HEALTH

2023.02.08

【堀江貴文】救命、宇宙探査etc. 「人工冬眠」が近未来の医療と生活を変える

カラダは究極の資本であり、投資先である。そう断言する堀江貴文氏が、最先端の医療と美容情報を惜しげもなく伝授する本連載。今回は、堀江氏の新刊である『不老不死の研究』で取り上げたトピックのなかで「最も衝撃的だった」という「人工冬眠」について、研究を続ける筑波大学の櫻井武教授を再び取材。その仕組みや活用法、堀江氏が希望する“カジュアル冬眠”の可能性や問題についてたずねた。連載「金を使うならカラダに使え!」とは……

堀江貴文連載「金を使うならカラダに使え!」vol.17

Illustration=細山田曜

命を救い、宇宙探査も可能にする、注目度急上昇の人工冬眠

堀江貴文(以下堀江) 櫻井先生は冬眠状態をつくりだす脳のメカニズムを解明し、人工冬眠の研究を行っています。以前お聞きした、熊やリスなど冬眠をする哺乳類以外も冬眠の機能を持っているという話は衝撃でした。

櫻井武(以下櫻井) 私は身体の睡眠・覚醒システムの研究を行っていて、2020年6月には本来冬眠しないマウスの実験で、脳の視床下部に存在する神経細胞群(Q神経)を興奮させると冬眠状態になることを発表しました。

堀江 人間も人工的に冬眠させることができそうですね。

櫻井 ヒトへの応用となると、まずは救命のため。重症な疾患や救急搬送時の適用です。冬眠の状態になると低体温・低代謝となり、身体が必要とする酸素が非常に少なくなります。例えば大量出血や心肺機能低下のために、生命の維持ができない状態に匹敵する状況でも乗り切ることができるため、一刻を争う事態での“時間稼ぎ”や延命が可能になります。

堀江 事故や災害で救命できる可能性が広がりそうです。

櫻井 近未来のビジョンを語るなら、人工冬眠を誘導できるデバイスや薬剤が、AEDのように救急施設や病院など、あちこちに配置できるといいと思っています。慢性疾患やがんへの応用も考えられます。冬眠状態では悪性腫瘍の増殖が抑えられますから、治療を進める際に時間稼ぎができます。

堀江 冬眠と睡眠の違いとは?

櫻井 睡眠は心身のメンテナンス機能ですが、冬眠はエネルギー節約モードです。例えば体温を30℃に下げると代謝は半分以下になります。酸素や栄養の供給は半分程度で済むし、排泄も少なくなります。身体の組織障害が起こらず、運動をしなくても筋委縮があまり起こりません。全身の機能がスローモーションになるイメージです。

堀江 宇宙旅行には欠かせない技術ですね。

櫻井 NASAもESA(欧州宇宙機関 European Space Agency)もずいぶん前から人工冬眠の研究をしています。2030年代に火星への有人探査を計画しているので。今のロケット技術だと火星までの所要時間は往復で700日。そのための燃料の質量と乗員の酸素と食料、居住空間と筋委縮を防ぐための運動スペースなどを考えると、人工冬眠の技術を使わずに火星に行くのはたぶん無理。

彼らの人工冬眠の考え方は、身体に冷却デバイスをつけて冷やす形ですが、我々哺乳類は恒温性があるので難しいと思います。体温を37℃近辺に調整するヒーターをオンにしながら冷却するようなもので、代謝が十分に下がらず、自律神経系のミスマッチが起こる可能性があります。

堀江 体温の設定変更が必要というわけですか。

櫻井 そうです。“脳をだます”と言っても良いと思いますが、脳が管理している体温設定を下げる必要があります。人工冬眠といえるのは、まさにそこ。脳を操作するんです。

堀江 人工冬眠は動物への応用もできるんですよね。

櫻井 人間への応用は圧倒的にハードルが高いので、むしろ動物、家畜への応用が早いと思います。まず、動物の輸送時の負担やダメージが軽減できるでしょう。魚への応用では睡眠なのか冬眠なのかまだ判明していませんが、動かなくなり代謝が低下した状態になるので、鮮度を保持した輸送はできそうです。

20年以上続く研究が近未来の医療・生活を変える

堀江 前号で「暇な時にカジュアル冬眠しようかな」と話したんですが、実現するでしょうか。

櫻井 健康なヒトへの応用は、緊急時の医療技術が確立した後になりますが、将来的にはあり得ると思います。ただ、通常の睡眠ではないので、管理システムは必要です。

堀江 想定は何年後くらい?

櫻井 実現には30年以上かかるんじゃないでしょうか。薬剤の開発から製品化まで、平均で20年はかかると考えると。

堀江 創薬は日本でできそうですか。

櫻井 ターゲット分子を同定するまでならできると思いますが、日本の製薬会社はあまり新薬研究に熱心ではないので、開発は海外になるんじゃないかと。薬剤以外なら物理的に脳深部を刺激するという方向もあり得ます。脳に刺激装置とかデバイスを入れるやり方です。薬剤を使う人工冬眠は生命科学の世界、脳にデバイスを埋めこむならエンジニアリングの話になるので、さまざまな分野の医者や研究者の知恵を持ち寄ることになります。

堀江 こういう新しい技術開発を日本で進めにくいのはなぜ?

櫻井 日本は5年後とか、短期間での成果や結果を求める社会なので。ベンチャー企業やベンチャーキャピタルにとって「30年後」というのは受け入れられないんですよね。個々の人間のライフスパンで考えるから長く感じるだけで、30年ってそんなに先じゃない。海外の製薬会社やベンチャー企業は50年先を見据えていますから。

堀江 やりやすさが違いますか。

櫻井 科学って、画期的なパラダイムシフトが起こることがたまにあるんですが、それまでの間って、なかなか進捗しないんです。それでもほんのちょっとの、重箱の隅のようなことがわかることはいくらでもあって、ほとんどの研究者はそれを積み重ねているわけです。

連続的に、時間に応じて進んでいく感じではないから、日本が求めているような5年後の出口を見据えた研究だと、大きなステップアップはなかなか。むしろ芽を摘み取られてしまう感じになりかねません。理論的にできるものは、絶対いつかはできるんです。時間はかかると思いますが、全然、夢ではないんです。

筑波大学医学医療系教授 櫻井武先生

Takeshi Sakurai
1964年東京都生まれ。筑波大学医学医療系教授。同大学「国際統合睡眠医科学研究機構」副機構長。1998年に覚醒を制御するペプチド「オレキシン」を発見、2020年に冬眠状態を誘導する新しい神経回路を同定した。

堀江貴文連載「金を使うならカラダに使え!」 不老不死

Takafumi Horie
1972年福岡県生まれ。実業家。ロケットエンジン開発や、アプリのプロデュース、会員制オンラインサロン「堀江貴文イノベーション大学校(HIU)」運営など、さまざまな分野で活動する。予防医療普及協会理事。新刊『不老不死の研究』(幻冬舎刊)が好評発売中。

■連載「金を使うならカラダに使え!」とは……
カラダは究極の資本であり、投資先である。そう断言する堀江貴文氏が、最先端の医療と美容情報を惜しげもなく伝授する連載。

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過去連載記事

TEXT=海野由利子

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