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2026.07.26

ミシュラン3つ星のスターシェフ、ル・プリスティン東京で試みる"NEW ITALIAN"とは

オランダの名店でミシュラン3つ星を獲得し、世界的スターシェフとして知られるセルジオ・ハーマン氏。東京・虎ノ門の「ル・プリスティン東京」で展開する新プロジェクト「イタリアン・リージョン」は、イタリア各州の食文化を日本の食材と融合させる"美食の旅"だ。来日したセルジオ氏に、旅と料理の関係、伝統との向き合い方、そして日本への想いを聞いた。

ホテル虎ノ門ヒルズ 1階 に位置する「ル・プリスティン 東京」のシェフ、セルジオ・ハーマン氏

「料理は旅そのもの」。イタリア各州を巡る新プロジェクトの原点

オランダ最大の農業地帯であるゼーラント。ベルギー国境近くにある小さな町のシーフード料理店にミシュラン3つ星をもたらしたことから、セルジオ・ハーマン氏の伝説は始まった。アジア初出店となった「ル・プリスティン東京」を擁するホテル虎ノ門ヒルズに直結する駅の巨大なデジタルサイネージには、彼の来日に合わせてそのオーラに満ちた姿が映しだされ、行き交う人々が目を向ける。

2026年3月から「ル・プリスティン東京」でスタートした「イタリアン・リージョン」は、セルジオ氏がイタリア各地を旅するなかで出合った伝統的な食文化と日本の食材との融合をテーマとした新たな試みだ。2~3ヵ月ごとに地域を変えながら郷土の魅力を伝える“美食の旅”。

7月からはプーリア、シチリア、サルデーニャの3州にフォーカスを当て、自身のフィルターを通してイタリアと日本、そして祖国への愛を皿上に表現している。イベント開催に合わせて来日したセルジオ氏は「2023年の(ホテル)開業以来、もう10回は日本に来ている」と笑顔を見せながら快くインタビューに応じてくれた。

ホテル虎ノ門ヒルズ 1階 に位置する「ル・プリスティン 東京」のシェフ、セルジオ・ハーマン氏
「ル・プリスティン東京」を監修するセルジオ・ハーマン氏。

まず、今回“イタリア各州”をテーマにした理由について尋ねてみた。

「私にとって料理は、ずっと旅と結びついています。世界中を旅しながら改めて感じたのは、本当に魅力的な料理というのは、その土地の風景や文化、人々の暮らしから生まれているということでした。イタリアはまさにその象徴です。同じ国でありながら、州が変われば景色も食材も価値観も変わる。

そして料理もまったく違う表情を見せてくれます。だから私は“イタリア料理”という大きな括りではなく、一つひとつの州に焦点を当てたいと思いました。地域ごとの物語を掘り下げることで、ゲストにもより深い旅を体験していただけると思ったのです。今の時代、人々は単なる美味しさ以上のものを求めています。私は料理を通して、その土地の空気や記憶まで届けたいと思っています」

さらに、シリーズ構想のきっかけについて「旅の途中で出会った人々の影響が大きいです。私は旅先でレストランよりも市場や港、小さな村を訪れることが多いのですが、そこで出会う生産者や家庭料理を作る人々との時間が、いつも強い印象として残ります。ある時、プーリアで家の前に座ってオレキエッテを作っていたノンナ(おばあさん)に出会いました。特別なレストランではありません。

でも、その手の動きや表情には何十年もの歴史や文化が詰まっていた。その瞬間に、「料理はレシピではなく、人の物語なのだ」と改めて感じたのです。イタリアン・リージョンは、そうした旅のなかで出会った人々へのオマージュでもあります」目を輝かせながら話すセルジオ氏にとって、イタリアンの真なる魅力とはどこにあるのだろうか。

シンプルだからこそ深い。"NEW ITALIAN"に込めた哲学

ホテル虎ノ門ヒルズ 1階 に位置する「ル・プリスティン 東京」のシェフ、セルジオ・ハーマン氏

「シンプルさの力ですね。若い頃は新しい技術や複雑な表現に強く惹かれていました。でもイタリアを旅していると、驚くほどシンプルな料理に心を動かされることがあります。最高のトマトとオリーブオイルだけで忘れられないひと皿になる。その土地の魚をその日に調理するだけで感動が生まれる。そこには料理人のエゴではなく、自然や素材への敬意があります。私は年齢を重ねるにつれて、その美しさをより深く理解するようになりました。そして今の自分の料理も、少しずつその方向へ向かっているように感じています。

どの土地を訪れても、まずそこに在り続ける文化を理解することが大切だと思っています。私は伝統を壊したいとは思っていません。むしろ伝統に深い敬意を持っています。だから郷土料理を再解釈する前に、その料理がなぜ生まれたのか、その土地の人々にとってどんな意味を持つのかを理解しようとします。レシピだけを見ていても本質は見えてきません。大切なのは背景です。その精神を理解したうえで、自分自身の経験や感性を重ねていく。私にとって“NEW ITALIAN”とは、伝統を変えることではなく、その精神を現代に翻訳することなのです」

日本の生産者との出会いが、新たなインスピレーションになる

そして、日本にも同様の魅力があると感じているとも。「ル・プリスティン東京」は、厳選した日本の食材を取り入れているのも特徴のひとつ。

「私は食材そのものよりも、まず人に興味があります。どんな人が育てているのか。どんな想いで海に出ているのか。どんな哲学で畑と向き合っているのか。そうした話を聞くことで、食材が単なる素材ではなくなります。物語を持つ存在になるのです。そして料理人の仕事は、その物語をゲストへ繋ぐことだと思っています。

東京でも素晴らしい生産者の方々と出会っていますが、その出会いはいつも私の創造性を刺激してくれます。次に日本に来たときは、北海道に行ってみたいですね。実はまだ1度も訪れたことがないのです。大自然に育まれた文化や食材を自分の目で見て感じることで、新しい発想が生まれると確信しています」

オランダの小さな町から始まった物語は、海を越え、食を愛する多くのひとを感動させてきた。この“旅”は、実は孤独で時には多くの苦難を伴うこともあるはず。

「私にとって旅と料理はほとんど同じものです。旅とは新しい景色を見ることではなく、新しい視点を得ることだと思っています。料理も同じです。ひと皿を通して、その土地の文化や歴史、人々の価値観を知ることができる。私は子供の頃、オランダ南西部の海辺で育ちました。海の香りや風景は、いまでも私の料理の一部です。

そして旅を重ねるごとに、自分の世界が少しずつ広がっていく。その経験がまた料理になる。だから私にとって料理は、終わりのない旅なのです。東京には、私がいない間でも誇りを持って意思を共有できるチームがいる。それもとてもありがたいことです」

スターシェフの哲学が貫かれた美食の旅へ。その体験は、心の深部に深く長い余韻をもたらしてくれるはずだ。

ホテル虎ノ門ヒルズ 1階 に位置する「ル・プリスティン 東京」のシェフ、セルジオ・ハーマン氏
セルジオ・ハーマン
1970年オランダ・ゼーラント州生まれ。10代の頃、家族で経営していたオランダのスロイスにあるレストラン「アウトスラウス(Oud Sluis)」でシェフとしてのキャリアをスタートさせ、1990年にレストランを引き継ぐまで父親と共に料理へ愛情を注ぐ。その後両親からレストランを受け継ぎ、2006年にはミシュランの3つ星を獲得、「世界のベストレストラン50」に8年間ランクインし続け、オランダの地方都市にあるレストランを頂点へ押し上げた。2013年にOud Sluisを閉じたのち、オランダやベルギーにて多数のレストランを経営し、新たなレストラン・コンセプトの開発に力を注ぎながらゼーラント食材の認知を広める活動も行う。2023年には、自身が監修するアジア初のレストラン「ル・プリスティン東京」をホテル虎ノ門ヒルズ1階にオープンした。

TEXT=小寺慶子

PHOTOGRAPH=田中駿伍

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