最先端医療を8年以上取材し続けている堀江貴文氏が、現代人が知っておくべき健康投資についてまとめた書籍『金を使うならカラダに使え。 ⽼化のリスクを圧倒的に下げる知識・習慣・考え⽅』が発売された。今回は、この書籍の元となったゲーテの人気連載を振り返り、日本の研究者が挑む、世界最先端の老化研究を紹介! ※過去掲載記事を再編
運動効果が薬で得られる!? 「マイオカイン」研究の最前線
堀江貴文(以下堀江) 運動効果が全身に及ぶ理由は、運動する時に使われる骨格筋が収縮する際、「マイオカイン」というホルモン物質が骨格筋細胞から分泌され、血液などの体液を経由して全身に運ばれる。そして各所に情報が伝わることで身体のさまざまな働きが調節されるから、ということなんですね。
藤井宣晴(以下藤井) そうです。運動した部位だけではなく、別の臓器へ作用して状態を調節したり、筋肉のみならず骨密度の増大を促すなど、多彩なメッセージを送っていると考えられます。他にも免疫機能の亢進やがん発症率の低下、鬱・不安の抑制など、運動の健康効果が全身に及ぶ理由はマイオカインの存在で説明がつくので、これを「マイオカイン仮説」としています。
堀江 骨格筋からマイオカインが分泌されることを証明したのが、藤井先生なんですよね。
藤井 はい。かなり苦労しましたが、骨格筋細胞を培養してシャーレ内で収縮させるという実験に、私の研究室が世界で初めて成功しました。
堀江 シャーレ内の実験だったからこそ、収縮によって分泌されたマイオカインが、骨格筋細胞由来であると証明されたわけですよね。
藤井 そうです。これまでにマイオカインを数十種類発見していて、それぞれ働きが違います。例えば2022年に発見した「RSPO3(R-spondin3)」。これは筋細胞を、疲れにくいマラソンランナータイプに変化させる働きがあることがわかりました。
もうひとつが「PDGF-B(platelet-derived growth factor-B)」。もともとは血液成分の血小板に含まれる成長因子(特定の細胞の増殖や分化を促すタンパク質の総称)として発見されましたが、筋肉にも存在していることがわかりましたし、骨格筋細胞の培養実験で筋量と筋力を増強する作用が確認されています。
“体のエネルギー工場”ミトコンドリアの機能高める薬ができる!?
堀江貴文(以下堀江) ミトコンドリアはどうやってエネルギーを作っているのですか?
阿部高明(以下阿部) いくつか方法があります。食べた糖を分解してピルビン酸に変える「解糖系」ではATPを2個産生し、次にピルビン酸が「TCA回路(サイクル)」(※1)を回して1個産生します。このTCA回路ではNADHと水素が作られ、NADHからは水素が外れて老化や寿命を制御するサーチュインの活性化を行うNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が作られます。
一方水素は「電子伝達系」に入ってATPが34個と大量に作るのに使われます。従来ミトコンドリアはソラマメのような形で描かれていましたが、実際は細長い形で伸びたり縮んだり活発に動いているのが正常です。
堀江 ミトコンドリアの機能が低下する原因は老化ですか?
阿部 はい。実はATPを作る際に酸素が消費され、その一部は細胞のダメージを起こす活性酸素に変換されます。ダメージを受けつつエネルギーを作っている状態です。長い年月この活性酸素に晒されると機能低下が起こりATP不足が生じて病気につながります。
堀江 それはエネルギー不足による病気ということですか。
阿部 はい。代表的な病気は「ミトコンドリア病」です。ATPの不足と活性酸素の酸化ダメージによる細胞死がおきて、脳卒中や心不全、歩行障害や聴力障害など高齢者に起きる病気が子供に発症する難病です。1歳未満で発症することが多く、進行が速く緊急性が高い病気ですが今まで治療薬はありませんでした。逆に言うと、ミトコンドリア病が治る薬は老化を調節できうるということになります。
堀江 ミトコンドリア機能異常による病気の診断はどうするのですか?
阿部 ミトコンドリアは構成するパーツが多いため、その診断は非常に難しく、病院では皮膚や筋肉を手術で採取して調べる“痛い”組織検査が必要でした。最近、小児科や循環器領域では血中の「GDF15」というマーカーが高値だと「ミトコンドリアの状態がよくない」ということがわかってきました。
堀江 AMED(エーメド ※2)の支援でミトコンドリア病治療薬「MA-5」も開発されていますね。
阿部 はい。腎機能が低下した患者さんは貧血になり、その主な原因は血液中に溜まる老廃物だったのですが、一部の物質(インドール酢酸)は僅かながら、貧血を改善しATPを増やすことをたまたま見つけました。インドール酢酸は植物ホルモンなのですが、実は我々の腸の中でも作られているんです。
そこに可能性を感じ、インドール酢酸の構造を化学的に変えてさまざまな化合物を作ってみると、貧血を改善しATPもよく増える薬「MA-5」が見つかったんです。ミトコンドリア病の患者さんの皮膚では100人中95人に効果が見られました。
人間も人工的に冬眠できる時代が来る!?
堀江貴文(以下堀江) 櫻井先生は冬眠状態をつくりだす脳のメカニズムを解明し、人工冬眠の研究を行っています。以前お聞きした、熊やリスなど冬眠をする哺乳類以外も冬眠の機能を持っているという話は衝撃でした。
櫻井武(以下櫻井) 私は身体の睡眠・覚醒システムの研究を行っていて、2020年6月には本来冬眠しないマウスの実験で、脳の視床下部に存在する神経細胞群(Q神経)を興奮させると冬眠状態になることを発表しました。
堀江 人間も人工的に冬眠させることができそうですね。
櫻井 ヒトへの応用となると、まずは救命のため。重症な疾患や救急搬送時の適用です。冬眠の状態になると低体温・低代謝となり、身体が必要とする酸素が非常に少なくなります。例えば大量出血や心肺機能低下のために、生命の維持ができない状態に匹敵する状況でも乗り切ることができるため、一刻を争う事態での“時間稼ぎ”や延命が可能になります。
堀江 事故や災害で救命できる可能性が広がりそうです。
櫻井 近未来のビジョンを語るなら、人工冬眠を誘導できるデバイスや薬剤が、AEDのように救急施設や病院など、あちこちに配置できるといいと思っています。慢性疾患やがんへの応用も考えられます。冬眠状態では悪性腫瘍の増殖が抑えられますから、治療を進める際に時間稼ぎができます。
堀江 冬眠と睡眠の違いとは?
櫻井 睡眠は心身のメンテナンス機能ですが、冬眠はエネルギー節約モードです。例えば体温を30℃に下げると代謝は半分以下になります。酸素や栄養の供給は半分程度で済むし、排泄も少なくなります。身体の組織障害が起こらず、運動をしなくても筋委縮があまり起こりません。全身の機能がスローモーションになるイメージです。
堀江 宇宙旅行には欠かせない技術ですね。
櫻井 NASAもESA(欧州宇宙機関 European Space Agency)もずいぶん前から人工冬眠の研究をしています。2030年代に火星への有人探査を計画しているので。今のロケット技術だと火星までの所要時間は往復で700日。そのための燃料の質量と乗員の酸素と食料、居住空間と筋委縮を防ぐための運動スペースなどを考えると、人工冬眠の技術を使わずに火星に行くのはたぶん無理。
彼らの人工冬眠の考え方は、身体に冷却デバイスをつけて冷やす形ですが、我々哺乳類は恒温性があるので難しいと思います。体温を37℃近辺に調整するヒーターをオンにしながら冷却するようなもので、代謝が十分に下がらず、自律神経系のミスマッチが起こる可能性があります。
堀江 体温の設定変更が必要というわけですか。
櫻井 そうです。“脳をだます”と言っても良いと思いますが、脳が管理している体温設定を下げる必要があります。人工冬眠といえるのは、まさにそこ。脳を操作するんです。