コロナ禍は多くの経営者にとって自らのビジネスについて考えさせられる契機となった。関東、関西、東海エリアを中心に写真スタジオ56店舗を運営するキャラットの代表取締役社長を務める佐野隆之氏もそのひとり。「自分が社長として、会社をどうしたいのか」という疑問を自分自身に投げかけた。そして2022年を会社の飛躍の年にするべく、ユニクロ、楽天、日清食品など錚々たる大企業のブランディングを手がけるクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏に、自社のロゴ、コーポレートスローガン、パーパスを始めとするCIのリニューアルを依頼した。【前編はこちら】
写真“だけ”から写真“でも”のキャラットになった
佐野 可士和さんとのOne on Oneは、頭の中の絡まった糸がほぐれていく感覚でした。僕は写真という事業の中でどうすれば成長していけるかをずっと悩んでいたのですが、可士和さんがある会話のなかで、「写真“でも”いいんじゃない」と言ったんです。その言葉を聞いた時、心がふっと軽くなって。あ、写真“だけ”で成長しなきゃいけないわけじゃなく、他の仕事でもいいし、写真“でも”成長していくんだ、と目の前が開けたんです。
佐藤 ああ、その言葉が聞けるのはなんだか嬉しいな。企業が次のステージへと進むための分かれ道に立った瞬間ですね。
佐野 そうです。写真“だけ”のキャラットが、写真“でも”のキャラットになった。今までやってきたことを否定せず、未来はそれにとらわれる必要はないということを、可士和さんが導きだしてくれた。
佐藤 ブランディングは企業が成長し、さらによい状態になるために行う作業。佐野さんの口から写真にこだわる、こだわらないをずっと聞きながら、僕はどちらの道も間違っていないと思いました。でもそこが大きな分かれ道で、写真以外の道を取り入れた方がビジネスの可能性は広がるとは思っていたんです。
けれど佐野さんにそのイメージがないのに、僕が決めるわけにはいかない。なので佐野さんから「写真でもいい」という言葉で心が軽くなったと言われた時、僕の中でも写真以外の可能性を視野にいれて考えていいんだなと確認ができたわけです。
「写真には記録以上の価値がある」
佐野 そこが最初のターニングポイントでしたね。キャラットの新しいコーポレートスローガンは「あたらしい自分に会おう。」、そしてパーパスが「心はずむ体験を通して、人生を彩り、社会を幸せにするコミュニケーションを創造します。」というものです。
このパーパスがなかなか難しかった。最初の方から“心はずむ体験”という言葉はありました。それに付随して“エンターテインメント”という言葉が出てきたんですが、僕はその言葉って誰かが誰かのために提供するものと感じたんです。でもキャラットでは一方通行ではなく、人と社会、人と人がつながっていくような関係を提供したい。その時間や場所を提供したい。そこが、この仕事のやりがいだと思ったんです。
家族で写真を撮って「楽しかったね」で終わらず、「楽しかったからまた撮ろうね」とか「おじいちゃんに見せに行こうね」と写真をきっかけに会話やアクションが起きる。写真には記録以上の価値があるんだ。そういうサービスを提供できたら、と自分の気持ちが整理できたんです。
けれどエンターテインメントに代わる概念、ワードが出せず、停滞した時期がありました。
佐藤 一瞬、エンターテインメントでいいんじゃないか?とまとまりそうになったけど、佐野さんが「うーん」と唸っていた。かなりのディスカッションを重ねた末のエンターテインメントという言葉だからそんなにずれていないはず。でもプロミスを作っている時に、コミュニケーションという言葉が出てきて、そうだ、これを5つあるプロミスの先頭に持っていこうとなった時、佐野さんと僕の考えがバシッとハマった。エンターテインメントではなく、コミュニケーションだ、と。僕にとっては、それが最高にクリエイティブな瞬間でした。
佐野 いやあ、気持ちよかったですね。
佐藤 言葉って文章の中にあるものだけど、僕の中でそれはデザイン。概念のデザインなんです。
佐野 僕も“コミュニケーションを創造する”という言葉で、自分の仕事を誇らしく人に伝えられるようになりました。
佐藤 そこがクリエイティブの醍醐味なんですよね。もともとある一般的なワードが、パーパスに組み入れられ、プロミスの1番目にくることで、その企業を示す言葉になったんです。
佐野 今はCIが整ったことで話す言葉にブレがなくなった。僕自身が一番すっきりしています。
佐藤 新しい企業ロゴは、CARATTの子音であるC、R、Tを落ち着いたネイビーにすることで、読みやすく、かつ認識しやすくしています。全部を色違いにすると読みにくいし、頭文字に黄色を使うと弱くて目に入らない。人はロゴを見ているようで、実は読んでいるんです。数え切れないほどのカラーパターンを作り、これは弱い、これは読めないとSAMURAIのなかでも協議を繰り返し、今の配色に辿り着きました。
AとTの文字は人をかたどっていて、2つあるTはくっつけて人と人が手を繋いでいるデザインにしています。それはキャラットが人と人とのつながりを大切にする会社だからなんです。
佐野 CIを一新し、自分たちの軸を整理したことで、いろいろなビジョンが目の前に見えてきました。今あるサービスにもっとITやテクノロジーの力も取り入れ、進化を恐れず事業の幅を広げいきたいです。
クリエイティブディレクター/SAMURAI代表
佐藤可士和
1965年東京都生まれ。博報堂から2000年に独立し、「SAMURAI」を設立。「ファーストリテイリング」「楽天」「セブン-イレブン」「日清食品」「HONDA」など、名だたる企業のブランドコミュニケーション戦略、ロゴデザインなどを手がけている。
キャラット 代表取締役社長
佐野隆之
1969年奈良県生まれ。1994年CARATT創業。20年以上のフォトスタジオ運営で培ったノウハウをもとに、撮影現場のスタイリングや小物や着物のレンタルサービスも提供。全国に写真スタジオを56店舗運営。