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2021.02.14

【柳井 正×佐藤可士和 対談】世界一を目指すユニクロのクリエイティブの裏側

ニューヨークにユニクロが世界初のグローバル旗艦店をオープンしたのは2006年。そこからの快進撃の陰には、最初に出会ってから15年間毎週早朝から始まる、ふたりのOne to Oneの時間があった。対談前編をご覧ください。

ユニクロ×佐藤可士和

「可士和さん、ユニクロの世界戦略をやってもらえませんか?」

初対面でファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏が発した言葉がすべての始まりだったーー。

柳井 そもそも僕はクリエイターという職業を信用していないんです。名乗っている人の95%にはクリエイトする力がない。つまり自分でものがつくれない人が多い。そんな僕に、ある知人が「佐藤可士和というクリエイターがいるので、ぜひ会ってみてくれ」と言ってきた。でも僕はずっと断っていたんです。そうしたら、その人が「NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組で、可士和さんが取り上げられるから見てくれ」と重ねて言うもんで、じゃあと見たところ「おお、これはすごい」と。

佐藤 放送されてすぐにアポイントの連絡をいただきましたね。番組の放送が2006年の1月31日で、顔合わせが実現したのが、忘れもしない2月17日。あの柳井さんが、わざわざ西麻布(当時)にある僕のオフィスまで来てくださいました。僕は、声には出しませんでしたが「わ! 本物の柳井 正だ!」という驚きでした(笑)。

柳井 今はどういうものをつくっているんですか? と聞いたら、ドコモの携帯電話「FOMA N702iD」を見せてくれた。そのデザインの完成度と(ボタンや画面に使われる)素晴らしいフォントを見た瞬間、可士和さんはクリエイターとして本物だと思ったのを覚えています。ちょうどその1週間ぐらい前に、ニューヨークのソーホーに1200坪の物件を契約したばかりでした。さあ、誰かいいクリエイターと組んで、世界最初の旗艦店をオープンさせなきゃいけないと考えていて。それを念頭においたうえで会いに行ったんです。

佐藤 正直、柳井さんから会いたいというご連絡をいただいて、嬉しい反面、戸惑いもありました。ユニクロの日本国内のコマーシャルを頼まれるのかなあ。でも、広告だけでは現状の課題を解決できないだろう。いい結果が出せないのではないかと、ちょっと腰が引けていました。そうしたらニューヨークのソーホーのグローバル旗艦店、つくれますか? じゃあ、ユニクロのグローバルブランド戦略はやってくれますか? と、あまりにも予想外のご依頼でした。

ユニクロ ソーホー ニューヨーク店

【ユニクロ ソーホー ニューヨーク店】世界初のグローバル旗艦店をニューヨークのソーホーに出店。店舗デザインは、ロンドン、パリ オペラ店とともにWonderwallの片山正通氏が担当。

ユニクロの世界戦略が、可士和とユニクロの転換期

柳井 可士和さん、あの時わりとすんなりOKしてくれましたよね。あとで“しまった!”と思ったはずでしょうけど(笑)。

佐藤 思い切り悦子(SAMURAIのマネージャーで佐藤の妻)にビックリされましたよ。スケジュールを考えて受けたの? と。

柳井 なにせその年の暮にオープンですから。あまりにも時間がない。でも僕はたぶん引き受けてくれるだろうと思いました。なぜなら日本代表として、ニューヨークに行き、ユニクロ初の世界最大店舗をつくるって、クリエイターとしたらなかなかないチャンスですよね。でも実際はどう思いました?

佐藤 いやあ、まず僕の手がけた携帯電話を見て、世界戦略のクリエイティブディレクションをご依頼くださったことに痺れましたよ。ソーホーの話を聞いて「すごいですね、ユニクロはそんなことやるんですか? いいと思います。やりましょう!」と言ったら「オープンは年内です」と(笑)。しかも柳井さん、携帯電話を持たない方なのに、その場でFOMAの赤のモデルを「これ、買いますから」と購入手配をして帰っていきましたよね。

柳井 いまだに携帯は持ちません。だからコレクションとして買いました。今、可士和さんのサインを入れてオークションに出したら高値がつくかな(笑)。実際に可士和さんとの仕事がスタートして思ったのが、可士和さんは整理ができる人だということ。このブランドの強みは何か、弱みは何か。世界でポジションを取るためには、何をやったらいいのかということを、きっちり整理してくれる。クリエイターは、こういう風に理解力がある人じゃないとダメ。そしてクリエイター自身にも、いいクライアントが必要です。なぜならクライアントがいろんな質問をして、それに答える。その切磋琢磨のなかでいい仕事が生まれてくるのですから。自分で言うのもなんですが、可士和さんとユニクロは、いいクリエイターとクライアントであったのではないかなと思うんです。そしてユニクロの世界戦略が、可士和さんとユニクロの転換期でもあったと思います。

佐藤 仕事を始めるタイミング自体が奇跡でした。テレビ番組が放送され、その後お会いして仕事が始まり、ニューヨークのお店がオープン。柳井さんとお会いするのが1ヵ月でも遅かったら絶対に無理な仕事でした。

柳井 オープンが間に合ったのも奇跡ですよね。最後まで工事をやっていたから、みんな埃(ほこり)まみれでした(笑)。

佐藤 お店がオープンする3秒前まで、棚にセーターを並べていましたからね。その時からもう15年経ちましたか。

柳井 そうですね。可士和さんは俯瞰する目と、細部に入っていく目と手を持っている人であり、クリエイティブディレクターのなかでも、美大を出ていてアートディレクター出身なので、カッコいいことが好きですよね。我々のビジネスは、ある意味どちらがカッコいいか、その競争です。人が服を着ることには、その人自身を表現する意味もあるから、服のポジションはとても大切。我々のブランディングは服のポジションを確立するという作業です。

佐藤 そういったことを考えるために、柳井さんとは15年間欠かさず、毎週早朝から始まる30分のOne to Oneのミーティングを重ねてきました。そこからUT、ビックロ、ユニクロパークなどのアイデアが山のように生まれた。また対話を通してわかったのは、柳井さんは「服とは何か」という本質をものすごく深いレベルで考え続けていること。そして、社会に対してユニクロは何をするべきなのかを経営者として考える姿勢。そういうことを、むしろこちらが15年間勉強させてもらっている気持ちです。

柳井 そう言ってくれるのなら、僕も可士和さんからクライアント料をもらいたいぐらい(笑)。

佐藤 お支払いします(笑)。

UT STORE HARAJUKU

【UT STORE HARAJUKU】ユニクロがT シャツ専門店として’07年にオープンしたフラッグシップショップ。店舗デザインは窪田茂氏。店舗プロデュースは入川秀人氏。

柳井 正氏は新たな一面を引き出す名手

柳井 そもそも経営とクリエイティブは一緒じゃないとダメ。僕もクリエイティブとは何かを、可士和さんから勉強させてもらっていますよ。考えてみたら、マネジメントとクリエイティブは同じようなものですよね。

佐藤 確かにそうですね。僕は何度も柳井さんが大きな判断をされるところを横で見せていただいたし、進んでいた案件を「いや、こっちのほうがいい」のひと言で大胆に方向変換させるのも見せていただいた。でもそこには必ずブレがなく、ダイナミックで、スピーディー。そして何よりよい結果が出るんです。柳井さんに言われて特に印象的だったのが、’07年11月のロンドン店オープニングの時のことです。いきなり「今までは全部デザインしてもらっていたけど、明日から自分で手を動かすのはいっさいやめてください」って言われて。それまで2年間くらいは、ロゴをはじめ、フォントのデザインからパッケージ、紙袋、レシート等のアプリケーション、そして立ち上げの広告キャンペーンまで、ほとんどの部分をSAMURAIでデザインしていました。

柳井 ふふふ。

佐藤 「もっと本格的にプロデュースしてもらわないと、業務量が爆発的に増えるから」と。確かにそれはそうだけど、少しは僕がデザインしたほうがいいんじゃないですか? と言ったら「ダメ」って。

柳井 あはは。

佐藤 なんでですか? と聞いたら「触ると目が鈍るから」と。正直、うまく人をプロデュースして柳井さんが納得できるクオリティまで持っていけるか自信がなかったんですが、やったら意外と向いていて。実際、自分が触らないとものすごくドライに判断できることがわかったんです。これ、僕が柳井さんに引きだしてもらった新たな一面でした。「ダメ」っていう言葉で(笑)。

柳井 僕と可士和さんが組んだら、今は世界中の才能が使える。「うちと組んで何かやりませんか?」と聞いたら、ほとんどの人や会社は応えてくれるはず。もちろん、僕自身は相手にもウィンになる提案しかしませんし、一緒に仕事をしたらウィンウィンの関係になれる相手にしか声はかけないと思います。

ファーストリテイリング コーポレートアイデンティティ

【ファーストリテイリング コーポレートアイデンティティ】’06年9月に誕生。これからも革新し、挑戦していく意味を込め、色は「赤」、シンボルは「フラッグ」。ラインは3つのステートメントを表す。

佐藤 柳井さんの提案はいつもすごくはっきりしていますよね。うちはこうしたいし、あなたのところはこうなる。本当にシンプルだから、お互いのウィンウィンがわかります。そして柳井さんは口にしたことを確実に実行されていく。ニューヨークにグローバル旗艦店をオープンするところからお手伝いし、ロンドン、パリ、上海、そして東京に戻す。世界中の一番いい所に店をつくるのを5年ぐらいかけてやるから、しばらくやってくださいと言われ、そのとおりになった。最初にお会いした時から「世界一を目指す」とおっしゃっていて、ついに最近それが見えてきて、僕は本当にすごいなと思っています。

柳井 売上も4000億円だったのが、今や約2兆円になったからね。でもコロナがきたから、2020年はマイナスです。一方、世界がリセットされるなかで、ファーストリテイリングの会社の仕組みや服に対する考え方、店、全部いいポジションにきていると思っています。積み重ねてきたものがようやく理解され、皆さん原点に戻り「自分の生活とは何か」「会社で仕事をする意味とは何か」など、いろいろなことを考えると思います。コロナと共存し、対峙しながら生きていく。僕もどういう世界に向かうのかと考えています。

佐藤 今、ユニクロが掲げている“LifeWear”という概念も、5年くらい柳井さんと話し合いながらまとめましたね。「ユニクロはファッションじゃない、スポーツじゃない、ただのカジュアルウェアじゃないんです」とおっしゃるから「じゃあ、なんですか?」「だからそれを可士和さんが考えるんですよ」と(笑)。「例えばなんですか?」「だから可士和さんが考えるんですよ」と、その繰り返し。

柳井 あはは。

佐藤 まるで禅問答ですよ。でも答えが出ないことを延々考え続けていれば出るということも経験できました。

柳井 ひとつの言葉で伝えられない限り、人の記憶には残りません。我々が“LifeWear”という言葉をつくったことで、それがユニクロのブランド哲学として、あらゆる形で表現していけるようになった。

佐藤 そうですね。概念に言葉という形を与えることで、初めてコミュニケーションが可能になり、“LifeWear”というビジョンを構築していこうと方針が定まりました。

 

Tadashi Yanai

Tadashi Yanai
1949年山口県生まれ。’72年小郡商事(現ファーストリテイリング)に入社。’84年ユニクロの第1号店を広島市に出店。国内816、海外1490(2020年12月末時点)の店舗を展開する。

TEXT=今井 恵

PHOTOGRAPH=操上和美

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