手がけた漫画の発行部数は累計600万部を突破し、作品のほとんどがアニメ化も果たしている人気漫画家であるヒロユキ氏。そんな彼がなんと5000万円もの借金をつくるほどに高級時計の"沼"にどっぷりつかってしまったという。なぜ、そこまでハマってしまったのか。腕時計に魅せられた理由や想いを聞いた。
きっかけは仕事のモチベーションアップのため
『ドージンワーク』や『カノジョも彼女』など、すべての連載作品がアニメ化されてきた売れっ子漫画家であるヒロユキ氏。恋愛をメインテーマとしたコメディ色の強い作品=ラブコメを主に手がけており、可愛い女の子のキャラクターはもちろん、緻密な計算によるコメディ要素と読者を引き込む巧みなストーリーテリングには、根強いファンが多い。
元々そんなに物欲はなく、週刊連載をしていたこともあり、寝ても覚めても家にこもって仕事漬けの日々を送っていたというヒロユキ氏。『アホガール』という作品を週刊少年マガジンで連載していた当時のことを、こう振り返る。
「休みは年に3日くらいでしたね(笑)。朝8時に起きて24時に就寝するまで、ご飯以外はずっと仕事。マガジンは超有名漫画雑誌ですから競争も激しく、そこで連載を続けることのプレッシャーがものすごくて。クオリティが下がる事を恐れて、休むことができませんでした」
漫画家は不安定な職業だ。いつ食いっぱぐれてしまうかわからないという心理も働き、20代のうちから老後のための資産形成を始めていたくらいだという。
そこまで堅実だったヒロユキ氏が今では5000万円もの借金をつくるほど腕時計にのめり込んだのは、“仕事のモチベーションにしたい”という想いがきっかけだった。
約5年続いた連載作品『アホガール』が完結した2017年の冬。次の連載に向けて準備をしたいものの、あの過酷な週刊連載の生活に舞い戻るのかと思うと足がすくんでしまう。だからこそ、自分の背中を後押ししてくれるきっかけがほしい──。そこで白羽の矢を立てたのが腕時計だ。
過去にオメガの「デ・ヴィル」や「スピードマスター」を購入した経験があり、腕時計に対して興味がないわけではなかった。また、時計に関するYouTube動画を視聴したことも少なからず影響があったという。
「その動画では、腕時計の資産性について紹介していたんですよね。購入しても一定の資産価値を保てるのなら、買ってみてもいいのかなと。その軽い気持ちが、結果的にえらいことになってしまいましたけど(笑)」
まず、ヒロユキ氏はロレックスの「コスモグラフ デイトナ」購入を目当てに、ブティック通いをスタートさせた。しかし何度足を運んでも目当ての時計が店舗に並ぶことはなく、行っては帰るの繰り返し。ブティック通いを始めて1年4ヵ月が経った頃、ようやく念願の「コスモグラフ デイトナ」購入にいたった。
「本当に買えるんだと、嬉しかったですね。しばらく毎日腕につけてました。ロレックスはどのモデルも“王道”の風格が漂っているのがすごいところ。それだけの品質や信頼を感じるブランドです」
ロレックスからA. ランゲ&ゾーネ、リシャール・ミルまで“飛び火”
「コスモグラフ デイトナ」購入直後、次の作品である『カノジョも彼女』の連載を開始。しかし、一度本格的に火が付いた腕時計熱は、連載が始まってから収まるどころか高まり続けた。
新たにハマったブランドのひとつが、これまでに5本以上は購入したというA. ランゲ&ゾーネ。特にお気に入りは「オデュッセウス」で、齢を重ねるほどにしっくりきそうなデザインに惹かれたという。
「これ以上、どこも変えるところがないという領域まで完璧に時計をつくり上げる真面目さと美しさが、本当に素晴らしいですね。まさに、“大人の紳士”が身につける時計って感じで。A. ランゲ&ゾーネは、これが似合うカッコいい大人になりたいと思わせてくれます」
もうひとつ、ヒロユキ氏が惚れ込んだブランドがリシャール・ミルだ。その圧倒的な独創性と思わずワクワクする複雑機構の面白さに魅せられ、非常に高額にも関わらず手に入れたいと思った。
「僕が思うに、リシャール・ミルは“男子的なワクワク感”に溢れた時計ブランドなんですよね。まるで子どものような純真さや遊び心で、最先端・最高品質の時計をつくっている。本当に独創的で、代わりとなるようなブランドは存在しない。少年漫画を描いている僕としては、避けて通れない時計だったなと思います。今は3本持っていますね」
漫画と腕時計の共通点は「心を動かす」こと
元々は仕事のモチベーションアップが目的だった腕時計購入に、なぜここまでハマってしまったのだろうか?
「腕時計というプロダクトそのものに感動し、心を動かされたからというのが大きいですね。熟練の職人たちが長い時間をかけて数百ものパーツを組み、仕上げていく。そのロマンを自分の腕に装着できるというのが楽しく、ものすごく気分が高揚するんです」
心の動きを重要視するのは、漫画家だからこそでもある。よい作品を生みだすには他人の心の動きだけでなく、自分の心の動きにも敏感でなければならないからだ。
「自分の胸に手を当てて『本当にそれでいいのか? そこに本当に価値があるのか?』と自問自答するのって、漫画を描く時も時計を選ぶ時も同じような感覚なんです。何かを真似した漫画を描いても、それを読者に好きになってもらうことは難しい。腕時計も同じで、唯一性のある時計が好きです。そして周囲の評価に囚われず、本当に自分の心が動いているのかという価値観で判断することが大切だと思ってます」
腕時計に魅せられ、今では25本以上の高級時計を所有し、5000万円以上ものローンを抱えるまでになってしまったヒロユキ氏。「そろそろ打ち止めにしないと」と苦笑いするが、それでもヒロユキ氏に後悔はない。
腕時計にハマるほど、自身の仕事にも一層熱が入っていくという好循環。ヒロユキの次回作、そして今後手に入れていく時計コレクションに注目したい。