カラダは究極の資本であり、投資先である。そう断言する堀江貴文氏が、最先端の医療と美容情報を惜しげもなく伝授する本連載。第42回は「がんの免疫療法」。この治療法の名はよく目にするが、内容や進化についてはあまり知られていない分野だ。今回は、慶應義塾大学医学部でがん免疫療法の研究にまい進する籠谷勇紀教授にがん免疫療法の基本から最先端の臨床試験、課題、未来の可能性まで、幅広くお聞きした。

進化している免疫療法で、治せなかったがんも“消える”可能性が出てきた
堀江貴文(以下堀江) がんの免疫療法の基本を教えてください。
籠谷勇紀(以下籠谷) 「がん免疫療法」は免疫細胞にがん細胞を攻撃させる治療法のことです。最近は「免疫」が「身体を守る仕組み」だと知られていますが、がんの発症も抑制していると昔から言われていました。基礎研究の論文が出てきて、動物実験で「腫瘍が小さくなった」など有効性が示されてきたのが1980年代。’90年代からは効果のメカニズムや、「T細胞(後述)がこのように活性化され、遺伝子がこう変化した」という、分子レベルの裏づけがされていき、21世紀に入って科学的な証明がさらに進みました。
特に、マウスで行った実験で「身体の中で生まれてくるがん細胞は身体に備わった免疫で排除されるが、やがてがん細胞は免疫を逃れるさまざまな仕組みを獲得して、発症・診断に至る」ことがわかったんです。この“がん優位”に傾いたバランスを戻すために、外側から介入するのが免疫療法の基礎理論となります。
堀江 免疫細胞って多くの種類がありますが、がん免疫療法で利用するのはなんですか?
籠谷 ひとつはリンパ球の約2割ぐらいを占めるB細胞。特定の抗体、つまり“目印”に結合することで働きを抑えたり、マクロファージやNK細胞に攻撃させます。さまざまな目印に対する抗体が、薬としてがんの治療に使われています。そして、同じリンパ球の一種で残りの大部分を占めるT細胞。これはT細胞受容体(目印を見つけるセンサー)というものを持っていて、がん細胞を直接攻撃できます。がん免疫療法の中心的な細胞で、長期間働くという特徴もあります。
堀江 先生が注目している免疫療法は?
籠谷 私が取り組んでいるのは「免疫細胞療法」です。他の免疫療法との違いは、がんを攻撃できる免疫細胞、特にT細胞を体外で増殖させて患者さんに注入すること。免疫細胞そのものを薬と考える治療法です。
堀江 でも、がんとして育った細胞には、すでに「免疫を逃れる仕組み」があるんですよね?
籠谷 そうです。さらに言えば、がん細胞ももとは自分自身の細胞であって“異物”ではないので、T細胞のセンサーに反応はしません。しかし、がんは細胞内の遺伝子に異常が起きている状態ですから、がん細胞に特有な抗原(=目印)を出していることがある。それをT細胞が“異物”と認識すれば攻撃できることがわかっています。
堀江 T細胞はあらゆるがんを攻撃するんですか?
籠谷 いいえ。T細胞受容体の遺伝子配列は個々のT細胞で違うんです。しかも非常に多彩でさまざまな目印を認識でき、その数を計算した論文によると、少なくとも数億種類くらいのパターンがある。そのため、体内のT細胞でがんを攻撃できるものはごく一部のみ。なので、やみくもにT細胞を増殖させて体内に注射しても、基本的に効果はありません。“がんを攻撃できる”T細胞だけを集めて体内に入れられるかが課題です。
堀江 がん専門の免疫細胞ではないからですね。現在はどんな免疫細胞療法があるんですか?
籠谷 最初に試みたのがTIL(ティル)療法とも言う「腫瘍浸潤リンパ球療法」。手術で切除した皮膚がんの組織を細かく切断して、体外で4〜6週間かけて増殖させて体内に注入します。時間も手間もかかりますが、アメリカでは2024年に皮膚がん(悪性黒色腫)に対する薬として承認されました。
次に発明されたのが「遺伝子改変T細胞療法」。血中に含まれるT細胞を取りだして、がんを攻撃するT細胞を人工的に大量製造し体内に注入します。患者さんのがん周辺から組織を切除しなくていいし、腕から採血して取りだしたT細胞に、狙いたいがんの目印の遺伝子を入れるだけ。自動的にがんを攻撃するT細胞を大量につくることができます。
堀江 遺伝子技術も使うんですね。細胞に遺伝子を運びこむ、ウイルスの性質の利用ですか。
籠谷 はい。CAR(カー)という人工的なT細胞受容体を身体の外で作れる技術も出てきました。もともとT細胞が持っているさまざまな分子をつなぎ合わせて進化させたCAR-T(カーティ)細胞です。がんを発見・攻撃をする装置と言えます。がんの目印を見つけて、攻撃しながら増える。がんが消えるとCAR-T細胞も減るけれど、一部は生き残って監視を続けるという特性があります。
堀江 それは定期的な治療が必要なんですか。
籠谷 CAR-T細胞は“生きた薬”ですので、理論的には1回の注入でがんを消して、かつ再発も抑えてくれます。これまでの標準治療(抗がん剤治療、骨髄移植など)がうまくいかなかった患者さんを対象に臨床試験が行われ、既に複数のCAR-T細胞が、一部の血液がんには薬として承認され、保険適応の標準治療として受けられるようになっています。
ただ、一旦がんが消失した後どうなるかは、長期観察する必要があります。再発についての長期観察では、がんの種類によっては3〜4割の患者さんが「治った」と判断される結果が出ています。非常にいい成績なんですが、コストが課題です。CAR-T細胞は、治療の数週間前に患者さんから採血してつくるので、費用も時間もかかります。
そこで注目されているのが「ユニバーサルCAR-T細胞」。健康な他人の血液からT細胞を採って大量に培養する方法で、1回の採血で100人分のCAR-T細胞がつくれる可能性があります。これを凍結保存していつでも使える状態にすれば大幅なコストダウンにつながりますし、患者さんによる効果のばらつきもありません。ただ、 他人の免疫細胞はそのままでは使えないから、遺伝子の改造が必要になります。課題はありますが、生きている免疫細胞の力の利用で、これまで治せなかったがんが消える可能性は見えてきました。
堀江 期待できますね。免疫療法によるがん予防についても聞きたいので、それは次回に。

籠谷勇紀/Yuki Kagoya
慶應義塾大学医学部先端医科学研究所がん免疫研究部門教授。医学博士。2007年、東京大学医学部卒業。同附属病院血液・腫瘍内科助教を経て、2014年よりカナダのPrincess Margaret Cancer Centreにてがん免疫療法の基礎研究に従事。その後東京大学医学部附属病院などを経て、2023年1月より現職。
堀江貴文/Takafumi Horie
1972年福岡県生まれ。実業家。ロケットエンジン開発や、会員制オンラインサロン運営など、さまざまな分野で活動する。予防医療普及協会理事。著書も多数。本連載をまとめた書籍『金を使うならカラダに使え。』が好評発売中。
連載が書籍化!
ホリエモンと一流医師が本気で考えた健康投資・決定版

老化のリスクを圧倒的に下げる知識・習慣・考え方
¥1,650/幻冬舎
遺伝子レベルで老化の解明が進み、人間の宿命とされていた老いの常識や不便が過去の話となりつつある今。「老化」に徹底抗戦する知識を身につけ、「健康」に時間・意識・お金をそそげば、「何歳までも」働き・遊べるカラダを維持できる! 現代人が知っておくべき健康投資・決定版。
<試し読みしたい方はコチラ↓>
#1/#2/#3/#4/#5