ビリギャルでは偏差値を40上げて慶應大学に現役合格させ、さまざまな困難を持つ子どもと親御さんを想像もしないような未来へと導いてきた坪田塾塾長・坪田信貴先生。そんな先生も教育者として大きな失敗をしたことがあるという。新刊『勝手な夢を押しつける親を憎む優等生と、東大は無理とバカにされた学年ビリが、現役合格した話』のなかでも印象的なエピソードの元となった、坪田先生が実際に体験し、教育者としての大きな変化となった出来事について教えてもらった。5回連載の4回目。【その他の記事はこちら】

教育者としての自分を変えた致命的な失敗
中学受験で失敗し進学した高校でやる気が出ない、親のプレッシャーに反発して勉強を放棄する……。さまざまな挫折や問題を抱えた生徒たちに、受験を通して自分で道を切り拓く力をつけるための子別指導を行い、多くの実績を残してきた坪田信貴先生。そんな先生にも、過去に大きな挫折があったという。それが2025年12月に発売となった新刊でも描かれた、高校3年生で九九からはじめた健太がいきなり良い点数をとったことで起こった「健太のカンニング事件」だ。
高校3年生でありながら九九からはじめたほどのレベルだった健太が、初めて受けた入試の過去問テストでいきなり良い点数をとる。過去のデータから考えれば、どう考えてもおかしいと、講師である遥先生はカンニングをしたと判断してしまう。その判断が健太を傷つけ、積み上げてきた信頼関係が一気に崩壊してしまうエピソードだ。
「これは、かつて僕が実際に経験した実話なんです」
それは坪田先生が講師になって3年程経った時のこと、何人もの子どもたちを有名高校・大学に送り出し、講師として確実な成績を出している最中の出来事だった。
「講師の常識として、過去のデータは必ず分析していました。だからこそ、いくら最近伸びてきているといっても、今までの傾向からすればこんな点を取るのは不可能。となると、導く結論はカンニングしかないと判断してしまった。受験の後、合格通知を持ってきた彼に「謝ってください」と言われて、即座に土下座をして謝りました。

教育者、経営者。これまでに1300人以上を「子別指導」し、心理学を用いた学習指導により、偏差値を短期間で急激に上げることに定評がある。上場企業の社員研修や管理職研修なども含め、全国の講演会に呼ばれ、15万人以上の人が参加している。テレビやラジオでも活躍中。第49回新風賞受賞。著書に、120万部突破のミリオンセラー『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(ビリギャル)がある。
僕は神様なんかじゃない
それまではデータを分析し心理学も応用して、いわゆる学問的なノウハウを投入したことで生徒たちを導くことができた。しかし目の前の人間そのものをしっかり見るという大切なことが抜け落ち、過去のデータと講師としての経験値だけで下した判断は、致命的な失敗に。この出来事が、教育者としての考えを大きく変えたという。
「明らかにこれまでの自分への驕りがあったと思います。この事件で、自分は神様なんかじゃないと気づかされました。何の判断もできない。今までは、単にわかった気になっていただけ。模試の分析をしてここが足りない、こうした方がいいと言っても、それはすごく傲慢だし神目線になっているんだと気がついたんです。
ならばむしろ、この子が今どう考えているかをちゃんと聞くべきだと考えを改めました。模試の結果も、先生が問題点を指摘する前に、必ず子ども本人に結果をどう思ったのかを聞き、自ら分析できるようにしたんです」
塾だけではなく、そんなジャッジは学校や家庭でも起こっていると坪田先生は危惧する。
「例えば、進路指導で子どもが芸能人になりたいと言うと、先生とか親御さんはきっと『芸能人なんて本当に大変だぞ。よく考えなさい』なんて言いますよね。でも、先生や親御さんは芸能人のことをそんなによく知っているのでしょうか? 我々大人は大して知らない事なのに、神様のように簡単にジャッジしてしまっている。
また『このままだと、ダメになるぞ』『これはあなたのためよ』なんていう言葉もつい言っちゃいますよね。それこそ完全に神目線になって、勝手に未来予知しているようなもの(笑)。単なる経験則から発言しているだけです。まさにかつての僕自身が陥っていたことと同じだと思うんです」
必要なのはジャッジではなく、仲間として伴走すること
ただこの事件は同時に、人間はとてつもない能力を持つのだという気づきでもあった。
「可能性があるかないかではなく、“やり方次第”なんだとわかったんです。自分の今までの経験や過去のデータなどで判断せず、それよりもまず、目の前にいる子は自身が望む方向に行くことができる人かもしれない、そう考えるようにしました。
可能性があるかどうかは、正直僕にはわからない。でもこの子が望む方向があるのなら、一緒に歩んでいこうと。もし世界一になりたいと思っている子がいたとして、僕には彼が世界一になれるかどうかの判断なんてできないし、する必要もない。それより『あなたがそう思うなら、僕は一緒に伴走するよ』という感じですね」
子どもは子どもであって、別の人間だと尊重すること。そして一緒に伴走し、困った時には手を差し伸べること。坪田先生がその経験から得た教訓は、親も取り入れるべき考え方のひとつなのかもしれない。

