インテリアはいつから“アート”になったのか? 今後価値を高めていくインテリアとは? クリスティーズ ジャパンの山口桂社長とともに、その歴史と現在の潮流をひもとく。【特集 アートな家具】

クリスティーズのオークションで分かった、アートな家具の現在地
2009年にクリスティーズのオークションにて出品された建築家アイリーン・グレイの「ドラゴン・チェア」。落札争いの末、最終的な価格は現在の日本円価格にしておよそ35億。世界でもっとも高値で取引されたチェアとして、今もその記録は抜かれていない。
インテリアの高額な取引は、存命デザイナーの作品においても見られ、その世界最高価格はマーク・ニューソンの「ロッキード・ラウンジ」。2006年にサザビーズのオークションにて約1億3千万円で、2015年にフィリップスのオークションにて約4億6千万円で落札された。
ただ座るためだけの道具に人はそこまで熱狂はしない。そこに家具以上の価値を人々は見いだしている。
「古くは、古代エジプトから家具を装飾するという文化は見受けられます。それだけ人々は家具に芸術性を求めてきたのでしょう。モダンデザインの家具がオークションに出品されたのは1970年代が最初、’90年代には現在人気の高いチャールズ・イームズ、ジャン・プルーヴェなどが出品され始め、クリスティーズではその頃に『デザイン』というカテゴリーで、インテリアを多く扱うようになりました」
そう語るのは、世界最大のオークションハウス、クリスティーズの日本支社で代表を務めるの山口桂氏。前述したような高額なインテリアの取引が、近年この「デザイン」カテゴリーで行われている理由を次のように分析する。
「ファインアートのコレクターが過去10年ほどでインテリアに興味を持ち、参入してきたことが大きいです。ブロンズや石といった素材で制作されたインテリアはアートとデザインの境界線をまたいでいるようで、アートコレクターの興味を引くのでしょう。またアートの場合、落札価格が高額で、その価格帯に慣れている人からすればインテリアは比較的安価に感じるのかもしれません。そんなところもマーケットが伸びている理由だと思います」
現在アート市場では、モダンコンテンポラリーアートが活況で、そのコレクターたちは自分が所有する作品と同時代のインテリアを求める傾向にあるのだという。
「ですから、インテリアも近代の作家のものが根強い人気です。ジャン・プルーヴェや、ジャコメッティ兄弟(兄が彫刻家のアルベルト・ジャコメッティ、弟が彫刻家でありデザイナーのディエゴ・ジャコメッティ)に加えて、フランス人アーティスト、クロード・ラランヌとフランソワ=グザヴィエ・ラランヌの彫刻的な作品、ティファニースタジオのランプや窓、ミッドセンチュリーの斬新な家具を制作したフランス人デザイナーのジャン・ロワイエなどに高い需要があります」
例えばプルーヴェはʼ90年代では10万円台での落札もあったが、近年は数千万から数億円にものぼることも。このように価値を今後高めていけるインテリアにはどんなものがあるのか。
「今現在、価格が上がっているのは先ほど挙げた近代の作家のもので、近い将来、この傾向が変わることはないのではという印象です。アートでは、コンテンポラリーをお好きな方でも、興味が広がると必ず少し前の時代の作品をお求めになります。リヒターなどの作品を集めながら、ピカソも欲しくなる、といったことですね。インテリアもこれと同じ傾向にあるでしょう。先ほど挙げた作家たちの作品の人気はさらに高まっていくでしょう」
現在すでに、人気が高く作家の作品が今後さらに価値を高めていくとなれば、オークションに出回る数も限られてくる。そもそもどんなタイミングで、インテリアの出品は見こめるのだろうか。
「オークションではどのカテゴリーでも、どんなコレクターがどれだけ長く愛して所有していたのか、来歴が大事になります。アート的価値があり、長く愛されてきたものが出品されるのはまれなことで、コレクターの方が亡くなったり、離婚や経済状況の悪化などで手放さなければならなくなったという場合に、やっと機会が巡ってくるという感じでしょうか。
オークション界では、作品が世に出る時は、Death(死)、Divorce(離婚)、Debt(借金)の『3D』と呼ばれていますが、そのような不幸でもない限り手放したくないほど愛されるものにこそ、より大きな価値は生まれるのでしょう。『〇〇コレクション』といったコレクター名のついたオークションを見つけたらチェックしてみてください」
現在「デザイン」カテゴリーへの入札は、主にヨーロッパ、北米、中東からでアジアからはあまり多くないという。アジア圏がこの価値に気づけば、さらに入手困難になることは間違いない。長く愛したいアートなインテリアと出合うことができたのならば、購入を迷っている暇はない。
クリスティーズ・オークション高額落札の椅子 ベスト3
No.1 約35億円|アイリーン・グレイ「ドラゴン・チェア」
20世紀前半から中盤にかけてフランスで活躍したアイルランド出身で女性建築家の1917〜1919年頃の作品。ドラゴンを模した装飾的なアームレストが特徴的で、ファッションデザイナー、イヴ・サン=ローランが所有していたこともある。2009年のクリスティーズのオークションにて激しい落札争いの末、2,190万ユーロ(約35億円)で落札。当初最大300万ユーロ(約4億7千万円)の落札予想価格を大きく上回った。

No.2 約4億6千万円|エミール=ジャック・ルールマン「マハラジャ」
アール・デコの時代に活躍したフランスのインテリアデザイナー、エミール=ジャック・ルールマンによる1929年作の可動式シェーズ・ロング。インドのマハラジャ王、継承順位第2位の副皇太子が通う学生寮のためにデザインされた家具のなかのひとつといわれており、このチェアに関して現存しているのはこの1脚のみ。2011年のクリスティーズのオークションにて286万5千ユーロ(約4億6千万円)で落札された。

No.3 約4億6千万円|マーク・ニューソン「ロッキード・ラウンジ」
繊維強化プラスチックとアルミ板を素材に、オーストラリアのアルミ職人によってハンドメイドで制作。1986年の作品で当時は日本でもインテリアショップのイデーにおいて180万円程度で販売に。その後マーク・ニューソンが世界的デザイナーになったことで、価格が跳ね上がり、2006年にサザビーズのオークションにて85万ドル(約1億3千万円)で、2015年にフィリップスのオークションにて約243万ポンド(約4億6千万円)で落札。

クリスティーズで人気急上昇の椅子 ベスト3
No.1|ディエゴ・ジャコメッティのチェア
スイスの彫刻家であり、デザイナーでもあるディエゴ・ジャコメッティは数多くのインテリアを制作した。「その細い脚のブロンズの椅子の数々は、特徴的にして機能的。人気の品ですがプライベートセール(オークション会社が売り手と買い手を直接つなぐ取引)で出品が見られることも」(山口氏)
No.2|アイリーン・グレイ「ビベンダムチェア」
アイリーン・グレイの代表作といわれ、タイヤを重ねたようなデザインのチェア(1枚目の写真)。タイヤメーカーのミシュラン社のタイヤのキャラクターがビベンダムと呼ばれていたことから名がついた。「アールデコでも、純粋なモダニズムでもない唯一無二の存在感のあるとても美しい作品で、普遍的な人気があります」(山口氏)
No.3|ジャン・ロワイエのウィングバックチェア
ジャン・ロワイエの代表作である「ポーラーベアソファ」と同じく丸みのあるフォルムのウィングバックチェアが現在人気で、2022年のクリスティーズのオークションでは約20万ドル(約3千万円)で落札された。「ソフトで流れるような、遊び心を感じさせる曲線が美しく予想価格を上回る傾向にあります」(山口氏)
※価格は2025年2月のレートにて表記。
この記事はGOETHE 2025年4月号「総力特集:惚れ惚れする人生の相棒、アートな家具」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら