日テレ退社は「両親にはほぼ事後報告」だったという岩田絵里奈さん。いったいどんな幼少期、青春期を過ごしてきたのか。親に言われたことに従うよりも、自分で選んだ道を進んできた岩田さんの原点をたどる。#1

自分で選んで決めたい子だった
5人家族で育った岩田絵里奈さん。今も両親や妹とよく食事に行くなど家族仲はいいものの、幼い頃から「親に相談せず、自分の道は自分で決めてきた」と明かす。
「日テレ退職もですけど、人生を左右するような大きな決断でも、両親には事後報告ということが多かったですね。アメリカで働いている姉に憧れ、通っていた大学に休学届を出してアメリカの大学に入学届を出した時も、両親には相談しませんでした。
そういえば、日テレを受けることも両親には伝えていなかったですね。私は、親であれ、大好きな人であれ、誰かに言われて何かを決めるというのが苦手で、自分で選んで決めたい子だったんです」
ケータイ代を払うためにアイドルに
中学受験を経て、岩田さんは渋谷教育学園渋谷中学に入学、高校卒業まで6年間通った。東大進学者も多く輩出する進学校だが、「伸び伸びと楽しく過ごした6年間でした」と、振り返る。
「入学式だったと思うんですけど、先生が、『これまで勉強を頑張ってきた分、この学校では今までとは違う青春を過ごしてください』みたいなことをお話しされたんですよ。
私はそれを鵜吞みにして、楽しいと思うことばかりしていました。放課後は友達と教室でお菓子食べながらトランプしたり、ファストフード店でおしゃべりしたりして、家に帰ってからもゲームやテレビの毎日」
そんな中学生の時に起こったのが、“ケータイ代事件”。着メロのダウンロードをし過ぎて、桁違いの請求が来たため、両親が激怒。自分で働いて全額払うように言い渡され、タレント活動をすることにしたのだ。
「学校はアルバイト禁止だったんですが、芸能活動だけは許可されていて」
自由奔放に過ごしていたとはいえ、地頭がよくて成績はトップクラス……というわけではない。勉強しなかったツケはしっかり成績に反映され、「赤点をとったこともあります」と、岩田さんは笑う。
「生徒の個性を尊重してくださる先生が多かった気がします。とくに高2の時の担任の先生は、私の成績が悪くてもそこには触れず、『あなたはこのままでいい。そのキャラクターを今後も伸ばしていきなさい』とおっしゃってくださったんですよ。
中学高校と人格が形成される一番大事な時期に、何でも話せるような距離感にあって、生徒の個性を認めてくださる先生方と、いろんなことに意欲的に頑張る友達に囲まれたのは、私の財産だし、原点。あの頃があったから、“ブレない自分”でいられているんだと思います。
友達はそれぞれの道に進んでいるけれど、今もとても仲がいいんです。この先、どんな環境、状況になっても、絆は変わらないんじゃないかな。学校にも時々遊びに行くんですが、在校生が大歓迎してくれるんです。まるでテイラー・スウィフトが来たみたいに(笑)」
充実した中学高校生活を経て大学に進学。岩田さんはそこで、アナウンサーという仕事に出会う。次回はアナウンサーを目指したきっかけと駆け出し時代について話を聞く。

1995年東京都生まれ。2018年に慶應義塾大学卒業後、日本テレビに入社。『シューイチ』『スッキリ』など看板番組を担当し、2026年4月からフリーアナウンサーに。『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ)に出演中。
衣装クレジット:ジャケット¥39,600、スカート¥69,300(ともにルル・ウィルビー TEL:03-5739-3423)

