役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。今回は、2024年8月23日公開の映画『箱男』を取り上げる。
何者にもへつらうな! 先輩たちが素敵すぎる!
現在出演中の連続テレビ小説『虎に翼』では、主演の伊藤沙莉さんほか、若いキャストとともに闘う家庭裁判所の父と呼ばれる人物を演じている滝藤です。現場で最年長になることが多くなったことで、作品への取り組み方、現場での在り方など、考えることの多い昨今。
そんな折、とてつもないエネルギーを放つ60代のパフォーマンスに喝を入れられました。ひとつは、花園神社で行われた新宿梁山泊 第77回公演『おちょこの傘もつメリーポピンズ』。豊川悦司さんが30年ぶりに立った舞台です。小さなテントに観客がひしめき合い、ジメジメと暑いなか、扇風機がブンブンと音を立ててまわり、パトカーがウーウー、救急車がピーポーピーポー。正直、私には物語が難解で理解できません。ただ、圧倒的な熱量、パッションが3時間近くぶっ通しで襲いかかってくる。これぞ唐十郎ワールド!
さらに、理解できないからこそ面白いのだ、とガツンと頭を殴られたのが、今年67歳の石井岳龍監督の『箱男』。生誕100年を迎える安部公房の同名小説の映画化です。
永瀬正敏さん演じる「わたし」は箱をかぶる生活を試したところ、元の日常に戻れなくなる。世の中の風景にまぎれながら、長方形の小窓から世間を覗き、あらゆることを観察し、記録する。そこに、我こそは箱男になりたいと現れるのが浅野忠信さん。このふたりが1m×1mほどの箱をすっぽりかぶって、激しくバトルし合う。世界の永瀬正敏! 世界の浅野忠信ですよ! 私、3回観ましたよ。3回観たけども、全然、意味がわからない。
箱をかぶるとは、自意識を捨てることなのか、日本社会の帰属意識や同調圧力から距離を置くことなのか。SNSで、匿名の人格を持っている現代人への予兆とも見える。ミドルエイジのオヤジたちの闘いが滑稽でもあり、カッコよくもある。考えるな、感じろ! という石井監督の声が聞こえてくるかのようです。27年前、撮影直前に諸事情で中止となり、同じキャストで実現させた今作。大人の本気に痺れた滝藤でした。
『箱男』
小さな箱の中にスッポリと身を隠し、世の中を覗き見ることで自由を得ている「箱男」。安部公房が50年以上も前に、来たるべきSNSでの匿名社会を予見していたと言われる同名小説の映画化。本年度のベルリン国際映画祭でプレミア上映された。
2024/日本
監督:石井岳龍
出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈、佐藤浩市ほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024年8月23日より新宿ピカデリーほか全国公開
https://happinet-phantom.com/hakootoko/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。NHKの連続テレビ小説『虎に翼』に主人公の上司役として出演している。2024年10月11日からは映画『若き見知らぬ者たち』が公開される。