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2025.12.24

ビリギャル先生・坪田信貴、“元・中受の神”が中学受験に関わらない理由

受験業界、そして子を持つ親たちに衝撃を与えた“ビリギャル”から12年。坪田信貴先生が塾長を務める「坪田塾」には今なお多くの生徒が成績アップを求めて集まってくるが、実は坪田塾では中学受験コースを設定していない。まさに今渦中にいる方も多いであろう“中学受験”について、坪田先生の考えを聞いた。5回連載の最終回。【その他の記事はこちら】

ビリギャル先生・坪田信貴、“元・中受の神”が中学受験に関わらない理由
iStock.com ※写真はイメージ

坪田塾は中学受験をやらない、それが答え

近年加熱している中学受験。首都圏の受験率は約18%にもおよび、5.5人にひとりは中学受験をしているのが現状だ。特に東京都内ではクラスの半数が受験するという区もあるほど。今まさに受験をすべきかと悩む、小学生の親御さんも多いだろう。

坪田塾の生徒は中学生・高校生が対象だが、まさに受験教育の現場にいる坪田先生は、この現状をどう見ているのだろうか?

「最初に言いたいのは、中学受験という道を選択し、がんばっているお子さんと親御さんは応援したいと思っています。でも坪田塾は中学受験をやってない。それが答えです」

事業という側面で言えば、一番利益が上がるのは中学受験だという。

「教育事業は長ければ長い方がいい。高校2年の夏から1年授業料をいただくよりも、小学3年生から、今ならそれこそ1年生からという塾もありますから、6年間続けていただくということは、事業としては確実で儲かるシステムなんです」

実は坪田先生もかつては、中学受験の指導も行っていた。

「坪田塾の前にサラリーマンとして講師をしていた時代は、中学受験もやっていたんです。合格実績も高くて、医学部合格者日本一の愛知・東海中学や開成、灘に何人も合格させました。自分で言うのも何ですが、“中受の神”と言われていた時期もあったんです(笑)」

そんな実績がありながら、今は中学受験に関わらないと宣言する理由、それは「長いスパンで見れば、子供も親も結局誰もが不幸になる」からだと言う。

「中学受験は、本当に“親の受験”なんです。面談でお子さんと親御さんに志望校などを聞きますが、親御さんが必ず言うのは『本人がやりたいって言ったんです』という言葉。100%の親御さんが言われます。でもまだまだ遊ぶのが楽しい4年生が、自分が好きなことをすっぱりあきらめて、いきなり受験勉強を自ら宣言するでしょうか。

親の出身校を目指せと言われてきたかもしれないし、行かせたい中学の見学に親が連れて行って、制服がかわいいとか設備がいいとか情報をインプットすることもある。そして、子どもがその学校に興味を持ち始めて塾に行くとなれば、塾代も月10万円以上、有名塾だと夏期講習などを入れれば年間200万円を軽く超える塾も多いですから、お父さんに費用を出してもらうためのお願いをしなくてはならないかもしれない。『やると決めたなら、最後まで頑張れ』なんてお父さんに言われたら、『やっぱり、や~めた!』なんて子どもは言えないですよね。

上下関係もでき、どんどん外堀を埋めてもう逃げられない状態にして『子どもが受けたいって言ったんです』とスタートする。それはもう、洗脳と言ってもいいんじゃないでしょうか」

坪田信貴
坪田信貴/Nobutaka Tsubota
教育者、経営者。これまでに1300人以上を「子別指導」し、心理学を用いた学習指導により、偏差値を短期間で急激に上げることに定評がある。上場企業の社員研修や管理職研修なども含め、全国の講演会に呼ばれ、15万人以上の人が参加している。テレビやラジオでも活躍中。第49回新風賞受賞。著書に、120万部突破のミリオンセラー『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(ビリギャル)がある。

自分の意志以前に存在する、親の期待と受験システム

費用だけではなく、塾に通い出せば基本毎日の送り迎えもあり、塾で食べる夕食や夜食などのお弁当も必要だ。そのために仕事を辞めるお母さんもいるという。それだけ時間もお金もかけ、生活も受験中心になれば、親にしてみれば絶対に希望の中学に入ってもらわなければという気持ちになってしまうのは必然のことだろう。

「子どもだって、嫌になることは当然ありますよね。でも親からは『あなたがやりたいって言ったんでしょ』とか、『最後までやると言ったじゃないのか』なんて言われてしまう。もちろん親は叱咤激励のつもりなわけですが、子どもにとってそれは本当につらい。

高校・大学受験では本人の意志や希望を明確にすることはまだ可能ですが、小学生はやっぱり自分ではまだ判断できないことも多い年齢です。だからこそ、過酷な受験システムに自分の意志以前にのみこまれてしまうことが、本当に危険だと僕は思ってしまうんです」

とはいえ、小さいうちに計算力や集中力がつく、あるいは目標を持って達成する力がつくなど、中学受験に挑戦する良さを主張する意見もある。

「もちろん、そういういい面もあるとは思いますが、自分が中学受験を指導していた経験からは、それ以上に、これから一生続く親や周りの人との人間的な関係性に悪影響が大きすぎるのではないかと感じています。だからすごく心配になるし、教育に携わる者として僕は好きではないんです」

特殊な環境下に子どもを置くリスクを考えるべき

小学校に通うお子さんがいれば、親同士でも家庭内でも必ず話題になる中学受験。もともと興味がなくても、ありとあらゆる情報が親の耳に入ってきてしまう。

「でも中学受験が過熱していると言っても、客観的に見れば世界で中学受験をしているのは、関東の一都三県と近畿の二府一県ぐらいですよね。日本全体どころか、世界的に見ても圧倒的に特殊な環境なんです。それを“普通”だと思ってしまうところは、やっぱり疑問に感じます。

小学生に夢を聞くと、なかには『○○中学に入るのが夢』だと話す子もいます。それを聞くと、もう唖然としてしまう。長い人生のなかで、そんな日本の特殊な環境におけるピンポイントなものを夢だと思ってしまうのは、やっぱりちょっと怖いなと思うんですよね。

仕事において単純作業はAIに代替されていくと言われている時代に、中学受験のように、計算が早くできる、たくさん暗記できるという能力を磨くのが、貴重な子ども時代に一番大事なことなのでしょうか。しかも、その能力はAIのほうが圧倒的に高いわけです。AIと人間の大きな違いは、さまざまなことを直に感じることができる五感であり、夢や希望を自ら持てるということです。だからこそ、一次情報や実際に見て感じる体験が大事になる。

そんななかで、特に五感を養うべき小学校時代の大半を、机での勉強に割いてしまうことのリスクを、もう少し真剣に考えてみるべきではないでしょうか」

【その他の記事はこちら】

TEXT=牛丸由紀子

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