役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。今回は、2024年9月27日公開の映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』を取り上げる。
清貧な暮らしから違法ビジネスへと堕ちていく母の凄まじい変貌
格差社会を描いた映画のアイコンといえば、トッド・フィリップス監督の『ジョーカー』。ホアキン・フェニックスの狂気は鮮烈で、今秋公開されるレディー・ガガとの続編も楽しみでなりません。ああいう存在は拝金主義とかドラッグの問題とか、都会だからこそリアルに感じ、共感できるものだと思っていましたが……。ジョーカーは中国の美しい茶畑からも生まれていたのです。
今年36歳のグー・シャオガン監督の『西湖畔に生きる』。中国の国茶、龍井(ロンジン)茶の産地、杭州・西湖が舞台です。夫が失踪して十数年、女手ひとつで息子ムーリエンを育ててきたタイホア。朝から晩まで多くの仲間と茶摘みをしている。寮に戻っても、学生のように大部屋で共同生活。恋バナに花を咲かせ、女子会トークでキャッキャッして楽しそう。
茶園主との恋。母親思いの息子。ささやかな夢。小さな幸せを噛み締めるように生きていて、観ていて癒やされます。しかし、あることをきっかけに突如、茶園から追放されてしまう。そんな行き場をなくした彼女に救いの手を差し伸べたのが違法なマルチ商法の企業でした。
ここからは、タイホア役ジアン・チンチンさんの圧巻のパフォーマンス。違法ビジネスと知らずに参加した企業パーティーで、眠っていた欲望が覚醒していく。服も化粧も派手になる一方で、茶畑で毛虫をつまんでいた頃の素朴な部分が粗野というえぐみで現れる。
人に見せてはいけない表情。聞かれてはいけない声。この世のものとは思えない域に達しているようで、もはや救いがないと絶望してしまう。あの茶畑で穏やかに生活していたタイホアはどこへ行ってしまったんだ! たった2時間の映画が永遠に感じてしまう。
この母の変貌に驚き、救おうと決意する息子ですが、母には何も届かないし、何も響かない。このあたりは滝藤が出演させていただいた最新作『若き見知らぬ者たち』と少し重なり合う要素もあります。
『西湖畔に生きる』。題名からまったく想像できない内容に、観終わった後、腰から砕け落ちました。
『西湖畔に生きる』
中国の杭州・西湖の美しい茶畑で茶摘みの仕事をしていた女性が、あるきっかけで違法ビジネスの地獄へと堕ちていく変貌を劇的に描く。仏教の故事で、釈迦の十大弟子のひとりである目連が、地獄に堕ちた母親を救う「目連救母」にヒントを得ているという。
2023/中国
監督:グー・シャオガン
出演:ウー・レイ、ジアン・チンチンほか
配給:ムヴィオラ、面白映画
2024年9月27日より新宿シネマカリテほか全国順次公開
https://www.moviola.jp/seikohan/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2024年10月11日に映画『若き見知らぬ者たち』、12月27日に『私にふさわしいホテル』が公開される。