コロナ禍は多くの経営者にとって自らのビジネスについて考えさせられる契機となった。関東、関西、東海エリアを中心に写真スタジオ56店舗を運営するキャラットの代表取締役社長を務める佐野隆之氏もそのひとり。「自分が社長として、会社をどうしたいのか」という疑問を自分自身に投げかけた。そして2022年を会社の飛躍の年にするべく、ユニクロ、楽天、日清食品など錚々たる大企業のブランディングを手がけるクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏に、自社のロゴ、コーポレートスローガン、パーパスを始めとするCIのリニューアルを依頼した。【後編はこちら】
僕らの日常は佐藤可士和が作りだしたものに囲まれている
佐藤 そもそもなぜ僕に依頼してくださったんですか?
佐野 「ゲーテ」の可士和さん特集(2021年3月号)をきっかけに、国立新美術館の「佐藤可士和展」を見に行ったんですが、とにかく感銘を受けました。圧倒的なロゴや作品の迫力はもちろん、セブン‐イレブンもユニクロもすべてが僕の日常の中にあるもの。クルマにガソリンを入れにいけば「Tカードをお持ちですか?」と聞かれる。僕は可士和さんが作りだしたものに囲まれて生きているんだな、と。
僕はオーナー企業としてキャラットを28年間経営してきましたが、2022年はパブリックカンパニーへと成長していく起点となる年にしようと思っていました。そのためには自分自身の考えや気持ちを整理し、企業としての方向性を決める必要がある。けれど言葉にするほど簡単ではない。誰か相談できる相手がほしいと思った時、その相手は可士和さんしかいない!と勝手に思ったんです。でもそもそもハードルが高い(笑)。そこでゲーテ編集部の方に相談し、ご紹介いただいたわけです。
佐藤 CIが決まるまで、佐野さんと僕で10回くらいOne on Oneを行いましたね。
佐野 最初は可士和さんの事務所・SAMURAIのドアを開けるのが、とても憂鬱だったのを覚えています。
佐藤 え、どうしてですか(笑)
佐野 初回のOne on Oneで「佐野さんは会社をどうしたいんですか?」と聞かれた時、僕自身の考えや気持ちが整理されていないから、ちゃんとした答えになっていないことがわかっていたし、うまい言葉が出てこなかったんです。もちろん「いいところを見せよう」なんて気持ちは封印し、素直に心のままを話そうとは思っていました。でも僕が話した言葉が、芯を食っていないなと自分で感じるのと、可士和さんにもそれを見透かされているような感じがして、辛くて……。
佐藤 「どういうことがやりたいんですか?」という質問は、どんな方にも必ず聞きますし、最終的にはそこが鍵になるんですが、人間というのは僕も含めて、そんなことを突然聞かれても淀みなく話せる人はなかなかいないですよ。だから最初は「どういう思いで起業したんですか?」とか、その周辺から聞いていったと思うんですね。
決して誘導はせず、頭の中が整理されるのを待ってくれた
佐野 はい。そこが可士和さんのすごいところで、お会いする前は優秀なクリエイターの方だから「あなたってこうなんでしょ?」と、誘導されるんじゃないかと思っていたんです。自分の方に引き寄せた方が、正直楽じゃないですか。でも可士和さんはじっと待ってくれるし、僕の言葉が詰まった時は「こんなケースもありましたよ」とか「こんな話も聞いたことがありましたよ」と少し話をずらして、僕の気分を楽にしてくれたんです。ただ、僕が発した言葉が「答え」じゃないと、決して前に進まないんだというのが回を追うごとにわかっていきました。
佐藤 意識下に潜んでいる想いを、意識の上にだす作業は難しくて苦しい作業ですよね。佐野さんは、何回目ぐらいから考えがまとまってきましたか?
佐野 可士和さんと話し続けることで、3回目、4回目ぐらいから徐々に整理ができるようになりました。
経営でのゴールは業績とか数字だと示しやすいんです。でも「あなたは何がしたいの?」という問いかけに、正直自分の中に強いビジョンがなかった。けれど、自分の仕事や会社のサービスには絶対的な魅力があるからこそ、ここまで打ち込めているはずだ、と。でもそれが何か?と聞かれるとしんどい。でもそれを乗り越えないと前に進めない、という焦る気持ちがありました。
佐藤 印象的だったのは、佐野さんはOne on Oneの後に必ず、今日話した内容やそこで生まれた疑問をものすごくきちんと文章に起こしていたことです。
佐野 最初は凄まじい長文を書いていましたよ(笑)。でもあれが僕の整理の過程だったんでしょうね。回を追って考えがまとまるにつれ、書くことが少なくなっていって、会社の進む方向性が決まったOne on Oneの後は、書くことがなくなったんです。
佐藤 いやあ、それは嬉しい言葉ですね。
クリエイティブディレクター/SAMURAI代表
佐藤可士和
1965年東京都生まれ。博報堂から2000年に独立し、「SAMURAI」を設立。「ファーストリテイリング」「楽天」「セブン-イレブン」「日清食品」「HONDA」など、名だたる企業のブランドコミュニケーション戦略、ロゴデザインなどを手がけている。2021年には国立新美術館にて『佐藤可士和展』を開催した。
キャラット 代表取締役社長
佐野隆之
1969年奈良県生まれ。1994年CARATT創業。20年以上のフォトスタジオ運営で培ったノウハウをもとに、撮影現場のスタイリングや小物や着物のレンタルサービスも提供。全国に写真スタジオを56店舗運営。