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2022.03.19

【星野佳路・後編】子育てに必要なのは「名門校の中退を認める勇気」──連載「イノベーターの子育て論」Vol.2

日本のビジネス界やエンタメ界を牽引するイノベータ―たちがいかにして育ち、自身の子をふくめた次の世代の才能を育てているのか、その“子育て論”に迫る本連載。第2回目はリゾートホテル運営の達人と呼ばれる星野リゾート代表・星野佳路氏の子育て論・後編。ホテル経営のプロも悩み抜いた子育て。息子が20歳になった今、たどり着いたひとつの結論は「子供を庇護から解き放つタイミングの見極め」。そこに至った背景とは一体。 【前編はこちら

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納得できない教育論を前に、息子と心が通じた瞬間

星野氏の子育てにおける最初の試練は中学受験だった。多忙な妻に代わり、毎朝息子を起こして、登校前に漢字を教えたという。その努力の甲斐あって、第一志望だった、名門の中高一貫校に合格した。

「厳しい受験を乗り越えて入った学校ですが、ある日、彼と細かいことで言い合っていた時『この学校は面白くない。毎日がつまらない』と言い出したんです。これはまずいと思いました。つまらないと感じる環境では何も学べないし、何も得るものがないですから」

息子の言葉を真摯に受け止め、叱るのではなく、自分自身を反省した。

「この学校に入れたのは、親のエゴだったのかと思い始めました。正直言って、受験のために勉強ではかなり無理をさせましたから。でも、本人が好きにならない限り、何も動かないんだと。無理矢理やらせても続かないし、実りがない。それを私自身、彼の姿から学んだんです。今だったら、きっと受験はさせていないと思います」

そうは言いつつも、せっかく入った学校だし、おいそれとは変えられない。そうこうするうち、再び学校から呼び出されたという。部屋に入ると先生が3人横並びで座り、その机の上には息子が白紙で出した、音楽のテストの答案用紙が置かれていた。

「有名なクラシック音楽を聞き、そこに浮かんだ情景を記述するという問題でした。『なんで白紙なんだ。なんでもいいから書けばいいじゃないか』と、先生の前で怒ったところ、彼は『曲と情景がセットになっていて、それを授業で教えられた。その情景を書かないと、どうせゼロ点になる。だから書かなかった』と言うんです。

私は『そんなバカな教育があるか! べートーヴェンの名曲だって、べートーヴェン自身に聞かないとどんな情景かなんてわからない。曲と情景をセットにするなんてありえない』と、彼と大げんかになりました。すると、先生方は特に弁明することもなく、我々の喧嘩の仲裁に入ったんです。その顔を見たとき、息子が言っていることは正しいと思いました」

息子が「つまらない」と言っていた理由がよく分かった瞬間だった。「この学校にいても仕方ない。辞めるか」。これが、親のエゴでも世間体でもなく、星野氏が息子のために導き出した答えだった。

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「人口が減少し、日本経済が低迷している今だからこそ、世界を視野に生きていける人間に育てたい」と星野氏。

彼が選んだのは、のどかな田舎の学校での寮生活

環境を変えたかったのか、幼いながらに日本の教育に失望したのか、息子からは「海外の学校に行きたい」という希望を告げられた。星野さんはいくつかの国と高校を一緒に周って見学し、最終的に合格したなかから本人に進学する学校を選ばせたという。

「息子が選んだのは、生徒の半数以上が寮生活で、授業も選択制のド田舎の学校です。彼は英語が不得意だったので、自分で学年を落とし、クラスも下の方を選択していました」

長期の休みになると帰国し、久しぶりに会う息子。成長の兆しが見えつつも、その口から発せられるのは、自らが選んだ高校への不満だった。

「最初のうちは帰国するたびに『最悪な学校だ』とか『メシがまずい』と文句を言っていたんですが、それを否定せず『それはひどいな。じゃあ辞めて帰ってくるか』というと、だんだん学校を擁護するような発言をしだすんです。もしそこで、『高い授業料を払っていい学校に行かせてるんだから』と言ってしまっては、天邪鬼の息子相手にはダメだったでしょうね」

そうして4年間通った高校の卒業式は、残念ながらコロナ渦のために、オンラインでの出席となったが、クラスに溶け込んでいる息子の姿を見ただけで、いい仲間たちと過ごした月日だったのだと悟ったという。

「感動的でしたね。結局、自分で選ばせたことが、息子にはよい方法だったんだと思います。今でも正直、息子のことを信頼はしていません。でも、自分で選ばせて責任を取らせる。そして親もその覚悟を決める。思えば中学、高校、大学を含めた10年間は、子供にとってとても大事な時期です。その時期に、好きなことを自分で選ばせ、やらせないと、何にも身にならない。将来いいことがあるからって、無理やりさせてもしょうがないんです。いかに子供が自分で納得できる時間の使い方をするか、それを私は一番重視しています」

厳しい時代に生き残るのは“好きなことを突き詰めた”人間

新型コロナウイルスが与えた打撃は人の身体へのダメージだけではなく、世界各国で経済不況や深刻な労働不足を招いている。またコロナ以前から人の働き方が変わり始め、AIが人間の仕事を担うことも大幅に増えた。そんな変動の時代を生き抜く人材となるために、必要なこととは何だろうか。

「ダイバーシティの時代なので、どの企業もテストで何点取ったかなんてまったく気にしないし、むしろ他人にはない能力をいかに身につけるかにかかっています。自分の個性を磨く=自分の好きなことを突き詰めることなので、子育てでは好きなことを探させて、それをサポートする。それが世界で通用し、食べていける人間をつくることにつながるのではないでしょうか。
とくに日本は人口が減少し、過去20年間で経済的な存在感が低下しましたが、これからますます下がるでしょう。その将来を見据えて、国内だけでなく、世界で生きていけることを目指していきたいですね」

Yoshiharu Hoshino
1960年長野県生まれ。’83年慶應義塾大学卒業後、米コーネル大学ホテル経営大学院修士課程終了。’91年星野温泉(現・星野リゾート)社長(現・代表)就任。「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO」「BEB」の5ブランドを中心に、国内外に56カ所の施設を運営。

【前編はこちら

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連載
イノベーターの子育て論

ニューノーマル時代をむかえ、価値観の大転換が起きている今。時代の流れをよみ、革新的なビジネスを生み出してきたイノベーターたちは、次世代の才能を育てることについてどう考えているのか!? 日本のビジネス界やエンタメ界を牽引する者たちの"子育て論"に迫る。

TEXT=今井 恵

PHOTOGRAPH=杉村 航

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