シネガルは自分の年収は驚くほど低く抑えている。しかしコストコは世界的な企業だ。創業者・最高経営責任者の彼が野球のスタープレイヤー以上の給料をとってもおかしくはない。
「社員の平均給料の12倍はとらせてもらっています。それだけあれば十分なのです」
質素で節約家の氏ならではの心が感じ取られる一言であった。
シネガルの特異な人格
「シネガル氏は親しみ深い人格者」、氏と接触したことのある人ならば皆が口を揃えるかのように言う。
氏は、時間を作っては、店内をみてまわり、誰とでも親しく接している。最高経営責任者であることを偉ぶらない。自然体の彼は、フロアで働く気のいい高齢の社員と間違えられることも度々ある。彼が世界中のコストコを指揮する最高経営責任者に見られることはない。取材中には、子供を抱えた母親がシネガルに気軽に声をかけて、ショッピング・カートの取り出しを手伝ってもらっていた。
質素で驕らず、他人への思いやりも深い。切れ者で容赦ない辣腕(らつわん)経営者が良しとされている米国企業の中にあって、コストコは特異な存在としても注目の的だ。
顧客は、良い商品を格安に販売してくれているコストコの存在を有り難く思っている。客に喜ばれるということは、同業他社の喉元に匕首(ひしゅ)をつきつけているのと同じこと。
しかし、コストコが市場競争を意識して販売戦略をとることはない。 手を替え品を替え宣伝文句を替えることにマーケティング費用を使うくらいだったら、その分、価格を安くする方が顧客の利益につながる、と信じているコストコである。 購買意欲を高めるための広告費などは、彼等にとっては真っ先の節約の対象にしかならないのである。
どのメディアも「消費者と従業員を大切にすることで経営を成功させた企業」としてコストコを報道してきた。米国の小売王ウォルマートさえもが、彼等がスポンサーとなっているABC放送のニュース番組の一部ウォルマート・ウォッチ「今週の人」で、シネガルを好意的にとりあげて、ウォルマートとコストコの従業員への待遇の違いを偽りなく報道した。
社員の成長する会社
シアトルの都心部から30kmほど東にある緑豊かな美しい町イサコア市にコストコは本社を置く。
シネガルを訪ねて驚かされたことは、温和な人柄だけでなく、彼の質素なところである。社長室とでもよぶべき彼の部屋には、威風堂々とした威圧感はない。どこにでもあるような多忙な仕事人の小さな仕事場そのものなのである。そんな小部屋にコーポレート・ジェット(社用ジェット機)で世界中を忙しく飛び回る経営者の椅子がある。
自己規制の厳しいシネガル氏は、従業員たちにも徹底した自制心を求める。
「自制心が個々の向上の基礎となり、それが職場ではプロフェッショナルな姿勢として買い物客への対応に反映されるのです」
シネガル氏の人生訓を引き継ぐコストコ社員の働きぶりは見ていると気持ちが良い。
「仲間達が、コストコを通じて成功し、幸せになってくれている姿をみることが、私にとっての喜びです」
シネガル氏は、仕事から得られる喜びは何かという質問にこう答えてくれた。
ワーキング・クラス(労働者階級)の家庭で育ち、18の歳にはカリフォルニアの小売チェーンでマットレスを運ぶ仕事についていたシネガル氏、働く者達と気持ちをともにしてコストコを運営している。
ちなみに、1983年のコストコ創業時には駐車場でショッピング・カートを集めることが仕事だった若者はいまでは副社長。 急成長をみせているこの会社には社員が成長していく場がいくらでも作られ続けているのである。
そして日本進出へ
日本語でこそコストコという名称だが、本家本元の米国ではCOSTCOと綴りコスコと読む。
その日本市場、第1号店は1999年4月、福岡県からだった。シネガル氏は言った。
「日本進出には思っていたほどの困難はありませんでした。一番のハードルは大規模小売店舗立地法でしたが、それも難なくクリアすることができました。それに、日本のサプライヤー各社も最初から協力的で、仕入れで困難を感じることもありませんでした」
日本進出には難関が多いと予測していただけに、意外とスムーズに運んだことに、氏は驚きを隠すことができなかったようだ。
進出前は、既存の大型小売店とのタイアップを考えていたようだ。しかし、とことんまで徹底した節約体質のコストコの経営コンセプトは余りにも異質すぎたのだろうか、どこからも色好い返事はもらうことができなかった。
かくして、コストコは100%のリスクを自前で受けての日本進出を決定。しかし「日本は、リスク・還元割合の高い市場です」。リスクを覚悟で進出しても割りが合うという判断を下したのであった。
「日本の市場はコストコ向きといえます。中間階級の層が厚く、取り扱い商品の良さと買得感をしっかりと持った客層に恵まれているからです」
広告宣伝費を持たないコストコ、説明なしでも買い物客が集まる市場であることが基本。年会費を払ってでも会員となった方が節約分が多いと判断し買い物をしてくれる上質の客層が、この企業を支えることになるからだ。
「今後も、店舗数を増やす計画があります。2007年6月には川崎店、次には入間にも札幌にもオープンさせる予定です」
世界中で事業展開をしている中、長男のマイク・シネガル氏を立ち上げ時から日本に送り込んでいる。日本市場への大きな期待感が氏の胸の内に秘められているのであろうか。
「米国も日本も流通にそれほどの違いがあるとは思えません。どちらの国でも問題が出たこともありません」
最後に投げかけた日本の流通へのコメントに対し、シネガル氏はこう応えてくれた。
ジム・シネガル氏の経営戦略は、ビジネス・スクールの難解な教科書から生み出されたものではない。
顧客と働く仲間達の利益、これら二つの目標を、徹底した節約で実現させているだけにすぎないのだ。誰にでもできそうな簡単なことに思えるが、それがコストコにしかできない神業だとしたら、その鍵は、節約家で他人への思いやりが深いジム・シネガルの人間的特質が社内で受け継がれているからとしか言いようがない。