ホテル虎ノ門ヒルズ「ル・プリスティン東京」に行けば、イタリアを旅するかのような美食に出会える。2026年3月から始まったイタリア各地の風土と食文化を州ごとに描く美食シリーズ「イタリアン・リージョン」の第2章は、5月・6月限定でトスカーナ州とリグーリア州へ。御シュランスターシェフ、セルジオ・ハーマン氏が描く“旅するような食体験”として生まれた初夏のコースとは。

土地を味わい、文化を食べる。セルジオ・ハーマンが描く“州別イタリア紀行”
ホテル虎ノ門ヒルズの1階に位置する「ル・プリスティン東京」に足を踏み入れると、活気あるオープンキッチンが目に入る。約6mはあろうかという天井高の空間は開放的で、ホテルダイニングならではの高揚感を与えてくれる。一方で、デンマークのレストラン「Noma」のデザインで知られるスペース・コペンハーゲンがインテリアデザインを手がけ、洗練されつつも温かみのある雰囲気が漂い、居心地のよさを感じられるのも大きな魅力といえる。
ここでは、イタリア料理を食べる、のではない。その土地の風土、文化、人の営みまでをひと皿から感じ取る――そんな“旅するような食体験”を東京でかなえてくれる。2026年3月からスタートしたホテル虎ノ門ヒルズ「ル・プリスティン東京」のシリーズ「イタリアン・リージョン」は、ミシュランスターシェフ、セルジオ・ハーマン氏が手がける肝煎り企画。イタリア各地を“州”という単位で捉え、それぞれの土地の個性をひと皿として再構築していく年間シリーズだ。3月・4月の第1章ではラツィオ州とアブルッツォ州をテーマに掲げ、5月・6月の第2章ではトスカーナ州とリグーリア州へと舞台を移す。
このシリーズの面白さは、単なる郷土料理のフェアに終わらないところにある。世界中で親しまれているイタリア料理を、定番メニューとしてではなく、「地域ごとの個性や暮らし、文化とともに味わう“旅するような食体験”として届けたい」という思い。そこから、セルジオ氏は改めてイタリア各地を巡り、生産者の声に耳を傾け、土地の空気や風土に触れ、自ら心を動かされた体験を料理へと昇華させた。さらにそこへ、日本の旬食材と、自身のルーツであるオランダ・ゼーラントの“海”のエッセンスを重ねることで、ここでしか味わえないひと皿へと仕立てたものなのだ。
つまり、「イタリアン・リージョン」とは、土地への敬意を持ってイタリア料理を掘り下げ、セルジオ・ハーマンという料理人の感性を通して、東京の今にふさわしいガストロノミーへと昇華させたもの。
第1章では、ローマ風アーティチョーク、カルボナーラ、羊肉料理といったラツィオ州とアブルッツォ州を象徴する料理を軸に構成。とりわけ「セルジオのカルボナーラ」は、ラツィオ州のグアンチャーレ生産者を訪れた経験から生まれたひと皿で、伝統への敬意を残しながらも魚介やハーブを取り入れ、軽やかな余韻へと着地させた。その土地ならではの食材の背景にある物語とともに料理を味わわせてくれる。そこに、この企画ならではの醍醐味がある。
第2章のテーマは、トスカーナの大地とリグーリアの海
そして5月・6月の第2章は、トスカーナ州とリグーリア州。フィレンツェを中心に丘陵地帯が広がるトスカーナは、“クチーナ・ポーヴェラ”の精神に象徴される土地だ。技巧に頼るのではなく、大地で育った味の濃い野菜や豆、チーズといった身近な食材の力を活かしきる、素朴で力強い郷土料理が根づく。
一方のリグーリアは、チンクエ・テッレに代表される海岸線を擁し、海と山の恵みがせめぎ合う地。香り高いバジル、フレッシュな野菜、魚介、オリーブオイルを多用した、軽やかで香り豊かな地中海料理で知られる。セルジオ氏が今回、この2つの州に見出した共通項は「素材を尊ぶ精神」だという。野菜やハーブを料理の骨格とし、素材の純度と調和を引き出すことで、初夏にふさわしい軽やかなコースをつくりあげた。
コースの冒頭を飾るのは、「ズッキーニのカルパッチョ」。トスカーナを代表する夏野菜ズッキーニを薄くスライスし、アーティチョークのほろ苦さ、ピスタチオのコク、グリーンオリーブの塩味、そしてペコリーノ・トスカーノの奥行きを重ねたひと皿だ。野菜の質感と香りの積み重ねで満足感をつくるひと皿には、今回のテーマがそのまま表れている。トスカーナの素朴さを、ル・プリスティン東京らしい洗練で引き上げたスターターといえる。
アペリティーボには、「オマール海老 アボカド クレーム・クリュ クリスタルキャビア」とグラスシャンパーニュが。コース全体が「旅」をテーマにしているだけに、この幕開けは、まるで出発前の一杯のような役割を果たす。
コースの真ん中に据えられた主役が、「カネロニ ペスト・ジェノヴェーゼ」だ。リグーリアの伝統である、乳鉢で丁寧にすり潰したバジルのソース。その調理法に着想を得て生まれたひと皿であり、セルジオ氏自身が現地で乳鉢と乳棒を作る職人と出会い、手作業でゆっくりとすり潰すことでしか引き出せないバジルの繊細な香りと鮮烈な緑に魅了されたことが背景にあるという。料理が、土地での実感や出会いから生まれている。こうした背景が、ひと皿に奥行きを生む。
皿の構成も秀逸で、香り高いバジル、オリーブオイル、熟成チーズによるソースを核に、リコッタと春野菜を包んだカネロニを重ね、そこへ甘み豊かな手長海老を添える。イタリアの伝統に、セルジオ氏のルーツであるゼーラントの海の記憶をにじませたひと皿であり、ル・プリスティンのフィロソフィーである“NEW ITALIAN”を最も端的に体現している料理といえる。
続く、「スズキのクロッカンテ 貝のナージュ セロリ 茗荷 オリーブオイル」は、リグーリアの海辺の空気を感じさせるひと皿だ。魚介の澄んだ旨みを芯に据えながら、セロリや茗荷が爽やかな香りを添え、オリーブオイルが全体を穏やかにまとめ上げる。
肉料理の前段として供される「インヴォルティーニ」も印象深い。サボイキャベツで黒豚を包み込み、ローズマリーを香らせ、トスカーナを代表する白インゲン豆のクリームを添えたひと品。もともとは家庭料理の系譜にあるメニューだが、ル・プリスティンではそれを素朴なままではなく、上品さと温もりが同居する皿として供する。ラグジュアリーでありながら、どこか人に寄り添うような体温を感じるその親密さは、トスカーナの料理精神そのものだ。
メインは「国産あか牛」。トスカーナで祝いの席に供される牛肉文化に着想を得て、和牛ブレザオラと、伝統的なグリーンソース“サルサヴェルデ”を合わせることで、祝いの食卓の高揚感をひと皿に封じ込めている。さらに、ホワイトアスパラガス、発酵ニンニク、黒胡麻が加わることで、日本の旬や発酵感覚までも感じさせる内容に。ここには、イタリアと日本、二つの食文化の対話が確かにある。
締めくくりは、「レモンのコンフィ」。ベルガモット、松の実のプラリネ、オレンジブロッサム、そしてストラッチャテッラを組み合わせ、リグーリアの柑橘文化を思わせる。地中海の陽光をそのまま甘味に移し替えたような、清々しい余韻が印象的だ。全体を通して軽やかなコースの最後にふさわしい、初夏らしいフィナーレ。
この旅(コース料理)をより立体的にするのが、エグゼクティブ ソムリエ森覚氏によるワインペアリングだ。第2章では、リグーリア州の「エチケッタ グリージャ コッリ ディ ルーニ ヴェルメンティーノ」、トスカーナ州の「ヴェルナッチャ ディ サンジミニャーノ ソラティオ」、そして「モレッリーノ ディ スカンサーノ ポデーレ414」など、各州にゆかりのあるワインを含む6種を用意。料理が土地の表情を描くなら、ワインはその空気を吹き込む存在。香り、余韻、温度感まで含めて、州ごとの個性を体感できる。
背景にある風土や文化まで思いを巡らせた時、食卓は“旅”へと変わる。「イタリアン・リージョン」では、その体験をより深める仕掛けとして、イタリア各州の位置が記されたマップつきリーフレットがひとりずつに用意される。その地に想いを馳せながら美食を体験する格別な時間となることだろう。
2026年3月・4月はラツィオ州&アブルッツォ州、そして5月・6月はトスカーナ州&リグーリア州、またその後、7月・8月・9月はサルデーニャ州&プーリア州&シチリア州、10月・11月はエミリア=ロマーニャ州&トレンティーノ=アルト・アディジェ州、2027年1月・2月はピエモンテ州&ロンバルディア州を予定する。数ヵ月ごとに「ル・プリスティン東京」を訪れて、イタリアへの美食の旅を制覇したい。












