役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。今回は、2025年11月28日公開の映画『ナイトフラワー』を取り上げる。

KEIKO KITAGAWA底知れぬ! 敬服します。
ふたりの幼い子供を育てながら、失踪した夫の残した借金を朝、昼、夜とエンドレスに働いて返している、北川景子さん演じる主人公・夏希。食材が買えなくて、ゴミ捨て場に捨てられた弁当を拾って子供たちに食べさせる。毎日毎日職場で嫌味を言われ、役所に児童手当の相談に行ったら嫌味を言われ、借金取りからも嫌味を言われ。
こんな生活をしていたら、そりゃドラッグの売人にだってなりますよ。苦しくて苦しくてどうしようもないもの。子供が食べたいものを食べさせてあげたいと思うのは普通のことじゃないか。それは決して贅沢ではないだろう。拾ってきた弁当だろうが、“おいしいおいしい”って笑顔で食べる我が子を見たら、何をやってでもこの子らを幸せにしてやりたいって母ちゃんなら思うだろう。それが母ちゃんだろう。
監督は2020年の映画賞を独占した『ミッドナイトスワン』の内田英治さん。社会の主流派から大きく外れた少数派の人の困難さを描いた同作では親にネグレクトされた少女がバレエで生きる力を得ているように、今作でも夏希の娘がバイオリンに才がある設定で芸術が一縷(いちる)の望みとなっている。
演技初挑戦だったという娘役の渡瀬結美さん。すごいよ。彼女の演技は、もう現実か映画の世界かわからなくなりましたよ。バイオリンの発表会を見て救われる夏希。あまりの内容の辛さに、あの夏希の表情がなければ、途中で観るのを脱落していたかもしれない。それぐらいあの夏希の表情、あのワンカットは素晴らしかった。
しかし、貧困に苦しむ孤独な母親に世の中冷たすぎるだろう。そんな夏希に手を差し伸べるのは森田望智さん演じる多摩恵。NHKの朝ドラ『虎に翼』の花江さんはどこへやら。とても同一人物が演じているとは思えない強烈な存在、多摩恵さん。また新しい扉を開かれたようで、観ていてゾクゾクする。
題名は劇中の月下美人を指していると思うのですが、月下美人は1年にひと晩しか咲かない花。その真意を知った衝撃はいまだ醒めずに残っています。
『ナイトフラワー』
幼少期をブラジルで過ごし、帰国子女からの目線で日本社会の歪(いびつ)さを描き続ける『ミッドナイトスワン』の内田英治監督。”真夜中シリーズ”と銘打つ最新作は北川景子がふたりの愛する子供のためにドラッグの売人となり、犯罪に手を染める母の必死さを描く。
2025/日本
監督:内田英治
出演:北川景子、森田望智、佐久間大介(Snow Man)ほか
配給:松竹
2025年11月28日より全国公開
https://movies.shochiku.co.jp/nightflower/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。12月13日よりドラマ『火星の女王』(NHK・BSP4K。全3回)が放送される。2026年は映画『遥かな町へ』など公開作が控えている。

