「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、GMOインターネットグループ代表の熊谷正寿氏の想いに迫る。【特集 アート2023】
GMO熊谷正寿がアートもビジネスも“世界一”にこだわる理由
英国を代表する現代アーティスト、ジュリアン・オピー。その作品をGMOインターネットグループ代表の熊谷正寿氏は92点所有、世界で一番オピー作品を持つコレクターだ。
「アートのない人生は無味乾燥。人は常に美しいものとともにありたいと願います。そして何を美しいと感じるかは人それぞれ。私にとっては『整然としたもの』こそ美なのです」
3つのLEDにカモメ、竹、鯉がランダムに表示されるオピーの作品(トップの写真)を前にそう話す熊谷氏。その言葉どおり、この応接室は作品と家具以外に余計なものはなく、整然と整えられている。
「この部屋を実際にオピーさんに見ていただき、ここに合ったものをつくっていただきました。こだわってつくった空間に、尊敬する芸術家がインスパイアを受けて創作してくれる、こんなに嬉しいことはありません」
最小限の点と線で描かれるオピーの作品は、走る人、流れる景色などさまざまな表現をつくり上げる。シンプルながらも無限の可能性を創出し続けるそのスタイルに熊谷氏は、ビジネスの理想も重ね合わせている。
「最初はオピー以外の作品も含め惹かれるものをいくつか購入していました。けれどある時気がついたのです。このままでは一番にはなれない、ルーブル美術館を超えられないと。
私はパートナー(GMOインターネットグループでは従業員のことをこう呼ぶ)に、常に『一番になれ』と言い続けています。売上や利益でということではなく、一番いいサービスを開発して、一番いいものを提供しなさいと言ってきました。けれどそう言っている自分がアートに対してだけはいきあたりばったりだった。そのことに気がついてからは一番好きだと思えるアーティスト一本に絞ってオピーを集めることを決めたのです」
以来、コツコツと集めていくうちに、「気がついたら世界一のオピー・コレクターになれていた」と笑う。
「世界一になってみて気がついたら、オピーさん自身もオフィスにいらしてくださったり、ご家族とも交流を持てるようになりました。アート収集だけではなくどの世界も一番になると、出会いや情報がたくさん入ってくるようになります。誰だってその世界の一番と仕事をしたいと願いますからね。だからどんなジャンルでもひとつに集中し、一番を目指すということは大事なことだと改めて実感しました」
現在所有しているオピーの作品の多くは、オフィスに飾られていて、パートナーや来客の目を楽しませている。
「アートは人生の彩りです。そして私は事業家ですから、自分のためだけにアートに投資をしているわけではありません。ものづくりを仕事とするパートナーたちに、常日頃から本物に触れ本物を感じてもらいたいのです。世界中で評価されているオピーの作品がそばにあれば、美しさ、そして本物とは何かを自然と習得できるはずですから」
そもそも熊谷氏が最初にアートに触れたのは幼少期。父が経営する飲食店に飾られていたアンディ・ウォーホルの『マリリン』だった。
「父も整然としたもの、美しいものが好きでした。きちんとしていて、それが事業の成功にも結びついていた。私もその父の姿に影響を受けたのかもしれません。私が最初に自分で購入したのは、ベルナール・カトランの『アネモネ』という作品のポスター。美しい絵だと強く惹かれたのです。けれど20代でしたし本物なんて手が届きません。1000円のポスターを買い、1500円の額に入れて大事に部屋に飾っていましたよ」
アートの歴史のポイントを手に入れる
こうしてコレクター人生が始まって以来、オピー以外にも、アンディ・ウォーホルやダミアン・ハーストなど、惹かれる作品があれば購入してきた。そして最近購入したのは、バンクシーの作品だという。
「バンクシーはアートの歴史のなかの大きなポイントで、それを所有してみたいと思ったんです。かつてアートは王室の家の壁にかかっているもの、王族しか見ることができない閉鎖的なものでした。やがて大英博物館などができ、美術館で見るものになった。そして次の時代では、ウォーホルが『キャンベルスープの缶』を描いたように、商業的アートが生まれます。コマーシャルに使われ印刷され、お金儲けのツールになりました。このようにアートには閉鎖的なところから、商業化された歴史の流れがあります。
そして生まれたのがバンクシーのようなグラフィティアート。街のなか、誰もが見ることのできる大衆的なものです。同時に破壊行為でもあり、美しくなければ、すぐに消され、あるいは他のグラフィティアートに上書きされてしまう。
今、私が思うアートの最先端は、ユーザーが適正価格をつけることのできるNFT。バンクシーはつまり、私のなかでNFT以前のアートの歴史の、大きなポイントなんです。それを所有するために思い切って投資をしたんですよ」
『風船と少女』を最初に購入、その後2作品を手に入れた。現在は渋谷のGMOデジタル美術館に3点展示され、要予約で誰でも見られるようになっている。
どんな時もアートとともにあった熊谷氏の人生。本物を見続けていくうち、自分自身のものづくりにも変化が起こった。そのひとつが、現在のGMOインターネットグループのロゴのデザインだ。左右対称で均一に文字が配置されたこのロゴの基本デザインが、ふと熊谷氏の頭に思い浮かんだのだという。
「もちろん最終調整はプロのデザイナーさんにしていただいています。けれどこの整然としたデザインを思いついた時、これで会社全体もうまくいくと確信したのです。わかりやすく、整然としたロゴ、それは企業にとって大事なものですから。日々多くのアートを見ていることで、自分のなかで常に考えていることが整理され、明確なデザインになって表れたのではないかと思っているんです」
多くのアートを見て、感じ、所有することで磨き続けてきた審美眼は今、熊谷氏と会社の根本になっているのだ。
熊谷コレクション所蔵作家
バンクシー
ジュリアン・オピー
アンディ・ウォーホル
カート・マーカス
ギィ・レモン
ロバート・インディアナ
ジム・ダイン
ダミアン・ハースト
ロイ・リキテンスタイン
グラハム・バークス
コンラッド・リーチ
イネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・マタディン
松枝悠希
ラマン・ウォリギン
アナ・メルセデス・オヨス
アレックス・カッツ
リサ・ミルロイ
コレクター歴
20年以上
最初に買ったアート
ベルナール・カトラン『アネモネ』のポスター
所有ジュリアン・オピー作品
92点
最近買った作品
バンクシー『花束を投げる暴徒』
GMOインターネットグループ 代表取締役グループ代表 会長兼社長執行役員・CEO
熊谷正寿/Masatoshi Kumagai
1963年長野県生まれ。1991年ボイスメディア(現GMOインターネットグループ)設立。「すべての人にインターネット」を合言葉に、現在は上場企業10社を含むグループ110社を率いる。