PERSON

2026.03.25

「サッカービジネス界の底上げで日本はもっと強くなれる」東大出身の元エリートの挑戦⑤

2024年、利重孝夫氏は日本と世界のサッカー界の橋渡しをすべく、オランダに出島フットボールを設立した。そこから始まる新たな挑戦、そして、日本サッカー界への想いを紐解く。最終回。 #1#2#3#4

「サッカービジネス界の底上げで日本はもっと強くなれる」東大出身の元エリートの挑戦⑤

サッカービジネス人材を育てるために出島フットボールを設立

2025年10月14日、東京スタジアムが歓喜で沸いた。親善試合とはいえ、過去13回の対戦で一度も勝てなかった王者・ブラジルを、日本代表が撃破したのである。

「いやぁ、嬉しかったですね。まさか自分が生きているうちに、日本代表がブラジル代表に勝つなんて思いもしなかったから。日本選手のレベル向上は、本当に目を見張るものがあります。とくにここ10年の伸びは素晴らしく、ヨーロッパのエージェントも非常に関心を寄せています。プロだけでなく、高校や大学年代の選手もかなり細かくリサーチをしていて、この傾向は、今後さらに加速していくでしょう」

利重孝夫氏は2024年に個人投資家などを募り、自らも出資する形で出島フットボール社をオランダに設立した。2025年には、オランダ2部リーグ所属のMVVマーストリヒトの株式を取得して共同オーナーとなったが、それは、日本人選手の海外進出を後押しするためなのだろうか。

「その想いもなくはないですが、クラブの予算規模を考えると、日本人選手を獲得するのは少なくとも暫くの間は現実的ではありません。先ほど申し上げた通り、選手はすでに海外から注目されているので、我々はマネジメントスタッフや指導者、トレーナーなど、それ以外の分野で、日本人が海外のサッカー界に出ていく機会を増やしたいと思っています。

まじめで繊細、ハードワークを厭わないなど、日本人の優秀さはヨーロッパでもよく知られているところです。ただ、ビザの問題などもあって、限られた予算のなかで日本人を優先的に、あるいは追加で雇うクラブはまだほとんどありません。なので、まずは我々が受け皿のひとつになろうと。クラブの経営や運営は、実地で学ぶというか、経験するのが一番ですから」

出島フットボールやMVVマーストリヒトで知見を積んだ日本人スタッフが、海外の別のクラブに移り、さらにキャリアを磨く。そんな風に、経営や運営サイドのスタッフ、指導者の底上げがされれば、日本サッカー界に還元され、レベル向上だけでなく、市場も拡大するに違いない。利重氏は、そう考えているのだ。

「2024年、レッドブルが大宮アルディージャの全株式を取得しました。それとは逆に、DMMグループのシントトロイデン(ベルギー)、ONODERA GROUPのオリヴェイレンセ(ポルトガル)に次いで、ヤンマーがアルメレ・シティ(オランダ)を買収するなど、日本企業が海外クラブのオーナーになるケースも増えています。

いわば、資本の面でもグローバリズムは進んでいるということ。そう考えると、日本だけでなく海外でも通用するサッカービジネス人材は、今後ますます必要になってくるでしょう。世界中で活躍する日本人スタッフが、出島フットボールを足掛かりに増えれば嬉しいですね」

大学や専門学校でスポーツビジネスを専攻するなど、経営サイドでスポーツに関わりたいと考える若者は増えている。学校で講演する機会もある利重氏のもとにも、「どうしたらスポーツビジネスの道に進めるのか」という相談が寄せられるという。

「たくさんの人が関心を持ってくれるのは喜ばしいことですが、日本のサッカービジネス界は、まだ待遇面で課題が多いのが現状。でも、市場が拡大すれば動くお金が大きくなり、従事する人間の報酬も上げることができます。

サッカーを愛する子どもや若者たちが、自信をもって目指せる世界になるでしょうし、優秀な人材が増えれば、日本サッカー界にとって確実にプラスになるはずです。選手、指導者、経営サイドなどのステークホルダーを含むサッカー界のエコシステムがより高度に機能すれば、日本サッカー界は間違いなくもっと強くなっていくでしょう」

利重孝夫
利重孝夫/Takao Toshishige
1965年東京都生まれ。東京大学卒業後、日本興業銀行などを経て、2000年に楽天入社。東京ヴェルディメインスポンサー、ヴィッセル神戸経営権取得、FCバルセロナとの提携案件を主導する。2014年から10年に渡り、シティ・フットボール・グループ日本法人代表を務め、2016年には横浜F・マリノスで取締役とチーム統括部長を兼任。2024年、出島フットボールを設立。サッカーメディアfootballistaを発行するソル・メディア代表取締役、東京大学ア式蹴球部総監督、FC今治エグゼクティブアドバイザーなども務める。

チャンスとご縁に恵まれた、出たとこ勝負の人生だった

グローバルな知見と人脈を武器に、日本のサッカーをビジネス面で支えている利重氏だが、最初からここを目指したわけではない。興銀時代のアメリカ留学を機にライツビジネスに興味を持ち、楽天入社後、まずはスポンサーという立場でスポーツビジネスの世界に足を踏み入れ、マルチクラブオーナーシップの先駆けとなるシティ・フットボール・グループに連なる縁を得た。本人の言葉を借りれば、「出たとこ勝負の人生」だ。

「計画性がまったくなかったわけではないですが、その時々の自分の感覚に従って選択してきた結果、今があるのだと思います。もともと人とは違うことをしたいタイプではありましたが、チャンスや流れが目の前にやってきた時に、迷わず飛び込んだことで道が拓けた。自分が価値を感じるものに素直にチャレンジしてきた結果、本当に得たいものを得られた気がしています」

利重氏にとって価値あるものとは何か。それは、「サッカーへの愛」なのだろう。

「言葉も、世代も、人種も、宗教も、あらゆるものを超えるのがサッカー。最初はプレーすること自体に魅せられていましたが、いつのまにか、サッカーを媒体にすると、いろんな人を巻き込み、社会に還元できることが大きいと気づかされ、今に至るという感じです。サッカーの魔力はすごいと、つくづく思います」

鎖国時代、日本で唯一の貿易拠点として、海外との窓口役を担った長崎の「出島」。その名を冠した出島フットボールは、日本と海外をつなぐ橋渡し役として、新たなチャレンジを始動させている。

「2026年8月、MVVマーストリヒトの拠点があるマーストリヒトで、U17国際大会を創設します。ヨーロッパのプロクラブユースチームが複数参加し、日本からも選抜チームを招聘する予定です。昨今の日本人若手選手への注目の高さを背景に、日本から数社のスポンサーが大会をサポートしてくれることも決まっています。

マーストリヒトの街は美しくて治安が良く、食事や文化レベルもとても高いんですよ。参加する選手だけでなく、クラブの関係者や観客にも、きっと滞在を楽しんでいただけると思います。大会に関わった人が街のファンになり、マーストリヒトの街が盛り上がることも、地元に根づいたクラブの共同オーナーである我々の役目のひとつですからね。

この大会以外にも、ヨーロッパ市場に向けて日本サッカーの今と未来を語るビジネス・カンファレンスや、日本から子供たちを招いたサッカーキャンプなどを開催し、日本サッカー界とマーストリヒトの魅力を、積極的に発信していきたいと考えています」

サッカーの魔力に突き動かされた男の挑戦に、今後も注目していきたい。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=鈴木規仁

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2026年5月号

HOTEL 動と静の最新リカバリー拠点

『GOETHE(ゲーテ)2026年5月号』表紙

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2026年5月号

HOTEL 動と静の最新リカバリー拠点

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ5月号』が2026年3月25日に発売となる。特集「HOTEL 動と静の最新リカバリー拠点」では、心と身体を解放させるラグジュアリーホテルを厳選して紹介する。表紙はHYDE!

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

GOETHE LOUNGE ゲーテラウンジ

忙しい日々の中で、心を満たす特別な体験を。GOETHE LOUNGEは、上質な時間を求めるあなたのための登録無料の会員制サービス。限定イベント、優待特典、そして選りすぐりの情報を通じて、GOETHEだからこそできる特別なひとときをお届けします。

詳しくみる