PERSON

2023.03.02

70歳目前! “世界の三國清三”の新たな挑戦。「燃え尽きたと思えるその日まで、料理人であり続けたい」

50年に及ぶ料理人人生を振り返った自伝、『三流シェフ』が大きな話題を呼んでいる三國清三。日本フランス料理界を牽引してきた巨匠は2022年12月末、37年にわたって愛されてきた「オテル・ドゥ・ミクニ」をクローズ。70歳を目前とした今、新たな夢に向かって第一歩を踏み出した。情熱を胸に、前に進み続ける三國の生き様とは? インタビュー後編。#前編

三國清三シェフ

人が住んでいるからこそ「貸してほしい」と声をかけた

28歳から1年8ヵ月勤めた「ビストロ・サカナザ」を辞した後、三國は自分がオーナーとなって店を開くことを決心。物件を探しに、東京・四谷の住宅街を不動産会社の担当と共に歩き回った。その時目を奪われたのが、木々に囲まれた1軒の洋館だった。

「忘れもしない、年末の仕事納めの時期でした。いろいろ見たけれど気に入る物件がなく、不動産会社の担当者からは『今日はもうあきらめて、年が明けたらまた仕切り直しましょう』と言われて。そんな時、洋館が目に入って、『これだ!』とピンときちゃった。しかも、明かりがついている。『これはラッキー』と思って呼び鈴を押そうとしたら、その営業マンが慌てて止めるの、『えっ、人がいますよ』って」

人がいる。つまり、その洋館は空き物件でもなければ賃貸の募集をしているわけではないということだ。普通に考えれば、住人に「フランス料理店をやりたいから貸してほしい」などと申し出るのは、非常識極まりないことだろう。そう指摘すると、三國は、「人がいるからこそ交渉ができるんだもの、僕の行動はちっともおかしくないと思うんだけど」と笑う。

「みんな常識に縛られ過ぎている気がします。『こんなことをしたら相手に失礼だ』とか、『怒らせてしまうに違いない』って、自分で自分に歯止めをかけてしまうというか。札幌グランドホテルの厨房に潜んで青木さんにいきなり声をかけたことも、アポなしでジラルデを訪ねたことも、普通は非常識な行動なのかもしれません。でも、その時そうしなければ、今の僕はなかった。だから時には常識を疑い、思い切って行動してもいいんじゃないかな。ダメなら次に行けばいいんだから」

三國の突飛な行動に、家の主は驚きつつも「おもしろいヤツだ」と関心を抱いてくれ、見事、洋館を借りることに成功。1985年、三國が30歳の時に「オテル・ドゥ・ミクニ」がオープンする。

進化し続けなければ衰退してしまう

あれから37年、2022年12月末にクローズするまで、「オテル・ドゥ・ミクニ」は日本を代表するフランス料理店として愛され続けてきた。長きに渡ってグラン・メゾンとして頂点に君臨し続けた理由を「進化し続けてきたから」と三國は分析する。

「現代フレンチは10年単位で新たな波が生まれます。それに乗れず停滞していては、やがて飽きられ、衰退してしまう。自分らしさは守りながらも新しいことを取り入れていかなければ、ここまで続かなかったと思います」

三國らしさとは、フランス伝統料理を完璧に理解したうえで、素材本来の魅力を大切に、味噌や醤油、米なども活用するなど、日本人ならではの哲学やメソッドを効かせた「ジャポニゼ」。それは、アラン・シャペルから言われた「セ・パラフィネ(洗練されていない)」の答えとして、三國がもがき苦しみながら見つけたものだ。それをベースに、今、世の中で何が求められているかを毎朝情報番組からキャッチし、パリやニューヨーク、ロンドンの料理人仲間から得たトレンドも意識しながら料理を進化させてきた。

「要は変わる勇気があるかどうかでしょうね。新たな波が来た時の人の反応は、拒否して突っぱねるか、一度飲み込んで自分のものにするかの二通り。後者は自分を失うリスクもあるから怖いんです。でも、波を避けてしまったら、それ以上前には進めなくなってしまう。子供の頃、オヤジと漁に出た時によく言われたんですよ。『大波が来た時に、避けようとして舵を切ってしまうと、船体の横に波を受けて流される。でも、真正面から向かっていけば波は乗り越えられる』って。それと同じです」

経営者としても、三國はこれまで幾多もの“超えられそうにない波”を乗り越えてきた。バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災など、日本全体の景気が落ち込んだ時期も、売上は一時低迷したもののV字回復を果たした。

時には、自ら波に向かって飛び込んでいったこともある。その代表例が、当時高級レストランがほとんどなかった丸の内での「ミクニ・マルノウチ」のオープンだろう。

「多くの高級店が『オフィス街に開いても成功するはずはない』と二の足を踏んでいたけれど、だからこそ僕のチャレンジ精神に火がついちゃった(笑)。失敗したら自分の名前に傷がつく? そんなこと、まったく考えなかったですね。『成功させればいいんだから』って」

立地に合わせ、朝食・ランチ・ティータイム・ディナー、そして残業後に利用できるナイトミールという“5ミールズ”を掲げたコンセプトは大いに話題となる。

「故郷に帰った時、昔なじみのご近所さんに言われたのが『お父さんは山師だったから』。それを聞いた時ゾッとしたけれど、きっとその血を受け継いでいるんでしょうね(笑)」

人生は楽しんだ者勝ち

2020年春、緊急事態宣言が出され、多くの飲食店と同様に「オテル・ドゥ・ミクニ」も2ヵ月間の休業を余儀なくされた。ケータリングや物販で凌いだ飲食店もあったものの、店のコンセプトゆえにそれは難しい。

「2ヵ月間店を閉めたけれど、あんなに休んだのは生まれて初めて。休むことに慣れていないから、どうしても動かずにはいられなくて」

そこで新たに始めたのがYouTubeだ。近所のスーパーで手に入る食材を使い、素人でも簡単にでき、しかも三國流のエスプリが効いたレシピ動画を、ほぼ毎日アップ。サイトは瞬く間に評判になり、現在登録者は40万人を超えるほどに。とくに20代~30代の登録者が目立つという。

「フレンチになじんでくれたからか、若い世代が店にたくさん来てくれるようになったんですよ。若い顧客の開拓は長年の課題だったけど、まさかYouTubeが解決策になるとはね(笑)」

このエピソードをはじめ、どんな苦労話も三國は実に楽しそうに笑顔で語る。料理人になってから何が一番大変で、苦労したかと問うと、「これまで努力はしてきたけれど苦労はなかった」という答えが返ってきたほどだ。

「傍からどう見えたとしても、自分が苦労だと思わなければ、それは苦労じゃない。辛そうな顔をしていても、楽しそうな顔でいても、1日は同じ1日。だったら笑っていた方がずっといいと思いませんか? 人生は楽しんだ者勝ちですよ」

2024年秋、70歳を目途に「オテル・ドゥ・ミクニ」跡地にカウンター8席のみ、ひとりで切り盛りするレストランを開く三國。それは長年温め続けてきたものの、「現世では無理だから来世で」と思ってきた念願の夢だ。

「2ヵ月店を閉めざるを得なくなった時、人生は何が起こるかわからないなとしみじみ感じました。来世なんてあるかどうかもわからないんだから、やりたいことがあるなら、今挑戦しないとね」

現在はそれに向け、体重を落として身体をつくり直し、フランス語を一から学ぶために語学学校に通っているという。「のんびりと過ごす」という言葉は、きっと三國の辞書にはないのだろう。

「燃え尽きたと思えるその日まで、僕は料理人であり続けたい。70代の星になるべく(笑)、少なくとも80歳までは鍋を振るい続けますよ」

▶︎▶︎前編「フレンチの巨匠・三國清三の人生の突破術。『呼び捨てにしてくれるのは、もう3人しかいない』」

三國清三/Kiyomi Mikuni
1954年北海道増毛町生まれ。中学卒業後、札幌グランドホテル、帝国ホテルで修行し、駐スイス日本大使館ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部料理長に就任。名だたる三ツ星で腕を磨き、1985年、オテル・ドゥ・ミクニを開店。2015年、日本人初となる仏レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ受章。世界各地でミクニ・フェスティバルを開催するなど、国際的に活躍。2013年、フランソワ・ラブレー大学より名誉博士号を授与される。2020年にYouTubeチャンネル「オテル・ドゥ・ミクニ」をスタートし、登録者数40万人を超える人気チャンネルに。子どもの食育活動やスローフード推進などにも尽力している。

三國清三シェフの著書『三流シェフ』

『三流シェフ』
¥1,650 幻冬舎
料理人人生50年を超えた三國シェフが、“鍋磨き”を皮切りに、滾る情熱と知恵、時に型破りな手法で切り拓いてきた半生。「何者でもなかった」少年が、もがきながら“世界のミクニ”へと昇り詰める軌跡に、心が震える。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=片桐史郎(TROLLEY)

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