一度は夢を諦め、ゴルファーを辞めて転職したベン・グリフィンがPGAツアーで優勝し、復活した。グリフィンに学ぶ、飛距離アップに有効な左足の使い方も紹介する。吉田洋一郎コーチによる最新ゴルフレッスン番外編。

挫折を乗り越え、勝利をつかむ
スポーツの世界には早くから才能を発揮する選手もいれば、遅咲きで成果を出す選手もいる。そして、一度は競技から身を引きながらも、再び表舞台に戻ってくる者もいる。どの歩みにも、迷いと決断、そしてドラマがある。
2025年5月25日に最終日を迎えたPGAツアー「チャールズ・シュワブチャレンジ」で優勝を飾ったのは、29歳のベン・グリフィン。彼はかつてPGAツアーの夢を諦め、転職を選んだ過去を持つ。
しかし、再びゴルフへの情熱を取り戻し、復帰後は下部ツアーで結果を残してPGAツアーに昇格し、3年目のシーズンで念願の初優勝を果たした。
実は、2025年4月にアンドリュー・ノヴァクとのコンビでペア戦のチューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオリンズを制している。
そのため、今回の勝利はツアー2勝目ということになる。ただ、ペア戦での勝利であったため、SNSでは「正式な初優勝ではない」といった心ない声もあったという。だが、そうした外野の声すらも力に変え、自らの実力を証明した。
さらに、翌週の高額賞金がかかるシグネチャーイベント「ザ・メモリアルトーナメント」では、スコッティ・シェフラーに次ぐ単独2位に入り、存在感を大きく示した。
最終スコアは4打差の通算6アンダーだったものの、終盤15番でイーグル、16番でバーディーを奪うなど、終盤に首位のシェフラーに迫る展開で会場を沸かせ、世界ランク1位に肉薄する堂々の内容だった。
グリフィンは4月末から出場6試合中、優勝2回、2位1回、メジャーの全米プロゴルフ選手権で8位と好成績をおさめ、フェデックスカップ・ポイントランキングは42位から5位に急上昇した。約1ヵ月間で大躍進を果たし、PGAツアーで最も注目されるホットな選手となった。
苦難を経てPGAツアーの舞台へ
グリフィンの初優勝にいたる道のりは平坦ではなかった。
2008年のリーマンショックの影響で家庭は経済的に困窮し、ボール代にも事欠く時期を経験している。それでもノースカロライナ大学に進学し、オールアメリカンに2度選出されるなど、アマチュアとして輝かしい成績を残した。
プロ転向した2018年にはPGAツアーの3部ツアーにあたるPGAツアー・カナダのスタール・ファウンデーション・オープンで優勝。しかしそれ以降は下部ツアーで思うような結果が出ず、2020年は8試合に出場し、予選通過はわずか2試合で1485ドル(当時の1ドル110円のレートで換算すると約16万円)の賞金しか稼ぐことができなかった。
この結果を受け、グリフィンは過酷な競争と精神的重圧に押しつぶされ、静かにゴルフクラブを置いた。その後、2021年の春から夏にかけて地元のノースカロライナ州の住宅ローングループで融資を担当するローンオフィサーとして新たな生活を始め、競技の世界から完全に距離を置いていた。
しかし、グリフィンの物語はそこで終わらなかった。
家族や地元コミュニティへの恩返しをしたいという想いが彼の心に火をつけ、ゴルフへの情熱が再び燃え上がり、再挑戦を決意。PGAツアー下部のコーンフェリーツアーの予選会(Qスクール)に向けて準備を重ね、2021年11月のQスクールで好成績を収めて翌年の出場資格を獲得した。
2022年のコーンフェリーツアーでは、3回の2位入賞を含む安定したパフォーマンスを見せてポイントランキング8位となり、ついにPGAツアー昇格を果たす。
PGAツアーに昇格した2022-23年シーズンのグリフィンは、サンダーソンファームズ選手権で2位に入るなどトップ10を3回記録し、シード権を獲得。翌シーズンもトップ10入りが5回と着実に結果を残してきた。
弱点がないオールラウンドプレーヤー
グリフィンのプレースタイルは、特定の分野で突出するというよりも、全体的にバランスの取れたプレーが特徴だ。グリフィンのザ・メモリアルトーナメント終了時点のストロークス・ゲインドのスタッツを確認すると、ドライバーショットからパッティングまでの主要なスタッツですべて60位以内と平均以上の数値を示し、突出した部分がない反面、穴のない安定感が際立つ。
こうしたバランスの良さは、グリフィンのプレースタイルを端的に表している。
圧倒的な飛距離や派手なスーパーショットがあるわけではないが、堅実なショートゲームやパッティングと的確なコースマネジメントで確実にスコアをまとめる。そして、グリフィンの強みは数字に表れるものだけでなく、忍耐強いメンタルによってラウンド全体の流れを安定させているという点も見逃せない。
優勝したチャールズ・シュワブチャレンジでは2日目に63を出して以降、マティアス・シュミットと首位争いを繰り広げた。
最終日は1番のイーグル、2番のバーディーでリズムをつかんだものの、それ以降はボギーを出しながらも粘り強くパーを重ねる。後半に入り、13番ホールでボギーを打った後の14番では3.7m、15番では2.5mの難しいパーパットを連続で沈め、悪くなりそうな流れを断ち切った。
最終18番では、クラブのシャフト部分を持たなければいけないほどの前上がりのライから、チップショットを1m以内に寄せる巧みな技を披露。同じ組のシュミットがチップインバーディーを奪ったため、外せばプレーオフとなる1mの下りのスライスラインをしっかり沈め、1打差で勝利をつかんだ。
CS放送のゴルフネットワークでこの試合の解説を4日間担当したが、グリフィンの諦めない粘り強さを見て、今までの苦労がグリフィンのプレースタイルを確立したのだと実感させられた。スーパースタの派手なプレーもいいが、苦労人のサクセスストーリーも味わい深いものだと感じる勝利だった。
地面反力を生かす左足の使い方
グリフィンのドライバーショットでは、フォロースルーで左足が浮いて背中側に一歩ステップするような動きが見られる。
これは2016年にPGAティーチャー・オブ・ザ・イヤーを受賞した著名なゴルフコーチ、マイク・アダムズの指導によるものだ。意図的に地面反力を活用し、飛距離を伸ばすために取り入れた動きだという。
この動きは欧米のロングドライブ(ドラコン)選手にも多く見られる特徴だ。
ただし、この動きは日々の練習とトレーニングに裏打ちされたものなので、アマチュアゴルファーがいきなり形だけを真似すると、バランスを崩して逆効果となる可能性がある。この動きを取り入れるのであれば、練習ドリルを行って順を追って体に動きをインプットさせることが必要だ。
アマチュアゴルファーが取り入れるなら、まず左足のかかとを軸にして、左足つま先を90度ほど回す動作から始めてみるといいだろう。インパクト以降のスムーズな体の回転を助け、無理なく垂直軸の回転を促進できるようになる。
さらに、その動きに慣れてきたら、グリフィンのように一歩背中側に踏み出すステップを行ってみてほしい。地面を踏み、返ってくる力によって左足を浮かせることで、左サイドが伸びて肩が縦回転しやすくなる。
2つの動きを繰り返すことで、垂直軸と肩の縦回転の両方の軸回転を速めることができるようになるだろう。
左足の使い方を工夫することで、地面反力を効率よく活かせるようになり、飛距離アップと高い再現性を実現できるようになる。効率的かつ力強いスイングを身に付けるために、少しずつ左足の扱い方を練習してみてほしい。
左足の使い方を改善して飛距離を伸ばす動画解説はコチラ
◼️吉田洋一郎/Hiroichiro Yoshida
1978年北海道生まれ。ゴルフスイングコンサルタント。世界No.1のゴルフコーチ、デビッド・レッドベター氏を2度にわたって日本へ招聘し、一流のレッスンメソッドを直接学ぶ。『PGAツアー 超一流たちのティーチング革命』など著書多数。